日記ログ
昔、日記にあげてわりとご好評いただいた話その2





短い髪の先から、汗の滴が落ちた。
まだ若く硬い筋肉の付いた背中は、わずかだが右側だけが発達しており、ボールを握った日から捕手一筋だという彼の歴史を榛名に思い起こさせた。

「タカヤ……」

榛名の球を捕る左手、榛名に球を返す右手、とキャッチャーマスクを被った阿部の姿を思い描きながら、榛名は目の前の肩の両側にキスを落とした。
唇の触れた場所を指でなぞる。
赤くなったそこに指が掠めると、それだけで可哀想な体はびくりと震えた。

「気分はどうだ?」

どろどろになった尻の割れ目にペニスを押し付け、ぐちゅぐちゅと動く。それだけで快楽に弱い腰は艶めかしく揺れ動いた。

「なぁ…なあ。チンコ入れられるのってどんな気分?」

答えは返ってこない。
ただ、喉がきゅと細まり、音の無い矯声を部屋に響かせた。
そして、日に焼けた手がすがるようにシーツを握った。
それを合図に榛名はパクパクと卑猥に動く穴の中へ一気に入り込んだ。

「タカヤ…」

突き入れた穴は柔らかく、当たり前のように榛名を受け入れた。

「…ぁ、ふん…、あっ、…ぅう…」

断続的に上がる小さな声に煽られ、榛名は腰を打ち付けた。
榛名が動くほどにぽっこりと浮き出た肩甲骨が躍動し、背中にできた影を波打たせる。

「キモチーか?」

「…っあ……ぁ…っ…はぁ……ぁっ!!!」

「ほら、こことかァ。可愛くおねだりできたらグジュグジュにしてやるよ?」

よく反応する部分に狙いをつけ、腰を軽くグラインドさせる。
ビクビクと腰が震え、”タカヤ”は息を荒くしたが、やはり答えは返ってこない。
そうだ。今、榛名が交わっている相手は、どんなに追い詰められようとも、意地悪な問いに答えることはない。そのはずだ。
ただ、彼が「話したい」「伝えたい」と思うその瞬間までは。

「たかや」

榛名は、枕に埋められ小刻みに振れる頭を掴んで持ち上げた。



…あと、少しだ。
あとは俺が「タカヤ、好きだ」と言って、”タカヤ”の髪の毛を放す。”タカヤ”は、小さい声で「おせーよ、バーカ」と言う。
あとは、むちゃくちゃに動いて女をイカせる。
俺は、外に出す。

女は、背が高く女にしては筋肉質で、聞いてみると昔ソフトボールをやっていたらしい。
その女は全く榛名の好みではなかった。榛名は女らしく華奢で胸の豊満な女が好みなのだ。

しかし、榛名はその女を買い、そして髪を切らせた。茶髪だった髪を黒く戻し、10pにも満たない長さにまで髪を切ると女は元々の体型もあり、男のように見えた。
彼女は自分の変身というより退化というべき変貌に不安げな瞳で榛名を見たが、榛名がにっこりとそれまでになく優しく微笑むとそれだけで頬を赤くし、鏡の中の自分に微笑んだ。

それから榛名は彼女に三枚の原稿用紙を渡した。
最初は彼女にはそれが一体なんなのか分からなかったのだが、読み進めていくうちにそれがこれから二人で行う秘め事の台本であること、彼女はそこで「タカヤ」と呼ばれるキャラクターにならなければいけないことを知った。
「どうして…?」と彼女が呟くと榛名は顔をしかめて口の前で人差し指を立てた。
それから、彼女はタカヤになった。



短い髪の毛に指を絡ませて持ち上げたはいいが、彼女の顔を覗き込んだ途端、榛名は急激に心が冷めていくのを感じた。
彼女の目は欲情に濡れ、喘ぎ声を我慢している口は今にも叫びだしそうに開いている。

「は、はるなっ…せっ、んしゅ!……すきっ!…わたし、…あなたのことっ…だ
いすきっ!!」

…萎えた。










俺『タカヤ、お前のこと、好きなんだ…。こんなのおかしいってわかってるんだけど…どうしようもなく好きなんだ』

タカヤ『』


タカヤ『』、タカヤ『』、タカヤ『』・・・・・・ダメだ。思いつかない。
ノートパソコンを前に榛名は頭を抱えた。

ここは、今回で一番重要なシーンだ。
犯されてボロボロになったタカヤに、俺は最後に告白をする。タカヤは俺のことを許し、俺の愛に答える極上の一言を口にする。


パターン1

俺『タカヤ、お前のこと、好きなんだ…。こんなのおかしいってわかってるんだけど…どうしようもなく好きなんだ』

タカヤ『俺もです』

…違う。タカヤはこんな素直じゃない。


パターン2

俺『タカヤ、お前のこと、好きなんだ…。こんなのおかしいってわかってるんだけど…どうしようもなく好きなんだ』

タカヤ『…しかたがないですね』

…違う。これはタカヤがよく言う言葉だけど、無理矢理体を暴かれて少し不機嫌なタカヤがこんな一言で済ますはずがない。


パターン3

俺『タカヤ、お前のこと、好きなんだ…。こんなのおかしいってわかってるんだけど…どうしようもなく好きなんだ』

タカヤ『バーカ』

…嬉しくない。却下。


腹からうめき声を上げて俺はソファーに倒れこんだ。
タカヤに言って欲しい言葉や、タカヤのいいそうな言葉を並べてみても、どうもしっくりこない。
もっと、妄想をよりリアルに、タカヤの息の熱さが感じられるくらい生々しく想像してみようと思って目を瞑ってみたんだけど、目の前に広がる目蓋の裏の暗さに俺は自分の頭の限界を見た気がして、目を開いた。

「アンタがPC触ってるとなんか怖いっすね」

この答えを見つける方法は簡単だ。
目の前でにやにやと笑うタカヤにきけばいい。
コイツはロクなセンスを持ってないから陳腐で理詰めのつまらないセリフ考えやがるだろうが、タカヤが言うのならそれが一番正しいセリフなのだ。

「なに見てるんですか」

「秘密」

「…出会い系ですか?」

「なんでだよ」

否定はできないけれども。

「俺は今、オメーには一生わかりっこない問題を考えてんだよ!」

俺が今頭を悩ませてる問題はブンガクだ。ブンガク。
強姦されて怒ってるんだけど、俺のことが大好きだから許しちゃう生意気なタレ目の愛の言葉を簡潔に答えなさい。

「…はぁ?」

んな、緑色のゴキブリでも見るみたいに見てなくてもいいじゃねーか、ばか。
俺だって、ホントはわかってるんだぜ。
セリフがしっくりこないことなんて、当たり前のことなんだ。俺の頭の中にいるタカヤはタカヤじゃない。
現実のタカヤは俺の告白なんか絶対に受け入れてなんかくれない。
俺自身もイカれてることはわかっているのだ。男とセックスしたがるなんて、普通じゃない。
それを文字に起こして、女にタカヤを演じさせるのはもっとフツーじゃないのかもしんねーけど、それはいい。どーでもいい。
大事なのは俺がタカヤを好きってことで、妄想の中のタカヤはそれに答えてくれるってことだ。


俺『タカヤ、お前のこと、好きなんだ…。こんなのおかしいってわかってるんだけど…、どうしようもなく好きなんだ』

そうだ。好きなんだ。タカヤ、どうしようもなく好きなんだ。
頭の中の乱れたタカヤは小さく口を開く。頬を赤くして、恥ずかしそうに。

タカヤ『…』

なんて?
たった一言で俺の中の激情を治め、幸せにしてくれるその言葉は?

「ピクルスって腐った乳首みたいな色してますよね」


俺『タカヤ、お前のこと、好きなんだ…。こんなのおかしいってわかってるんだけど…、どうしようもなく好きなんだ』

タカヤ『ピクルスって腐った乳首みたいな色してますよね』


ってアホか!

「へっ!?なに」

「だぁから…、マック行ってきますけどなんか要りますか?」

いや、お前今ピクルスの話してたじゃん。マックの話してなくなかったか。

「おぉ…、じゃあ、プチパンケーキ」

「キショ」

いいじゃねーか!俺はここのところない頭を使いすぎて、糖分が欲しーんだよ!
お前が鈍感で、外道だから俺は進化系オナニーを必死こいて楽しんでんだよ!
冷たく言い放ったタカヤは、そのまま財布だけを手に玄関へ向かった。
玄関扉の閉まる音をききながら、俺はまたソファーに倒れこんだ。


俺『タカヤ、お前のこと、好きなんだ…。こんなのおかしいってわかってるんだけど…どうしようもなく好きなんだ』

タカヤ『』


………ダメだ。思いつかね。
俺の頭じゃここが限界なのかもしれねぇ。今までは妄想力で何とかしてきたけど、いい加減飽きてきた。
もっと違うタカヤが見たい。
俺が思いもしないような、それでいて俺の意に沿ってくれるタカヤのセリフが欲しい。

秋丸にきいてみっか。
出会い系で危ないことしてるって自覚あるから今まで誰にも言わなかったけど、秋丸にならいいだろ。多分怒らえっけど俺がしてるのは女を使った進化型オナニーであって、援交とかではないんだから、やめろとは言わないだろう。
あくまで自由恋愛だ。俺に恋愛感情はねーけど。

ソファーの隙間に入り込んでた携帯を取り出して、電源を入れる。
起動画面を見ながらどうして俺は、電源切ってるんだろうと思った。
だけど、すぐにその原因に思い当たった。正確には思い当たらされた。
携帯がうるさく音を上げ、着信を知らせたからだ。画面には「タカヤ8」。
この前、抱いた女からの電話がうるさくて、電源切ってたんだった。
なんか、出会い系の女ってみんなしつこい。「本当に好きなの」とか「髪の毛どうしてくれるの!?」とか、気軽にヤれるから出会い系じゃないのか。
俺はうんざりして、近くにあった飲みかけのアイスコーヒーの中に携帯を入れた。

この前の女は外見が今までで一番タカヤに似ていたから、期待していたのだけど所詮、偽物は偽物だった。
途中までは女は余計なことをしゃべらなかったし、終始体を丸めていたから、かなりタカヤ度が高かったのに、結局代替品である自分の立場を理解できずに、最後までタカヤを演じきることを放棄しやがった。
そうなったら男みたいな女なんかに用はない。
台本通りにセックスを進めるってのは最初からの約束だ。女がタカヤを演じている間は俺もそいつをタカヤだと思って接する。
だというのに、あの女は(他の女もそうだったけど)愛着を失って冷たくなった俺を、いかにも被害者って面して責め立てる。うざい。

あーなんか頭が重い。目が疲れた。肩凝った。
パソコンって、肩こりの原因になるっていうけどあれマジだ。俺、ここ何ヶ月かで一気に肩凝りが進行してきてる。タカヤが帰ってきたか、マッサージしても、ら…おう。




いつの間にか眠ってしまった俺は自分の近くで生き物が動く音で目が覚めた。
まず、最初に頭に思い浮かんだことは、パソコンをつけっぱなしで寝てしまったことだった。当然、ディスプレイには今俺の書いている台本が表示されている。
恥ずかしい!
髄系反射みたいなスピードで起き上がると、パソコンの脇にあるコップから携帯を取り出すタカヤと目があった。

「マック、そこ置いてあります」

「お、おー」

「アンタ、ケータイ壊れてますけどいいんスか」

茶色い液体を滴らせる携帯を布巾に包みながらタカヤは、まったく普通に言った。
嫌でも目に入りそうなくらい近い位置にあるパソコンに表示された文字を目にいれていないのだろうか。
俺はなるだけ自然な仕草で、パソコンに手を伸ばし画面を切り替える。
俺の手の動きを追う、タカヤの目が冷めているような気がする。

「…いい。イタ電多い」

「だからってケータイ壊さなくてもいいじゃないですか。馬鹿ですか?」

「半分はテメーのせいだぞ」

「なんでですか!」

顔をしかめて怒るタカヤはいつも通り、普通のタカヤだ。
そこに、軽蔑や侮蔑の感情は見受けられない。
俺はこんなバカな台本を書いて夜な夜な女にタカヤを演じさせるほど、タカヤとセックスがしたいんだ。そしてそれをタカヤが知ったら、間違いなく引かれる。それくらい、俺にもわかる。でも、タカヤは普通にしている。
そうか、タカヤはパソコンを見ていないの、か?

「前々から思ってたけど、アンタって変な人ですよね」

携帯電話とコップを持って台所まで歩いていったタカヤの声に、心臓が掴まれた気がした。

「ハァ!?どういう意味だよ!」

「俺、寝ます」

俺の質問に答えることはなく、コップを洗って食器棚に戻したタカヤは手についた水気を払う仕草をしながら、宣言した。

「は?」

「ベッド借りますね」

タカヤはふてぶてしいけど礼儀正しい奴でもあるので、いくら親しいからといってこんな風に勝手にベッドを借りて、一人寝に入るなんてことは今まで一度としてなかった。
さっきの言葉といい、やっぱりタカヤはパソコンを…?
いや、でもだったら、俺の部屋のベッドに入るなんて迂闊な行動をとるわけがない。
でもタカヤは、いうが早いか俺のベッドに潜り込んで、動かなくなってしまった。

「はぁっ!?なんだよお前!ちょっとやめ…」

コイツは本当にわかっていない!俺がお前にどんな劣状を抱いているかも、なんにも分かっていない!

「おまえなぁ…」

俺は両足を縛られて鼻先に人参をつりさげられた馬になった気分になった。
据え膳食わずは男の恥。でもそれが果たして本当に据え膳なのかどうかは、据え膳本人にしか分からない。
とりあえず俺はデータを保存しようと思ってパソコンの画面を切り替える。


その時、俺は信じられないものを見た。

「元希さん」

ポカンとしている俺を、布団から真っ赤な顔を半分だけ出したタカヤが誘うように俺を呼んだ。



『タカヤ、お前のこと、好きなんだ…。こんなのおかしいってわかってるんだけ
ど…、どうしようもなく好きなんだ』

『知ってる』


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!