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Dear heart
不自然な関係 3



午前中、ふたりはハイペースでコースを巡った。

中級コースで慣らす事2回。
その後は上級者コースを4回。
最後には、山頂までスキー板を担いで登り、頂上からの羊蹄山を臨む絶景を有り難く拝んでから、麓まで飛ばして戻って来た。

ふたりは幼少の頃からスキー板に慣れ親しんでいる。
小学校の頃から、冬といえばスキーだった。
小学生のうちに級を取って、中学に入学するまでスキー三昧の環境は、彼らにとっては当たり前の事で、公園でキャッチボールをするのと変わらない感覚だ。

さすがに中学に入ってからは、バレーボールに打ち込む毎日で、スキーをする頻度は激減したものの、身体に染み付いたスキー技術はおいそれと消え失せはしない。

麓まで戻って来たふたりは、休憩と昼食のために休憩施設のカフェテリアにやって来た。
入り口で板を外して、スキーブーツのままドッカドッカと歩きながら、陽当たりのいい窓際の席を陣取って、コーヒー付きの定食を注文した。

「ああ……滑ったなあ」

存分にゲレンデを満喫して、緒方は席の背もたれに身体を預けた。
久し振りのハードな滑降で、充実した疲労感が身体を支配している。

「やっぱ雪質が違うよな」

爽やかに応える日比野は、日頃から鍛えられているため、このくらいの運動量では堪えないようだ……と、緒方は感じる。

ふたりは、スキーウエアの内ポケットから煙草のボックスを取り出して、その一本にオイルライターで火をつける。
そして、ふたり一緒に深々と煙を吐き出した。

すると、少し離れた入り口の方から、若い女性のはしゃぐ声が聞こえてきた。

「──あ、ほら。いたいた、あそこ」

「どうするの?」

「声かけてよ」

「え!?あたしぃ?」

と、明らかに色めき立っている会話に緒方が気付いた。
しかも、ターゲットはどうやら自分たちのようだ。

やはり日比野は違うな……と思う。

誰が見てもカッコイイ。
例えゴーグルで顔の半分が隠れていようと、女性の恋心を揺さぶるルックスもスキルも一流品なのだと緒方は鼻が高かった。

「内緒話はよそでやって」

日比野がそれに気付いて、仏頂面で一瞥しただけで、そのふたり連れの女性を咎めるように言い捨てた。

緒方は、日比野のらしくない在り方に緊張してしまう。
そんなに冷たくあしらわなくたって、他に言い方があるだろう。と、内心で日比野を責めた。

すると、日比野は煙草をくわえたまま

「──ナンパするなら早くして」と、満面の笑顔を見せた。

「えっっ!?」

女性の黄色い歓声が日比野に向けられて、緒方は戸惑う。

「マジすか?」

「──ん?人が多い方が楽しいだろ」

全く他意のない日比野の笑顔に、緒方は何も言えない。

この際、相手が男でも女でも複雑な心境にさせられて、ツッコミ処がたくさんありすぎて、どう反応していいのか困ってしまう緒方だった。



昼食を終えてから、ふたりは彼女たちと午後のスキーを同伴した。

東京から、卒業前の最後のスキー旅行にやって来たという大学生。
エリカちゃんとユミコちゃん。
緒方と日比野をゲレンデで見かけて、その果敢な滑降ぶりに魅せられてファンになったと言う。

女性と同伴となると、無茶な滑りも出来ないため、必然的にカップルが出来てしまって、緒方は日比野と離れる事になった。

積極的で華やかなエリカちゃんは日比野にご執心で、さっさとふたりでリフトに乗り込んで頂上に向かって行ってしまった。
おとなしめで可憐なユミコちゃんは、緒方の前で頬を染めて誘われるのを待っている。

日比野とふたりで過ごしたかった緒方だったが、これも出逢いのひとつなら彼女たちの思い出作りに協力してさしあげましょうか、と妙に悟りきった事を考えていた。

「僕みたいなので申し訳ないけど、安全にエスコートするから」

そう伝えて彼女に微笑みかけると、彼女は嬉しそうに応えた。

女性のエスコートなんてした事もない。
これが好きな女性なら、緊張してどうにもならないだろう。
余計な感情の伴わない親切な対応は職業柄身に付いてしまっていたようで、その慣れた接遇には自分でも笑えてくる。

「いいえ!嬉しいです。よろしくお願いします」

彼女も負けずに礼儀正しい。
この娘が相手で良かった。
緒方は少しだけ救われていた。

彼女の経験を訊いてコースを決めてから、緒方はリフトに案内した。
緒方が中級者と判断した彼女は、緒方のシュプールをたどって、綺麗なフォームでついてくる。

あまりお荷物にはならない。
かえって、ゆったりしたペースで楽しめる事に気付いて、会話を楽しみながらコースを巡った。

午前中のペースが午後にも続くと、けっこう辛かったかもしれない。
そう考えると、運動配分としては丁度良かった。

「ユミコちゃん。あそこで少し休もうか。喉渇かない?」

「はい。少しお茶したいです」

コースの途中にある休憩所まで滑り降りて、ふたりは板を外してログハウスの中に入った。
自販機とテーブル席があるだけの簡素な設備でも、コース上には十分な施設だ。

自販機のコーヒーを奢ると、彼女はそれだけで嬉しそうに笑って緒方に礼を返してカップを受け取った。

可愛いなあ……と思う。

淡いピンクを基調にしたスキーウエアと小物たちが、色白な肌にとてもよく似合っていて、柔らかい表情と仕草が優しくて、こうやって向かい合って眺めているだけで、ほんのりとあたたかい気持ちにさせられる。

それは女の子に無条件に与えられたギフトで、彼女はそれを大切に磨いているようだ……と、緒方は感心して見つめた。

やっぱり女の子は華があって、男ならこんな娘とこうやってデートしたがるのが普通だったりするんだろう。

緒方は、天然木で造られた丸いテーブルを挟んで、足の長いスツールに腰かけて、向かいに座る彼女を見つめながら、そんな事を考えていた。

日比野だって、忘れられないひとがいると言っても、いつかはそれ以上に好きな人にめぐり会って、今度こそ幸せな家庭を築くのだろうな……と思う。
いずれまた、互いに恋人ができたとしたら、会う機会も少なくなって離れてしまうのだろうか。

いつか、そういう日が来たとき、自分の今の感情はどんな風に変わって行くのだろう。
それとも、自分だけが行き場を失って、また、独りに戻ってしまうのだろうか。

そんな事を考えて、ぼんやりと自分の目の前のカップを眺めていると、彼女が思い出し笑いを浮かべて緒方を見つめてきた。

「カフェテリアで、日比野さんとふたりで同時に火をつけて、同時に煙を吐いていたでしょう?あれ、仕草が全くおんなじで可笑しかったんです」

そんなこともあったっけ、と考える。
緒方には、そんな自覚はまるでなかった。

「タバコも同じで、とても気が合っていて、仲がいいんだなあって思ったんです」

彼女の言葉は、今の緒方に切なく響いた。

「高校の時からずっとなんて……。男の人って友情に厚いって言うけど、本当なんだなって思いました。素敵ですね」

無邪気に笑う彼女の誤解を解く気にはなれなかった。
ただ、そんないい関係ではないような気がしてきて、緒方が返す笑顔が虚しい。

「──あ!居たか、緒方」

その時突然、雪まみれの日比野とエリカが休憩所に現れて、雪を辺りに撒き散らしながらドッカドッカとやって来た。

「……ったく、このアマ無茶苦茶でよ!」

入ってくるなり怒り出す日比野の後ろから、エリカが豪快に笑ってくる。

「上級行きたいって言うから連れてったら、コース外れまくってえらい目に遭った」

「だって日比野さんさっさと行っちゃうから、こっちだって大変だったんだから」

遠慮なく言い合うふたりの雰囲気がすっかり出来上がっていて、緒方とユミコは顔を合わせてクスクスと笑い合った。

「お。なんだおまえ。いいムードだな」

緒方の傍に腰かけて、日比野が面白くなさそうに突っかかってきた。

「おまえたちには負けるよ」

緒方は苦笑して日比野に返した。



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あきゅろす。
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