お前に溺れた俺の蜜 蛍 眼の前の光の光景がいっそう鮮やかになると、俺を乗せた船は動き始める。 冬の花火は輝きを増したようで、その生き様を見せつける。 生きてるって証拠を、この空に。 夜を照らす、唯一の存在なんだ、と星々に訴えているんだ。 胡蝶、この船が島に着くとき、もうすぐだよ、もうすぐ逢えるよ… 都には、海も、月も、蛍もいなかったから、あの時に見た景色が懐かしい。 足音をたてて俺から去っていったものたち。 もうすぐ、逢える。 ユラユラ、波に漂っているうち、花火が見えなくなると、代わりに島が見えてきた。 胡蝶のことを思っていたせいか、時間が経つのが早いような気がした。 胡蝶は、七年前のちょうど今日に交わした約束を覚えているだろうか? あのときの月を覚えているだろうか? あのときの黄金の蛍を覚えているだろうか? 島の岸辺に船が着くと、俺は懐かしさと一緒に駆け出した。 胡蝶、やっと、逢えるよ。 逢えない七年間は本当に辛かった。 胡蝶と一緒に海を見たかった。 胡蝶と一緒に月を見たかった。 胡蝶と一緒に蛍を見たかった。 胡蝶を身近に感じて、前みたいに、「世界」を感じたかった。 眼に、涙が溢れてきたが、風にかき消されて消えた。 この日を、どのくらい、待ちわびたことか。 約束の地に残されていたものは、俺を驚かせた。 そこにあったのは、色褪せた一つの墓だった。 「海に、安らかに」と書かれた墓石。そこに供えてある、胡蝶蘭。 胡蝶は……? まさか… 呆然とする俺と、忘却の空と、詠嘆する海……そして、胡蝶蘭……。 君は死んだのか……? 胡蝶に逢わなければ……。 約束を果たさねば……。 海の中で胡蝶は待っている……。 冷たい海で待っている……。 俺は、帰ってきたよ……。 もうすぐ逢えるから…… 冬の海の凍てつくような冷たさが身にしみてきた。 脳細胞に伝わって、一歩ずつゆっくり歩いて。 いつか言ってたこと…… 生まれてこなきゃ良かったなんて言うなよ。 みんな罪人かもしれないけど、俺は胡蝶を信じてるよ…… 何故、別れるとき抱きしめなかったのだろう? 胡蝶はそれを望んでいた? 俺は、胡蝶に、何をしてあげられた? 海から悲鳴が聴こえるよ…… あのとき伝えたかった言葉、言わなければ…… 雪が降ってきた。 黄金ではなく、銀色の蛍が、胡蝶のいる海にゆっくり舞い降りてくる。 海と同化する蛍たち。 溶け合う感覚を覚えながら、胡蝶の海に堕ちていく。 最後の言葉を、思い出してみる。 「君と……」 銀色の蛍は、二人の海に、いつまでも降り注いで、消えて…… [*前へ] [戻る] |