Dear heart
めぐりあい14
「あの……寺崎主任さん」
「なに?」
寺崎は産婦から視線を離さないで応える。
「僕は……どうしましょう」
緒方の動揺を察して、寺崎は視線を上げてニヤリと笑った。
「彼女があなたを必要としているなら、それに応えてあげて。励ましてあげる事は出来るでしょう」
寺崎がそう促すと、産婦は緒方を縋るように見上げてきた。
その視線はすぐに閉じられて、迫り来る陣痛に耐えている。
到着した時に見せていたパニックは、皆の関わりで少なからず解消されている。
彼女はこの事態を受け入れて、出産に向かう心構えを持ったようだ。
「──20ccのシリンジとブルー針、それとロカール下さい」
「これ、サクションに繋いで」
曽我と寺崎が、市村の介助のもと、淡々と出産の準備を進める。
陣痛の合間に、産婦が緒方に訊ねた。
「あかちゃん……生まれる?大丈夫?」
生まれてくる赤ん坊の事を気にかける。落ち着きを取り戻した彼女に触発されて、緒方は改めてこの出産に立ち合う決意をした。
「大丈夫。陣痛のない時は力を抜いて楽にしていて下さい。陣痛が来たら教えて下さい。助産師さんが誘導してくれますから」
彼女は言葉なくうなずいた。
そして、表情が徐々に変わる。
苦痛を感じていながら、冷静であろうとする姿は、緒方に熱い何かを感じさせた。
今日までどこにも相談出来なかったと言うこの産婦は、何らかの事情を抱えていると容易に察する事が出来る。
まだ未成年に見える彼女が抱えてきた不安を思うと、同情を禁じ得ない。
「阿部さん。ゆっくり深呼吸して」
寺崎が誘導する。
「落ち着いて……大丈夫です」
緒方の心臓は爆発寸前の動悸を抱えている。
緒方が立っている産婦の枕元からは、何がどこまで進んでいるのかは分からない。
ただ、彼女が握りしめる手をしっかりと握り返して、緒方は彼女を励まし続けた。
握る手に力を込めて、生み出す力をそっと柔らかなものに変えようと努力している。
やがて寺崎が、ゆっくりと生み出される新しい命を誘って、この世界に導き出した。
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