君がほしい・前(未来あまあまハルアベ)
1000打リク企画その2
あまあまのはずなんですが…………、甘くないです
驚きの甘くなさです
コーヒーフレッシュくらい甘くないです
票いれてくれた方ごめんなさい…(スライディング土下座)
これは榛名がプロ野球の世界に入って最もがっかりしたことの一つなのだが、プロ野球選手には「いい人」というのがあまりいない。
もちろん、優しい人、豪快な人、男気がある人などそれぞれに魅力のある好人物達なのだが、皆どこか浮世離れしており、一流選手になればなるほど頭のネジが外れている。
だから、「これ女に飲ませるとスッゴいことになる」という触れ込みで先輩から貰った怪しげな薬は本物なのだろう。
榛名は手の中に収まった小さな瓶をじっと見た。
アマゾン由来!アナコンダエキス配合、飛騨産ツチノコの尻尾入り、…などの嘘か本当かわからない文句が書かれた瓶にはご丁寧にも注意事項まで書かれており、榛名はイライラとしながらも一応その小さな文字に目を落とした。
『本商品はジョーク商品です。その他の目的で使用された場合の責任は応じかねます。…また、本商品は催淫効果だけでなく、媚薬効果も持ち合わせております。用法、用量を守って一生面倒がみられる、責任をもてるという方に飲用させてください』
『パートナーとの同意の上・・・』とかいう一文が無いのがミソである。
「……別に俺にはこんなもん必要ないもんね」
俺は女と女のあいだフラフラした挙げ句、こんなもんに頼らなきゃいけなくなっちまう先輩とは違うのだ。
俺は一途だし、惚れ薬なんて使わなくてもすでにタカヤとラブラブ。
阿部のことを思うと堪らなくなった榛名はいつものごとく鞄の中からイヤホンを取り出し、ワクワクと耳に付けた。
榛名と出会ってから今年で何年目になるのだろう。
洗い終えた皿に写る自分の顔を覗き込みながら阿部は考えた。
出会った頃に比べて、随分老けている。
先日、会社(というか実家)のお得意さんに「若社長もいい歳なんだから」とお見合いを勧められた。25歳というのは男の結婚適齢期としては早いと思うのだが、お見合い写真を押し付けてきたご婦人に俺は何歳だと思われているのだろう。皿を食器棚に戻し、阿部はいつのまにやら刻まれてしまった眉間の皺を引っ張った。
積み重なった心労によってできた年齢には早過ぎる皺である。
ユニフォームを着ているとき以外の仕事も多い榛名が連日液晶テレビ越しに見せるはじけるような笑顔を思いだし、あの人はいつまで経っても若いな、と阿部は思う。
一仕事を終え、リビングに戻った阿部は机の上に置かれたままになっていたお見合い写真を眺めた。
「お見合いなぁ…」
カムフラージュという言葉が頭を掠めたが、それはあまりに人の道に外れた行為だと思い阿部は首を振った。
頭を切り替えるようにテレビをつけると、偶然にも榛名が流行りの美人女優と背中合わせにしてうまそうななビールを飲み干しているところだった。
そういえば…。
そういえば、この女優と榛名が噂になっていたなと阿部は思い出した。ゴシップ専門といわれる週刊誌に「!!?」マーク付きで載った怪しい記事だったが、それについての言い訳をまだ阿部は受けていない。
「あんまさ、」
俺みたいに仕事もできて家事も完璧(本人談)な男、なかなかいないもんだよ?
液晶テレビのなかで笑う男の頬を阿部は指でつつくと小さく笑った。
『あんま放っておくと、逃げちまうぜ?』
イヤホンから聞こえてきたその声に、榛名は度肝を抜かれた。
その前に呟かれた「お見合い」という言葉も榛名は聞き逃していなかった。
「逃げる」、「お見合い」という言葉が榛名の頭のなかで繋げられる。
………逃げられるとでも思っているのか…?
榛名の目が凶悪に光る。
玄関から聴こえてきたガチャガチャという騒がしい音に阿部は急いでお見合い写真を本棚に隠した。
「現代科学の進歩」と「哲学」のあいだに隠しておけば、榛名が気がつくことはまずないだろう。
「タカヤー!」
どうして鍵を開けるだけの仕草であんなにうるさくできるのだろうかと疑問を感じながら、玄関に向かうと丁度扉が開き、疲れを感じさせない明るい声とともに倒れこむように榛名が抱きついてきた。
榛名が阿部の腰に手を回そうとすると、コンマ一秒前に阿部が身を翻し腕から逃れる。
キスしようとすれば、触れあう1センチ前で阿部の手が二人のあいだに入り込み邪魔をするし、頭を撫でようとすれば組手のような滑らかな動きで阿部の腕が榛名の手を拒む。
長年の付き合いの賜物というべきか、無駄に息のあった攻防戦が繰り広げられる。
「手ぇ洗ってきてください」
榛名の荷物を受け取った阿部は渋る榛名を洗面所に向かって蹴りあげる。
今日は鞄がずいぶん重いな…。
榛名の脱ぎ散らかした靴を揃え、リビングに戻ると手を洗い終えたらしい榛名が子供のように抱きついてきた。
「なあなぁ!」
まだ水の滴る手を阿部の洋服で拭かれる。
気持ち悪い。
「おみやげ貰ってきたんだけど」
「オイどけ、気持ち悪りぃ」
「酒、ビールいっぱいもらった!飲もーぜ!!」
「ビールってあんた今帰ってきたばっかりでしょ」
冷えていないビールなんてションベンと同じだと阿部は思う。
「氷入れればいーじゃん」
「アンタ馬鹿か!?」
驚いて阿部が榛名の腕を振りほどく。本来、榛名は食に関してもなんに関してもこだわりがとても強い。日常生活で不便に感じないのかと思うほどだ。
だというのによくビールに氷とか言えるな…。
「冷やしておきますから、先風呂入ってきてください。沸いてますから」
そう言って阿部は榛名の背中を押す。
「だめ!今だ!!今飲むの!!いま!イマ!今!」
駄々をこねる榛名に阿部は頭を抱えた。
「あ〜、もう!わかりましたよ、今グラス用意します」
「もうした!」
いつの間に…!
榛名が指差す先にはビールグラスが二つ置かれ、要らないと言ったにも関わらず氷まで用意されている。
「…ハァ、じゃあなんかツマミ作りますか?」
冷蔵庫を覗き込む阿部の足元にあるゴミ箱には先ほどまでは無かったはずの怪しげな瓶が捨てられた。
「イラネー」
そうは言われても冷蔵庫を漁る阿部の後頭部を榛名は冷めた目で見た。
榛名は焦れていた。
早く彼にわからせてあげなければいけないのだ。
「チーカマありました」
「そんなんいいから!」
阿部の手からチーカマを引ったくった榛名は代わりに温いビールの入ったグラスを持たせる。
「ハイッ!カンパーイ!!」
「……うわっ」
合コンの幹事のような明るさで榛名がビールグラスを天に突きつけると同時にビクッと阿部の体が震え、窓ガラスを指差す。
「なにっ!?」
「……スイマセン、蛾と目があって」
確かに阿部が指差す先にはいやに大きな蛾がいた。
「うわ、何でこんなとこいんだろ」
榛名のマンションは通常蛾が飛んでこれるような高さではない。
「っていうか目ってどこだよ」
「模様の目みたいなトコです」
榛名はテーブルにグラスを置くと、窓に近づきピンッと窓ガラスを弾く。しかし、蛾は気にした様子もなく榛名を嘲笑うかのごとくゆらゆらと動く。
まるで風に吹かれる凧のように…?
「あ、スンマセン。それ玩具でした」
生物の意思を感じさせないその動きを榛名が不思議に思っていると、あっさりと阿部が吐き捨てた。
「この前水谷が来たからベランダに吊るしといたんですよね、忘れてました」
榛名は自分の知らないあいだに第三者がこの部屋に入り込んでいたという事実と客人のもてなし方法としては激しく間違ってる阿部流水谷歓迎の儀にショックを受けたが、いけしゃあしゃあと言う阿部に毒気を抜かれた。
「元希さん、乾杯」
何事もなかったように冷静に言った阿部は手に持っていたグラスに口をつけた。
渋い顔をしながらビールを口に含む。
「まずっ!アンタは飲まないんですか?」
右手に持ったグラスに向けられる阿部の視線に促されて榛名もビールを飲む。
「不味くないすか?」
「……別に?」
そもそも榛名はビールが好きではない。(苦いから)
「アンタとは酒のみたくない」
珍獣を見るような目で榛名を睨み付けた阿部はまたグラスに口をつけた。
今度は反り返るくらいの勢いで一気飲みしていく。
グラスに入った小麦色の液体が減っていくのを、榛名はじっと眺めた。
液体が確実に阿部の体に摂取されていくのを確認する。
「……っ、一気に飲んでも不味い!」
ぷはぁっ、と仕草だけは美味しそうにビール飲み干した阿部はを空になったグラスを机に叩きつけた。
阿部が首の角度を戻すと同時に、スルリとそれまでとは違った冷たさを帯びて榛名は阿部を抱き締めた。
「なんかさ…、感じね?」
悪辣な笑みを顔にのせた榛名が阿部を試すように囁く。
「…感じるっつーのは」
阿部は目を細める。
「そこの燃えるゴミに入っていた怪しい瓶の中身…、つまりこれは俺の想像ですけどこのビールに混入しているであろう液体の効果をっていう意味ですか?」
一息で言い切った阿部に榛名は目を見開き、阿部を向き直らさせた。
「わかってたのかよ!?」
「わかってますよ!」
「バレネーとでも思ったんですか?」と阿部は憤る。
この野球と一途さしか脳のない動物が俺を騙すなんて一生不可能なのだ、思い知れ!!!!!!
「ついでに言っときますけど、俺の酒アンタのと取り替えておきましたから」
俺にはなんの変化もない、と阿部は勝ち誇る。
「で?なんでこんなことしたんですか」
理由によってはぶん殴ってやると、阿部が拳を握るとそれよりも早く榛名が阿部のこめかみを圧迫した。お馴染み、ウメボシというやつだ。
「オメーが悪いんじゃねーか!」
「!?」
「お見合いするとか言って!」
ギュウギュウとプロスポーツ選手の力で頭を圧迫される。
「〜〜、確かに紹介はされましたけど!」
いまだ納得していない部分が大半であったが、このままでは俺の頭が凹んでしまう!という危機感を抱いた阿部は早口で事情を説明することにした。
「実際に受ける気はないですよ」
っていうかなんで知っているんだろうという疑問は心の底に仕舞っておくことにする。
「…本当だろうな」
「本当ですよ」
「ほんとか?」
「ほんとです」
「本トだな!」
「本……」
「ト」と阿部が口にする前に榛名が雪崩れのような勢いで阿部に抱きつき、唇を押し付けた。
自分より重い大型犬に襲いかかられた阿部は押し倒されそうになったが、ギリギリで足を踏ん張り、手底で榛名を殴り倒した。
「なにしやがる!?」
容赦ない一撃にフローリングに這った榛名だったが、すぐに阿部の足首を掴み動きを封じる。
「はっ!?」
「…わかってんだろ…?」
足首を掴んでいた手はホラー映画のようにゆっくりとしかし力強くふくらはぎを掴み、膝を掴む。
「タカヤが飲むはずだった薬を俺が飲んだんだ」
徐々に近づいてくる榛名の瞳が狂気で爛々と輝いているのを阿部は見た。
「どういうことになるのか…」
わかるよな?
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