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Dear heart
曖昧な境界線 2



ふたりが再会して以来、まるで失っていた時間を取り戻すかのように、日比野は何かと緒方を誘うようになっていた。

緒方には、一緒に過ごしたい人が他にいる訳でもない。
正直言って、日比野と共に過ごす事が、とても楽しいと感じている。
日比野が見せるさりげないやさしさが心地よくて、自分が尊重されているようで嬉しい。
あの先輩たちの事をとやかく言える立場ではないと、改めて実感して。
日比野からの誘いを断る理由は何一つ見つからないまま、緒方は、プライベートで自由な時間のほとんどを、日比野と共に過ごしていた。

「正月休み、いつからだ?」

日曜の昼下がり。
日比野の部屋のソファーにくつろいで、自動車情報誌を読んでいた緒方に、大きめなマグカップを差し出して日比野が確認してきた。

入れたてのコーヒーの豊かな香りが緒方を誘う。

「今月は31日までで、1日と2日が休み。それと、2週目の土日月の三連休……。後は当直明け」

緒方はマグカップを受け取って答えた。

街にはそこかしこからクリスマスソングが流れていて、ホワイトイルミネーションが大通公園を彩っている。
もうそんな季節が巡ってきたのかと、自分の中の時間の流れが随分と速くなっている事に気付いた。

「なら、正月の連休で、スキーにでも行かないか?」

日比野は緒方の隣に腰かけて、コーヒーを飲んだ。

スキーなら、市内の山で散々滑っている。
連休となると、それは遠出を意味していた。

「──いいな。ニセコあたり?」

「うん。東山」

「うわ!マジで!?」

緒方は突然の旨すぎる話しに驚いた。

しかし、この時期になってからでは宿泊の予約なんて出来るはずがないと思う。

「予約取れんの?」

「一応コテージ取っといた。自炊だけどいいだろ?」

「予約済み?」

緒方は日比野のそつのなさに驚いた。
しかも、貸し別荘なんて選択が、いかにも生活力の高い日比野らしいと思う。

「ああ。車なら雪秩父までそう遠くないから、露天三昧もありだぞ」

爽やかに癒しの娯楽を提供してくる日比野から、緒方には後光が差して見えた。

「雪秩父!?……っわ、すっげー楽しみ!」

噂で聞いた、広大な敷地にある11種類もの露天風呂がある国民宿舎。
そこは、入浴客としても安価で入場できる有名な温泉だった。

一度は行きたい露天天国。
温泉付きスキーツアーは、緒方の心を鷲掴みにした。

「日比野ォォォォォォ────!!好きだァァッッ!!」

緒方は日比野に甘えて縋るように抱きついた。
日比野は爽やかに声を上げて笑って応えた。

「でも、正月……。実家に行かなくてもいいのか?」

「いや、おまえもな」

「いや……俺はいいんだ」

「俺もだ。あれこれ煩い親戚連中には会いたくない」

日比野には、緒方の懸念とはまた違った理由があった。

バツいちともなると、親戚からの余計な干渉が増えるのだろう。
そんな日比野の事情を知って、緒方は遠慮するのをやめた。

大学時代の友人たちとも、互いに仕事が忙しくて疎遠になっている。
それなのに、変則勤務の自分たちが、勤務のシフトを合わせながら、わざわざ時間を作って会っているなんて、つくづくおかしいと思う。
まるで、恋人同士の逢瀬のようで、須田が言っていた友情とやらを地でいってるような気分だ。

それでも、日比野のアプローチはあれっきりで、以降、ふたりの間にぬくもりの確認行為は発生していなかった。
あれはやはり、懐かしさと酔った勢いによるものかとも思わせられる。

何にせよ、日比野との友情を取り戻せた事が、緒方には嬉しかった。
あの日引かれた境界線の方が、何かの間違いだったのかもしれないと思える。

緒方はあれこれ変に気を回さないで、この計画を存分に楽しもうと決めた。



「──で、俺、新しいモデル買っちゃおうかなって思ってさ……」

スポーツ用品店のチラシ広告をテーブルに広げて、日比野は得意気に笑った。
その笑顔はやんちゃな子供のようで、気まずいところに引っ掛かっていた緒方の気持ちを、やんわりと解して安心させた。

「スノボ?」

「ばか言え。道産子はやっぱスキーだろ。親がスキーしかさせてくれない哀れな家庭に育つと、俺みたいに役に立たないクセに指導員の資格まで取らされるハメになるんだ」

「語るなぁ……。バレーはささやかな反抗の証しか?」

「いや、昼休みの屋上での円陣バレーが面白かったから……」

「おまえはOLか?」

緒方は胡散臭そうに日比野を見つめた。

若い内から着想がどこかずれている。
それが日比野の少し残念なところだと思うが、そんな部分も含めて日比野なんだから仕方ない……と緒方は思う。

日比野は不意に赤くなって照れくさそうに戸惑いを見せた。

「いや……」

「なに?」

「おまえのツッコミが、何だか懐かしくて……」

「健気だな。傍にツッコミがいなかったのか?」

「北海道は基本、ツッコまないから……。真顔でボケのスパイラルが基本だからな」

「関西人は絡み辛いだろうな」

「ツッコミは壊しに繋がるから」

「おまえ、骨の髄まで道産米だな」

「きたあかり?」

「それ、芋だし……」

緒方が真顔で訂正すると、日比野が歓びを抑えきれずに抱きしめてきた。

「緒方ァァァ────────!!好きだァァァッッ!!」

抱きしめられた緒方は、爽やかに笑えなかった。
ぬくもりの確認行為を思い出して、動揺してしまう。

今の緒方には、そんな動揺を知られないように振る舞うのが精一杯だった。



ふたたび顔を付き合わせて、広告を挟んであれこれとうんちくを傾けながら、ふたりの心は白銀のゲレンデへと飛んでいた。

板はこのブランドで、金具はやっぱりこのモデルだろう。
そんな話は緒方をいよいよ高揚させて、楽しみで嬉しくてたまらない。
先程までに感じていた抱きしめられた時の動揺も、変わらない会話で落ち着きつつある。

ふとした折、ブーツの写真を指したふたりの指先が重なった。
不意に、緒方の胸がトクンと高鳴った。

抱きしめられた時以上の動悸に襲われて、いよいよもってどうしていいのか分からなくなる。
慌てて手を引っ込めるのは、意識しているのが見え見えで嫌だった。
しかし、そのまま黙っていると、かえってその沈黙が不自然になってしまう。

ふたりの身長は10cmしか違わないのに、骨格がまるで違うと思わせられる大きな日比野の温かい手が、緒方の居心地を悪くさせる。
須田の示唆するところの代償行為というフレーズが急に頭に浮かんできて、そんな自分のやましい感情に羞恥心を煽られて顔が赤くなる。

至近距離で隣り合わせていたために、緒方の動揺は日比野に知られて当然だった。

日比野の温かい手が重ねられて、動けない緒方の手を握ってきた。
自分の懸念が的を得すぎて、緒方は広告に視線を落としたまま、恥ずかしさで顔を上げられない。

やがて、コーヒーの香りがふわりと近付いて、日比野のキスが唇にそっと触れてきた。




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