フラグクラッシャー阿部
なんだかとってもナンセンス






初めて知ったのはある朝、にやにや笑いの秋丸と挨拶を交わしたときだった。

「ナニ、お前。朝っぱらからキモチワリ」
「いやー?気づいてないんだ、って思ってさ」
「なにが?」
「そこは自分で気づかなきゃ」
「ハァ?」

猫の笑顔みたいな歪な笑みを顔に張り付ける秋丸を365度観察してみたら、半開きになった秋丸のサブバッグに小さいタカヤがしがみ付いていた。

「なんだこりゃ!」

幻?人形?と思って居心地悪そうにぐらぐらしているタカヤを指でつついてみると暖かく柔らかい感触が伝わってきた。
遠慮なく頬っぺたをグニグニやられて嫌そうにしかめられた顔なんてタカヤそのものだ。

「オイッ!秋丸、なんだコレ」
「あはは、榛名知らないのぉ?」

秋丸の俺を馬鹿にした物言いと、当たり前みたいな顔をして俺以外の奴の鞄にくっついているタカヤに、腹の底から憎悪が沸き上がってくるのがわかった。

「テメ、怒るぞ」
「あははははは、ごめんごめん」

胸ぐらを掴んで凄んでやると、手のひらをヒラヒラさせて口だけの謝罪の言葉を発した秋丸は体を捻って、俺の手から逃れた。

「ちょっと前からさ、売ってるんだよ。コレ」
「タカヤのこと、コレとかいうな」
「お前さっき、コレって言ってなかった?…まぁ、いいや」

秋丸の話によると、ちょっと前からタカヤと某有名お菓子会社がコラボして、タカヤバージョンのパッケージを作ったらしい。
名付けて連れてけパッケージ。
タカヤの両手を鞄の口に引っ掛けて持ち運んでね、ってことらしい。

そういえば秋丸の鞄に引っ掛かっている小さいタカヤは、矢筒を背負うみたいにしてチョコレート菓子を背負っている。

「ふーーーん…」
「ちょ、食うなよ」

腹の底から湧いてくる火炎みたいな怒りは収まっていたけど、手足を虫が這うみたいなイライラが、まだ俺のなかで燻っていた。
甘いものが食いたくなって、タカヤの背中からチョコレート菓子を引ったくって食べる。

「気に入らねぇ」
「ただの嫉妬だろー」
「うっせ」

秋丸の鞄に付いたタカヤは、俺のことが気になるのかさっきから、チョコレート菓子を食べる俺を目で追っている。
手の動きに合わせて上下する首が可愛らしい。

「てか、お前が気になるんじゃなくて食べてる人が気になるんだろ。この隆也くんはパッケージなんだから」

うるさいっ!
こんなかわいいタカヤが全国無数に販売されているかと思うと、嫉妬に気が狂いそうになる。
こいつは俺のなのに、なに勝手なことしてくれてやがんだ。毒でも仕込んでやろうかグ〇コ。

「お前だったら、キツネ目じゃなくて、ネコ目の男って呼ばれるのかな」

軽口を叩いていたら、本気にしたらしいタカヤが必死に俺の指を握った。
かわいい。



それから人の鞄を注意して見るようになった。
なぜ今まで俺は気づかなかったのだろうというくらいタカヤパッケージは意外と浸透している。
特に女の鞄によく付いている。俺は鞄にタカヤをくっ付けた女を見つけたら、それとなく近づいてタカヤの様子を確かめることにしている。
秋丸には「思わせ振りなことはヤメロ」って言われるけど意味がわからない。

それで気づいたのだがタカヤパッケージは、それぞれ微妙に人格が違っているらしいということだ。

例えば、秋丸の鞄に付いている奴は怒りっぽい。それで俺が今まで会ったタカヤのなかで一番頬っぺたがぷにぷにだ。でもあんまり触ってると噛まれる。
俺の隣の席の女の鞄についているタカヤは大人しい。大抵寝ている。あと、犬が好きらしい。一度、校庭に野良犬が侵入してきたことがあったんだけど、窓際に集まる野次馬のなかに混じりたそうにウズウズと体を揺らしているのを見た。


で、俺はというと、まだタカヤを買っていない。
タカヤパッケージが無数にあるように、タカヤの魅力も無数にあるのだ。
怒りっぽいタカヤも大人しいタカヤも、俺は大好きだ。全部欲しい。
でも、全部手に入れるとなると俺はもとより、ウチの一族が破産する気がする。
つまり、タカヤパッケージをコンプリートすることは不可能ってことだ。


だから俺がどうしているかというと、他人の鞄に付いたタカヤを殺していっている。
小さな体をつついて反応や性格を楽しんだら、鞄からこっそり引き剥がして原型を留めないくらいぐちゃぐちゃのビリビリにしてゴミ箱に捨てる。
先に言った隣の席の女の鞄に付いたタカヤも今ごろ焼却炉の中だろう。
秋丸の鞄の奴も狙ってはいるのだが、秋丸の野郎には俺の考えなどまるわかりらしく、警戒されてしまって未だに達成できていない。

死にかけの小さいタカヤを見ると「可哀想だなあ」と思うけど、俺のものじゃないタカヤは綿の入ってない枕よりも存在する価値がないから仕方がない。
それに小さいタカヤのどんな可哀想な顔とかも俺をきちんと興奮させてしまうので、仕方がない。



そんな折だった。

「このショタコン殺人鬼が」

タカヤが俺に会いに来た!
俺からタカヤに会いに行くってのはよくあるんだけど、タカヤから俺に会いに来てくれるってのはなかなかない。

「武蔵野の制服着た変態に仲間が次々殺されてるって噂を聴いたんです」

久しぶりに見た本物のタカヤは、鞄に引っ掛けられるような大きさじゃなく、むしろ肩に鞄を引っ掛けられる大きさだった。

「俺の知る限り、そんな変態アンタだけです」

怒っているらしいタカヤの頬っぺたをぷにぷにやってやろうと指を近づけたら、指が頬に触れる前に、手首を掴まれて阻止された。

「しかたねーじゃん。俺、タカヤを全部買い占めるだけの金ねーし。チョコレートだから、あんま食うと虫歯になるし」
「そりゃ、アンタのために作ったものじゃありませんから」
「でもタカヤは俺のだろ?」
「違います」

冷たい言葉はタカヤは「つんでれ」だから仕方がない。
それにタカヤが俺のものってのは、俺が決めたことなんだからタカヤが「違う」って言ったって認められる話じゃない。

「とにかく、やめてください」
「んー、販売中止にするか、お前が俺の鞄に付いたら止めるかな」

タカヤが俺の鞄に付く!これはいいアイデアだ。
持ち運びづらそうだけど、二十四時間本物のタカヤと一緒にいられるなんてそんな素敵なことはない。
あ、でも他の奴等の鞄にもタカヤの一部のコピーが付いてんのか…。だったらダメだな。
許せない。結局小さいタカヤ殺しちゃう。
だったら、この取引はフェアじゃねーなと思って「やっぱさっきのナシ」って言おうとしたらそれより前に、キッパリとタカヤが答えた。

「嫌です。前者は俺の一存で決められる話じゃないですし、後者は単純に嫌です」

あんまりにキッパリと言うものだから、俺はちょっとムカついた。
だから、意地でもいうこときかせたくなってきたねぇかなと思ったけど、タカヤに少し脅しをかけることにした。

実はずっと手の中で弄くっていた秋丸の鞄から取ってきたタカヤを(本物の)タカヤに見せる。すでに抵抗する気力もなく涙目でびびっている小さいタカヤの腕を、本物のタカヤによく見えるように曲がらない方向にゆっくり曲げて見せた。

「なぁ…ダメ?」

いうこときいてくれなかったら俺、この子のことなぶり殺しにしちゃうかも。



そうしたら見事なボディブローをくらった。

内臓がうねる感覚に蹲ってえずいていると、俺の手から抜け出した小さいタカヤがぴーーって泣き声を上げながら、本物のタカヤの所へ走り寄って行ってしまった。

タカヤは泣きじゃくるソイツの頭を優しく撫でながら「大丈夫か」とか「どこの家の子だ」とか話しかけている。
小さいタカヤも泣きながらも何か話しているが、俺にはぴーぴーとしか聴こえない。

そういえば、さっきタカヤが「噂を聴いた」とか言っていた。
(本物の)タカヤと小さいタカヤのあいだでは会話ができるのかもしれない。

そんなどうでもいいことを考えてたら、タカヤが「そんなに俺のことが嫌いですか?」ときいてきた。

「んなわけあるかよ!メチャクチャ好きだよ!!」

ここはキメるとこだと思って、立ち上がってタカヤの目を見て言ったら、タカヤは俺の目を見つめ返しながら機能停止したみたいに動かなくなった。
瞬きどころか、瞳孔すら微動だにしない。ただでさえ無機質で冷淡なタカヤの顔がいよいよ作り物じみてくる。
でも俺は知っている。これはタカヤがなにか計算しているときの顔だ。

「――信用できません。証明して見せてください」
「証明?」
「今後一切、俺を殺さないなら信用してあげます」

んな、本末転倒な。
俺はタカヤを愛してるから、他の奴の鞄にタカヤが付いてるのが許せなくて殺してるのに、愛を証明するために他の奴になつくタカヤを見逃さなければいけないなんて。

「俺らのネットワーク甘くみないでくださいね。一箱殺したら、即アドレス変えます。わかりましたね?」

吹き荒ぶブリザードみたいな視線できかれたら「………ハイ」としか答えようがない。

俺の返事に満足したタカヤは、改めて俺をイチベツして、ため息をつきながら目を閉じた。さっきまで冷淡だった顔が一気に人間臭くなる。
この表情の正体も知っている。タカヤが俺を心底馬鹿にして、同情しているときの顔だ。

「んな、不満そうな顔しないでください。俺、アンタのこと思ってパッケージだしたんですよ(嘘だけど)」
「俺のため…?」
「誰かの鞄にくっついてでも、アンタとずっと一緒にいられるかなって思って…」

きゅーん。




だからさぁ、オチが酷いって

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あきゅろす。
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