地球外の純情

元希さんがDT
誘い受けが好きすぎる














30の誕生日を迎えたころからだろうか。
魔法が使えるようになった。

魔法が使えると便利でいい。
毎朝面倒なトーストにバターを塗る作業も魔法なら一発、うっかりキシリを無くしたらコンビニまで飛べばいい。
花束でも持ってこればよかったなと思ったら魔法で出せばいい。



「いりません」

せっかく渡した花束を一瞥したタカヤは、ウエイターを呼び止めて「これ飾ってください」と何の未練もなく、花束を渡した。

「ありがとうございます」

丁寧に頭を下げるウエイターに俺はげんなりして、摘みたてのようにみずみずしくピカピカの花束が、茶色く、異臭を発するくらい無残に枯れてしまうように魔法をかけた。

花束を抱えたウエイターが一歩また一歩と足を進めるごとに枯れていく花を見ながら、俺は切なくなった。
俺もいつかあの花のように、醜く枯れていくのだろうか。

目の前で肉をほおばるタカヤを、俺はもう人生の半分の時間口説き続けている。
そしてそれだけの時間、タカヤは俺になびかない。

もう「おじさん」と呼ばれる年齢になってしまった俺だけど、見た目だけはいまだに二十歳そこそこに間違われることがある。
見た目だけじゃなく、野球のパフォーマンスの方も二十歳のころに劣らない、いや、それ以上のものを俺は持っているけど、あと十年もすれば嫌でも引退の二文字を考えなければいけない日が来るだろうし、このまま一生独り身でいいのだろうかとも考えたりする。

いままで渡された番号はずっと黙殺してきたけど、昨日渡されたばかりの笑顔のかわいい女子アナに電話をかけてみるべきだろうか。
取材で何度か会ったことのある彼女は、顔も性格もよくて(胸もでかくて)ふわふわ揺れる髪の毛に、天使ってのはあんな感じなのかもしれないと思わせるいい女だった気がする。

「こんなうまい店、連れてきてくれてありがとうございます」

ぼんやり将来のことを考える俺に、口元にソースをつけたままのタカヤが、頬っぺたがこぼれおちそう、といった恍惚の表情でタカヤは俺に笑いかけた。
くそ。
美人で可愛い女子アナの笑顔より、ずっと可愛い。
お前は悪魔か。

紙ナプキンを手に取って、タカヤの口元を拭いてやると、タカヤは一瞬イヤそうな顔をしたが紙ナプキンについた汚れを見せると恥ずかしそうに「ありがとうございます」と呟いた。

「でも子供じゃないんだから教えてくれれば、自分でとれますよ」

「俺がとりたかったんだからいんだよ」

「そういうこと、言ってんじゃないんですけど…」

諦めたようなため息をついたタカヤは、視線を肉に戻した。カチャンと音をさせながらナイフとフォークを扱って、肉を頬張る。
俺もつられて肉を口に入れると、噛むよりも前に肉がとろけた。
うまい。

ビールを手に取ったタカヤは一気にグラスの半分くらいまでビールを飲み干すと、くぅーっといかにも幸せそうに喉を鳴らした。

豪快なその仕草に、ここはお前行き付けのワタミじゃねーんだぞと思ったが、貸し切りにしている店にはタカヤの行為を咎められるものは俺しかいない。
でも、タカヤがあんまりに幸せそうな顔をするから俺も注意する気になれない。
というか、この顔がみたいから店を貸し切りにしている。(さすがのタカヤも他に客がいるときは不馴れながらもお上品にしている)

「元希さん」

いつの間にか真顔になっていたタカヤは、猫のような黒目で俺の顔をじっと見た。
な、なんだ?かわいい。

「付いてますよ」

見つめられてどぎまぎしている俺に、タカヤは近づいて俺の口元に手を伸ばした。
ちょいっと俺の唇を親指で触ったタカヤは手を引っ込めると、赤い舌を覗かせてさっき俺の唇を触ったばかりの親指を舐めた。

「え、あ!?」
「…だから、付いてましたよ…」

親指をくわえたまま、上目使いで言われた言葉を俺の脳は処理しきれず耳から蒸気が出た気がした。

「トッ、トイレ行ってくる」

ガタガタいわせながら席にたった俺をタカヤは心なしか冷たい目で見送った。
熱くなってしまった俺のものを魔法と根性で治めて、気を保つために洗面所で顔を洗った。



その成果か、その後は何事もなく食事は進み、会計を済ませた俺が店を出ると、一足先に店を出たタカヤが看板の引っ掻けてある木にもたれ掛かっていた。

女にこれをやられたら、俺はソイツとは二度と食事に行くものかと心に誓うだろうが、タカヤにこれをやられると「待っていてくれて嬉しい」とすら思ってしまうんだから、俺はもうタカヤに末期だ。

「今日はありがとうございます。今度は俺が奢ります」

奢るといっても、タカヤの連れていってくれる場所は専らワタミだ。
俺は生まれつきの金持ちじゃないから、ワタミの値段の相場は知っている。
今日俺がタカヤに使った金を考えるとワタミの全メニューを五回くらい食べなきゃいけないんだけど、まぁ、それはいい。
タカヤの奢ってくれるものなら、水道水もアルプスの湧水…、たこわさも前沢牛のステーキ以上の価値を持つ。
そしてなによりも「今度」があることが重要なことだ。

「コレ、さっき貰った。やる」

会計の際に「お花のお礼です」とバラのジャムを貰った。
花は俺が魔法で枯らしてしまったはずなのに律儀だなあと思い、同時に俺もちょっと心が狭かったかもしれないと反省した。

「え、いいですよ。元希さんが払ったんだし、アンタが貰うべきですよ」
「いや、要らねーし」
「ん…。じゃあありがとうございます。明日の朝パンにつけて、食います」

そう言ったタカヤの言葉に、俺は寝ぐせ頭のタカヤがあの殺風景な自室でトーストにバラのジャムを塗るなんともアンバランスな姿を想像した。
いや、もしかしたら、そのトーストは一枚だけではないのかもしれない。
バラのジャムなんて、いかにも女が喜びそうな品物だ。
タカヤの隣にはふんわりと笑う色白の女が「わー、すごーい。かわいいー。おいしそー」とか言いながら、薔薇のジャムの塗られたトーストを頬張っているのかもしれない。

「元希さんは、食いませんか…?」
「は?」
「…なんで、こういういいジャムって賞味期限短いんですかね。俺一人じゃ食いきれないんですよ」
「あ、あぁ。」

タカヤと、パン食う。明日の朝?え、いま誘われた?いや、違うだろ。シャコウジレイだろ。
タカヤの真意を測りかねる俺のあいまいな返事に、さっきトイレに立ったときのような冷たい目で俺を睨んだタカヤは、呆れたようにため息をついた。
かと、思ったらタカヤの頭がグラリと揺れて、無防備な首筋が曝された。

「お?おいどーした」

先程まで、しっかりしていたのに急に足元がフラフラしだしたタカヤの肩を慌てて支える。

「おれ、ちょっと酔っちゃったかも…」
「おいっ!?大丈夫か?」
「んー…」

「しっかりしろ!起きろ!」と揺さぶっても、目を瞑ってすっかり睡眠モードに入ったらしいタカヤは俺の胸に倒れ込んだままピクリとも動かなくなってしまった。

「おいっ!?おいっ!?」

俺の鼻先にタカヤの頭がある。
汗くさい。男の臭いだ。
決していい匂いじゃない。あの女子アナは、終始シャンプーみたいないい匂いがしたのに。
でも、なんでこんなにそそられるんだろう。息を一回するごとに確実に理性が削られていく。
食べたい。物理的に。
ケンタッキ―の匂いを嗅いだときみたいな気分だ。
食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい……!!!!!

って、落ち着け、俺!しっかりしろ、俺っ!
ぎぎぎと音がするくらい歯をくいしばって本能を押さえつけた俺は魔法を使って、タカヤの家まで飛んだ。
ホントに魔法って便利!




くったりしたタカヤをベッドに寝かすと、俺はため息をついた。

タカヤは、体は寝ているが意識は起きている状態らしく、先程から上機嫌に鼻唄を歌っている。
飲みたくなったらおさっけ♪ねぇむたくなったらベッド♪って、なんとも俺を皮肉った曲のチョイスだこと。
ムカついてタカヤの鼻を摘まんでやるとフゴって変な声を出して起き上がった。
ザマミロ。

「じゃ、俺帰っから。着替えて寝ろよ」

まだトロトロとした目で、辺りをした見渡したタカヤはそこが自分の部屋だということを確認すると、はっきりと俺に焦点をあわせた。

「…てつらってくれないんですか…?」

ムニャムニャとした子供っぽい口調で「脱がして」と両手を挙げたタカヤは苛立った声で俺を呼ぶ。

「はやく!」

コイツは…。
コイツは酔っぱらったらいつもこうなのか?
あんまタカヤの酔っぱらったとこみたことないからわかんね。

とにかく、俺はコイツから距離をとらなければいけない。
タカヤと目を合わせることのないように、玄関まで逃げ去るとタカヤがまた「てつだってくれないんですか」と聞いてきた。

「手伝わねーよ。もうちょっと、お前は危機意識を持った方がいいぞ。悪酔いしすぎ」

靴を注視しながら答える。後ろ髪が引かれるどころじゃなく、なびいている気さえするが、決して振り向かない。
今タカヤを見たら俺は確実に理性をなくす。

「…酔ってませんよ」

それまでの溶けた声とは一変した理性的な硬い声に俺は振り返ってしまった。
タカヤの顔は酔いとは関係なく赤く染まり、目は潤んでいる。

「意気地なし」


翌朝、焼け過ぎたトーストにバラのジャムを塗る作業はやはり面倒だった。
しかし「交換しましょう」と差し出された綺麗に焼けたトーストには、魔法ではなくタカヤの手によってジャムが塗られていたので、俺は自分が魔法使い以上の存在になったことを感じた。
つまり、タカヤの恋人にってことを。


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あきゅろす。
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