Dear heart 体温までの距離 10 客待ちのタクシーに乗り込んでから、西へ20分程の町。 そこでふたりはタクシーを降りた。 まだ新しい印象を受ける分譲マンションに案内されて、緒方は日比野のプライベートへと、足を踏み入れた。 独身男性の独り住まいにしては、きれいに片付いている。 日比野は昔から几帳面だった。 その片鱗がこの室内にも表れていた。 日比野は暖房のスイッチを入れて、緒方にくつろぐよう促した。 室内は暖房がなくても暖かい。 南向きのリビングにある一面の広いガラス窓を、アースカラーの遮光カーテンが覆っている。 冬でも、日中は陽射しが豊かに注ぐ部屋なのだろうと思えた。 「酒しかないんだけど……」 日比野は、日本酒の瓶を冷蔵庫から取り出してテーブルに置いた。 「これを飲み出してから、他のがあんまり飲めなくてな……。旨いぞ。純米吟醸だ」 ボトルのラベルに『男山』と太々と力強く書かれた銘柄と、日比野の笑顔がぴったりしすぎて、緒方は妙に納得してしまう。 日比野は冷酒グラスを出して緒方にすすめて、それに小鉢の肴を添えた。 「これ、おまえが作ったの?」 目の前に出された惣菜を眺めて、緒方は感心を通り越して驚いていた。 「ああ………なんか、する事なくてな」 「器用なヤツ」 緒方は肴に箸を付けて口に運ぶ。 「美味い」 驚く緒方を見て、日比野は嬉しそうに笑った。 [*前へ][次へ#] |