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(旧題・犬)

なんてこたないけど、倫理的に問題があるよ
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1 秋丸恭平

榛名が犬を飼うときいたとき、世話が出来るわけがないと思うより早く、あの榛名が犬を飼おうと思い立つなんて、と空から槍が降ってもおかしくないような気がした。

子供の頃、クラスメイトのあいだで恐れられていた犬と、榛名が仲良くしていたのを羨ましくみていた記憶がある。
幼心に榛名はやはりなにかが違うんだという確信を深くしたのだが、今ならわかる。あれはきっと同族の子に対する優しさだったのだ。

そのことを榛名はわかっていたのか、いなかったのいのか。
少なくとも自分が犬を飼うことのできる人間ではないことはわかっているようだった。いつもクールなパートナーにめちゃくちゃに可愛がられる犬に嫉妬して「やっぱり将来、絶対に犬は飼わない!」と宣言するような男だったから。

そんな榛名が犬を飼うという。
最悪、自分に押し付けられるのだろうなと思っても、止めようとは思わなかった。

榛名はすがりたいのかもしれない。
パートナーが飼いたがっていた犬がいれば、ある日ひょっこり彼が帰ってくるかも知れないと。



2 花井梓

「俺、犬飼いたいんだけど」

榛名さんからそんな電話をもらったとき、なぜ俺にという疑問が一番に浮かんできた。

「オマエ、ブリーダーの知り合いいるんだろ」

正確には母の知り合いだ。

「どうしてそれを?」
「タカヤにきいた」

ばつの悪そうな声が答える。

むかし、そのブリーダーが一週間留守にするとかで一時的ではあるが子犬を預かったことがあった。
そのとき、家に阿部を呼んだのだ。正しくは、つい漏らした愚痴を耳ざとくきいていた阿部が乗り込んできたのだが、あの時のことはとても阿部らしいエピソードとしてよく覚えている。

そのことを思い出すと胸を締め付けられる。

「もしかして、阿部が」
「なるだけでかい犬がいい。でかくて、重い犬」

思い付いたとてもよい想像に色めき立ってきいてしまったが、あとを続けさせない暗い声に甘い考えであると思い知らされる。

「…っ、スイマセン」

この人だって辛いのだ。俺たちが辛いように。

「すぐ、そこに連絡とってみます。榛名さんの電話番号教えても大丈夫ですか?」

阿部が行方不明になってから、もう一年がたつ。



3 榛名元希

犬ってのは飼ってみると、案外可愛いもんだ。
飼い始めた当初はクソは撒き散らすわ、俺の左手に噛みつこうとしてくるわで、鍋の具材にしてやろうかと思っていた。しかしそれも今ではいい思い出にかわっている。

俺は一年の半分は、西の方にいる。
だからその間の犬とアイツの世話をするために向こうに家を買った。
「わざわざそんなことしなくても」と、秋丸とかに何度か世話を手伝いを申し込まれたがすべて断った。
犬に他の誰かの手をつけさせる気はなかった。


犬はとても従順だ。間違いなくアイツよりずっと。

「お前もアイツに会いたいか」

さっきから落ち着きなく歩き回る犬に、話しかける。当然答えることはないが、地下に繋がるドアを引っ掻き、こちらをみる目は、きっと俺と同じ目をしている。









4 阿部隆也

ガチャガチャといくつもの錠前を外す音がする。
人間のものではない細かく荒い息遣い。
それを制して、こちらに近づいてくる足音。

「タカヤ」

視界がひらけ、目の前を榛名の歪んだ笑みがひろがる。

相変わらず、元気そうだ。

榛名の背後には腰を下ろした犬が控えている。一見すると大人しく座っているようにもみえるがブンブンと忙しなく振られた尻尾が、犬が興奮状態にあることを表している。

「クゥン」という焦れた声にそれまで俺の肌をまさぐっていた榛名の手が止まり、忘れていたというような顔をして振り返る。

「ああ、お前も会いたかったんだったな…」

あの頃のようなキスをすると犬のようにベロリと汗臭いであろう肌を舐めた。

「気持ちよくしてもらえよ、俺も見てるから」

そう言って榛名は犬を呼んだ。


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あきゅろす。
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