Dear heart 体温までの距離 11 続いて飲む酒にも感心する。 「あ。旨いよこれ」 「だろ?」 「日本酒って、こんなにスッキリしてるんだ……」 そして、改めてグラスの中の香りを楽しむ。 「いい匂い」 「上品な味と香り……だろ?」 「うん」 端正でさらりと上質な味わいの純米酒。 素材のダシを生かして煮詰めた惣菜の肴。 思いがけない持て成しを受けて、上機嫌で酒を味わっていると、ふと、日比野の左手に視線を奪われた。 テーブルを挟んで座る日比野の左の薬指に、緒方は指輪の跡と小さな傷跡を見つけてしまった。 外にいた時には気付かなかった。 この明るさでやっと分かる程度の跡だった。 「──独身って?」 「え?」 「結婚指輪の……跡がある」 緒方の指摘で、日比野の表情が変わった。 緒方の胸が理由も分からないまま、締め付けられるような疼きに支配された。 日比野の視線が動揺を隠しきれずに、知られたくなかった事実を暗に認める。 緒方は疑問を向けた。 「なんで嘘なんか」 「嘘じゃない……」 日比野は跡を隠すように、右手で左指を握りしめた。 「今は独身だ」 ばつが悪そうに視線を落とした日比野は、困ったようにふたたび視線を持ち上げて緒方を見つめた。 [*前へ][次へ#] |