お前に溺れた俺の蜜 ハルカカナタ… 午後の非常召集には国の兵士達が王宮に集まった。 高なる鼓動を抑えながらも、僕は国王の話に耳を傾ける。 「王女が…拉致された…」 どこか落ち着きのない表情で国王はそう告げた。 王女……。 僕はかつて無いほどの吐き気を覚え、その場を去った。 王女とは幼い頃によく遊んでいた、僕の大切な人だ。 好きなのかもしれない…そう気づいた頃には、僕は将来兵士の道を歩み始めた頃で、この思いはとうてい叶うはずないと思った。 身分という大きな壁を壊すことができない。 それでも忘れることすら叶わない、君への思い……。 しかし今、君はここにはいない。 敵軍の牢獄に入れられているのか、拷問を受けているのか…。 考えたくもなかった。 僕は自分に与えられた任務をこなさなければならない。 他の事を考えてはならない…たとえ君の事を思っているとしても…。 青い空が広がった午後の王宮の庭先を、何か穴が空いたような気持ちで歩いていた。 幼い頃ここで君と遊んだ、噴水があった場所…。 もう水はないけれど、石造りの噴水だけがたたずんでいた。 干乾びた王宮の、けして大きくはない庭、さびれた噴水…。 全て何かを失っている。 戦争とは、こうも何かを犠牲にするのか。 せめて君だけは…無事でいてほしい……。 ふと噴水を覗き込む。 異変に気づいたのはその時だった。 噴水の中一面に、水の花が咲いていた。 水が無いのに…水の花が咲くのか? 確かに噴水の中には水は無い。僕は花を手にとって見た。 それは水の花に似せた造花だった。 もともと水の花は何枚もの花弁が重なった形をしている。布で言えばドレープ性があると言える。 布で作れば見た目もそっくりに作れるのだった。 これを誰が…こんなに沢山…… 「兵士のおにいちゃん…」 後方で誰かが僕を呼んだ。振り向くとそこには一人の少女がいた。 「おにいちゃん…おねえちゃん知らない?長い髪で綺麗な服着たおねえちゃん…」 はっとして、もしやと思った。 王女のことを言っているのだと。 「おねえちゃんがどうしたんだ?」 「一緒に、お花作るの。水の花。水が枯れても、お花は生きてるって、おねえちゃん言ってたの。」 噴水の、一面の水の花…。 そうか、これは全て君が…。 僕は一人、王宮をあとにして、持ち場を離れた。 生きていた水の花… 思い出だけにとどめて、何も出来なかった僕が歯がゆい。 同時に幾つかの思いが込み上げる。 君に言う、適当な言葉が見つからない。 浅はかな思い過ごしかも知れないけれど、僕の素直な気持ちを伝えたい…。 壁を壊したい。 自由になりたい。 君と一緒に、遥か彼方へ、ここじゃない、どこかへ。 僕が君を助けに行くから… だから遥か彼方へ… [*前へ] [戻る] |