肉食系男子
昔、「どんな風に聞こえるの?」と聞かれたことがあった。俺は「普通に聞こえる」と答えた。
昔、「ズボン履くとき、邪魔じゃない?」と聞かれたことがあった。俺は「何が?」と答えた。

その時の夢を見た。
幼稚園か、小学生くらいの頃だったかもしれない。
なぜそんな些細な会話を夢にみるほどに覚えているかというと、その当時出会う奴出会う奴に、嫌になるほど同じ質問をされたからであろう。

「どんな風に聞こえるの?」
「ズボン履くとき、邪魔じゃない?」

今考えても意味のわからない質問だ。

しかしその朝、歯を磨いているとき俺はその質問の真意に気づいた。
俺、猫だ。



黒い髪にまぎれて、くしゃくしゃに折れ曲がったような黒い猫耳がしだれている。
何故だかは知らないが、俺の猫耳は垂れ耳だった。
ついでに尻尾も短く、もはや尻尾というよりはケツの穴の蓋といった方がいいのではないかという状態である。

一見すると、髪と猫耳が完全に同化してしまって普通の人間のように見える。
しかし、俺は猫なのだ。
さっき家族にも確認をとった。

頭の上のくんにゃりとつぶれた猫耳がいかにも情けなく、俺は耳の先っちょを抓みピンと立ちあげてみた。
俺が猫になって切実に感じたことは、立ち耳はかっこいいということだ。
人間のあいだでは、スコティッシュホールドだとかいう垂れ耳の猫が人気だが、垂れ耳の猫の一匹として言わせてもらおう。
立ち耳の猫羨ましい。
ピンっとしててカッコいい。



二つ穴の開いた野球帽から俺は猫耳を引っ張りだした。

「あれ?阿部イメチェン?」
「は?」
「耳、耳。昨日まで出してなかったじゃん」

子供のころからどうして俺の帽子にだけ穴があいているのだろうと思っていた。
その疑問を父にぶつけてみたことがあったと思うのだが、その時あのクソオヤジは「うちが貧乏だからだ」と適当なことを言ってその正しい用途を教えてくれなかった。
だから俺は今まで違和感を感じながら帽子を被ってきた。

俺の変化に目ざとく気づいた水谷は、へらへらと笑いながら俺の頭を指差す。

「あー…」

今朝やっと自分が猫であるということを自覚したのだとはプライドにかけて言えず、俺は適当に言葉を濁した。

「かわいいー。触っていい?」
「やだ」
「えー、いいでしょーいいでしょー」
「しね」

ピーッと水谷の頬に爪を立てる。
思いがけず水谷の頬に赤い筋ができて、俺は驚いた。

「うお!わりぃ水谷」
「ほぇ?って、うわぁ!」
「篠岡!絆創膏持ってる!?」

間もなく「はーいっ」という驚いた篠岡の声が聞こえてきて俺は心を落ち着けた。

大丈夫だ。顔なら野球に支障はない。

救急箱を持って走ってきた篠岡も、水谷の頬の傷を見ると安堵したようで「喧嘩したの?」と笑った。

「阿部がさ、可愛いのに酷いんだよ」

俺に視線を向けた篠岡は眩しい物を見るように目を細めた。

「ほんとくぁwせdrftgyふじこlp;」
「しのーか!?しのーかぁ!」

ふらりと揺らいだかと思うと謎の言語を発して崩れ落ちていく篠岡をよそに、俺は篠岡がけっこう可愛い顔をしているという事実に改めて気づいていた。
誰もが振り返るといった派手な可愛さではない。クラスで五番目くらいの素朴で愛らしい可愛らしさが篠岡にはある。…あと、水谷も可愛い顔をしている。
花井もなかなかいい顔をしていると思う。栄口も、巣山も、田島も・・・。三橋はいわずもがな!


この時点で俺は自分の思考が歪んでいることに気づいていた。
どうしたのだろう、今日の俺はちょっと頭がおかしい。
慌てて、今日の(三橋の)練習メニューや、他校の選手のデータを頭のなかで反芻してみる。
問題なく思い出すことができた。
次に手足を動かし体に不調がないか確認してみた。これにもまた問題はなかった。
むしろいつもより、冴えてるしキレてる。
ならば問題はない。

たとえ俺がさっきから目にはいる奴全員と見境なくセックスを行う妄想にとりつかれていたとしても、それは俺の心のなかの問題であって、野球をやるうえでは何の問題もない。

と、思っていたら鼻から血が出た。
目の前に水谷と篠岡がいたため隠すこともできずに保健室に運ばれた。



「発情期ね」

垂れた乳のでかい保険医が俺の鼻先や猫耳を触ってからあっさりと言った。

「この年ごろの子にはよくあることよ。別にこれといって問題はないんだけど、ちょっと衝動的になっちゃうから、気をつけなさい」
「……ハイ」

衝動的になるとはどういうことなのだろう。
衝動買いとかそういうことなのだろうか。…違うだろうなと、俺は中年の保険医の胸を凝視しながら思った。



発情期に入ると、世界がキラキラと輝いて見える。
今なら、空を飛ぶ気分で屋上から身を投げれるくらい気分がいい。(つまり、俺はイカレている)

いつもより動きのいい頭と体を、限界まで動かし泥のような疲労感とともに気分よく練習を終える。
着替えごと鞄を置いていたベンチに戻ると、携帯がピカピカと光っていた。


From:ノーコン
Sub:教育

理解不能な人物から届いた意味不明なメールに俺は顔をしかめた。

教育…?きょういく…?
…………今日行く?

「タカヤァ!」

俺がメールの内容を理解するのとほぼ同時に掛けられた声に、俺は振り返った。
そこには案の定榛名がいて、いつものように武蔵野第一高校の制服をラフに着て、いつものように部活終わりの少し疲れた顔にニカッ!とした笑みをのせてこちらに手を振っている。
ただ一ついつもと違ったのは俺の脳内だ。

フェンス越しにこちらに手を振る男がキラキラと輝いて見える。
カッコいい…。
屈強な体つきも傲慢そうな目も弧を描いた口元も全部いい!

俺は先っぽがハート型になった矢で心を射止められたのを感じた。

「タカヤ」

俺はコイツが欲しい!
この人と付き合いたい、この人が好きだ!ヤリたい!!

今までの人生単位で野球一辺倒だった俺の脳内が、なにか新しい未知の衝動で彩られるのを感じた。
なんだこれは。榛名、好きだ。好きだ。
傍にいたい。好きだ!

「元希さん!」
「早く着替えてこいよ」
「はいっ!すぐ、すぐ着替えてきます!…来てくれて、すげー嬉しいです」
「お、ぉう?」

そうと決まれば榛名を待たせるわけにはいかない!

「おい!俺今日さき帰っから!」

さっきまでソックスを脱ぐのさえ億劫だというほど体力を使い果たしていたというのに、体の底から力が湧いてくるのがわかった。



「元希さん!」

俺を待つ榛名の大きな背中に声をかける。
くるりと振り向いた榛名の横顔は、すっきりとのびた高い鼻筋が目立って気品すら感じられた。

「おせー」
「スンマセン。急いだんですけど」
「ま、いつもよりは早いけどな」
「今日はいつになく従順じゃねーか」と満足げに笑った榛名は俺の頭に手を置いた。
「ひゃぁぅ、…やめてくださいよ!」

そのままぐじゃぐしゃと髪を撫で回されて、武骨な指が垂れた猫耳をくすぐった。
背筋がぞわぞわとして変な声が出た。

「……!」

と、景気よく俺の頭をかき交ぜていた榛名が突然パッと手を引き、赤くなった。

「…?」
「…」
「…元希さん?」

手を不自然な位置で止めたまま固まってしまった榛名を不思議に思い声をかけると、その釣り目をぎょろぎょろと動かした榛名は何か言いたげにパクパクと口を動かした。しかし結局「なんでもない」とバツが悪そうに言うとそれ以降黙り込んでしまった。

「…元希さん」
「あ?」
「アンタ、彼女とかいるの?」
「…いるわけねぇだろ…。ってか、お前今日なんかおかしくね?」

口をとがらせながらジト目で榛名が言った。
そうだとも。俺はおかしい。俺はあんたに狂っちまている。

「なんもおかしくない。ただあんたのこと好きなだけだ」

俺は自分の身の程を理解している。
俺は榛名のように外見に秀でたわけでも、栄口のように優しいわけでも、話し上手なわけでもない。
しかし、一方で俺は自分の武器も理解している。

「俺と、付き合ってくれない?」

無駄にいい声を効かせて囁くと、傲慢につりあがった榛名の眉が下がり瞳が潤んだ。
また口をパクパクと動かした後、かっと目を見開いた榛名は、俺の頭を乱暴に掴むと先程と同じくかきまわし始めた。

「うひゃあうぁぁぁぁあぁぁぁぁ・・・」
「タカヤ!結婚すんぞ!!」
「…はいっ!」

というわけで、俺達結婚しました!





オチが酷い

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