Dear heart 体温までの距離 19 日比野の唇が緒方の耳元を離れて。まるで、赦しを得たように、そっと緒方の頬に唇が寄せられた。 「──くすぐったい」 首をすくめてクスクス笑うだけで、緒方は抵抗しない。 嫌悪感も抵抗感もなぜか感じなかった。 前髪を撫で上げられて、そこにもキスを贈られながら、緒方は不思議と幸福感に満たされる。 「──なに?」 まぶたを閉じて、訳を訊ねる。 もう一度、今度は目尻にキスが贈られた。 「どうして?」 「好きだから」 「キスが?」 「おまえが」 その理屈が緒方には釈然としない。 「好きなら…友達にもキス?」 「ああ……」 緒方は少しだけ不満を感じた。 皆にこんなことをしているのか…と、嫌な気分が隠せない。 「誰でも?」 その表情を読んで、日比野は穏やかに顔を綻ばせた。 「──おまえだけだ。緒方」 そうささやいて、日比野はまた緒方を抱きしめた。 贈られるキスは友人の域を越えている。 そもそも、男同士の友情の証しに、こんな行為を誰がするのか。 しかし、それは決して嫌悪する事ではなくて、好きだった日比野がとても身近に感じられて嬉しくもある。 緒方は、よく回らない頭で考えてから、日比野の事を『変な奴』と言える立場ではなかった事に気付いた。 やがて、例えようのない安心感に抗えないまま、緒方は心地好い眠りに引き込まれた。 戻る [*前へ] |