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受け入れなければならない。


――俺の家族を…。


ましてや、人に他言することは許されない。


――女を、子供を…。


たとえそれが、現実とは否なる答えであっても。





『ナシ、話がある』

我(われ)はそのとき、ジャッポーネの“カップラーメン”という、画期的な食べ物を食していた。

この場所と祖国を繋げる通信手段は1つ。

当たり前に考えて、インターネット回線だ。

「何か用か?」

『お前に頼みごとがあるんだ』

声の主はアルジェント・チャイオ。

ヴァルセーレの重鎮。

我を動物として扱う、野蛮人。

まぁ、我が動物であることは否定しない。

『“黒薔薇の夢幻(Vision de noir rose)”を捕虜にし、Crの祖先…、俺の娘を捕まえてくれないか?』

アルジェントは苦々しい顔を我に見せた。

わざわざ“俺の娘”と言い直す理由がわからない。

「我は主(ぬし)の娘など知らんな」

知らないものは知らないのだ。

戦ったことがある者だからわかること。

主に娘などいるはずがない。

『…いるんだよ』

「祖先はわかる。だが、主の娘など聞いたこともない」

『じゃあ、何故日本へ飛んだ?』

我は麺をすする。

たった3分間で完成する麺が、これほど美味しいとは知らなかったぞ。

そんな我に交渉の余地がないと見たアルジェントが、段々イラついた顔を見せる。

所詮そんなものなのだ。

人間なんて生き物は。

…ああ、彼もCrだったか。

理由は特にない。

ただ衝動的に、興味本意で、

「祖先に会ってみたかったからだ」



我は言われた通りに、黒薔薇を捕まえた。

捕まえたといえど、黒薔薇は傷1つなく、我に従順に従っている。

――黒薔薇は成熟した女性だと聞いていた。

だが、我の目の前にいるのはどう見ても大人ではなく、子供なのだ。

我は子供というものが苦手だ。

我儘で、好奇心旺盛で…。

とにかく、嫌いだ。

特にこの、黒薔薇は酷かった。

「主、何か好きなものはあるか?」

「…眞人ー」

「眞人とは何だ?
 食い物か?」

「君、馬鹿だね♪」

笑顔を見せてくれるのはいいが、我を馬鹿にしている。

本当に苦手だ。

虫唾が走る。

「というかさ、僕をこういう風に野放しにしておいても言い訳?」

仕舞いにはこう申し出た。

「主、鎖で繋がると喜ぶ性癖でも持っているのか?」

「ば、馬鹿!」

今度は顔を真っ赤にする。

見た目はどうであれ、我の言っている言葉が通じている以上、黒薔薇は成熟しているということなのか。

…ほう。

やはりCrは興味深い。







ナシ。

そう言われて俺の脳裏に思い描かれるのは戦闘だけだ。

それもつい最近の。

敵対ファミリーを同盟へとするための奇襲。

俺はそれに参加した。

言うまでもなく、ランニョも一緒に。

「お前がCrか?」

仲間と呼ぶにはもう難しい、赤く染まった屍、その上に立つ猛獣は俺を目で殺した。

これが生き地獄なのだと感じた。

「ほう…。顔は悪くない。
 だが、主等は我を敵に回したのが損だったな。
 主が自分を生贄として捧げるのなら、我は主等の思い描く理想の協定を結ばぬこともない。
 さぁ、選べ」

俺がナシに食われるか、ヴァルセーレが潰されるか、ただの2択だ。

簡単なものだった。

俺はヴァルセーレに守らなければならない人がいる。

それを簡単に受け渡すわけにはいかない。

答えはすぐに出た。

「俺でよければ、好きにすればいい」

「そうか。ならその言葉に甘えよう」

刹那、視界が鮮やかな金色に染まった。

百獣の王のように、他の何とも比較できない、綺麗な色だった。

それと同時に、首筋を噛まれる。

声にならない俺の叫び。

周りには息絶えているものがほとんどだが、数名はまだ立っていられるほどの傷でしかない。

いつの間にか、俺は快楽に喘いでいた。

漏れるのは叫びではなく、熱い吐息。

自分の体が馬鹿馬鹿しかった。

俺は今まで、女がこういう気分になることを知らなかったからだ。

現在、俺が抱いた女は1人しかいない。

そしてそいつは今、この世には存在しない。

アルジェントによって殺されたんだ。


この顔を誰かに見られている、その事実だけが恥だった。

目がとろけて、足もすくんで、すべてがおかしくなってしまいそうだ。

ナシが俺の体から離れた途端、力が抜けた。

倒れそうになったところをナシが支えた。

…俺にとって、それは屈辱でしかなかった。

「Crといえど、快楽には叶わないらしいな。
 女ではどうだろうか、マチェッロよ」

どうして俺の名を? …と、声に出すことさえ出来なかった。

今の俺は生理的に頬が赤いに違いない。

「そこの女。主にも犠牲となってもらおう」

ナシが見た先はランニョだった。

ランニョは一応女であるわけだから、きっと、俺よりもいい声で喘いでいたに違いない。

それがこの場にいた他の男の性欲を駆り立てたかどうかは別として。

――そこはあやふやだ。

そう、俺は既に気を失っていたんだ。



ナシが俺の名を知ったように、ナシは俺の守るべきものも悟ったのかもしれない。

産まれてから面会などしたこともない、写真でしか見たことがない、俺の娘。

事実、Crに生殖機能は存在しない。

だが、化学の授業と同じように、化学反応を起こしてしまえば話は別だ。

そう思ったらしい俺の女が、突然俺に話を持ちかけてきた。



それは西暦1700年代、今から300年…いや、250年くらい前のことだった。



「ね、そう思わない?」

彼女がはにかむ。

ナシとは対照的な銀髪が俺の目に映える。

「否定しない…ってことは、いいってことだよね?」

否定はしなかった。

だが、肯定もしてないはずだ。

俺たち以外は誰もいないバルコニー。

風景も、バルコニーも、昔から変わらない。

「私、マチェッロのことが好きなの」

俺もだ。

お前が好きすぎて…他のことには頭が回らない。

ただ、Crは戦闘員としての器が必要だった。

恋愛感情なんて持ってのほか。

それがCr同士であるなら、もっと。

不意に、彼女が俺の顔を覗き込んできた。

俺は知らないうちに顔を伏せていたらしい。

「子供、つくろうよ?」

その表情があまりにも儚げで、寂しそうだった。

思わず彼女を抱きしめた。

もしかしたらきつく抱きしめすぎたかもしれない。

でも当時は、そんなこと思いもしなかった。

なんせ、彼女も抱きしめ返してくれる。

本当は、俺にとってはそれだけで十分だった。

いくら肉体関係を結んでも、俺たちの間に子供を作ることは出来ない。

子供というものは両親の愛の形なのに、俺たちにはそれを形で示すことさえ出来ない。

目が合って、自然に顔を寄せれば唇が重なる。

それだけでいい。

俺は満足だ。

だけど彼女はそれだけでは物足りなかったのかもしれない。

それは俺の所為でもあり、彼女の所為でもある。

「ありがとう」

彼女の瞳にはしっかりとした意思がある。

そのまま俺の髪を3本ほど抜き、嬉しそうに笑って見せた。

作り笑いだということは簡単にわかった。

わかってはいた、でも彼女を止められない俺がいた。

「愛してるよ、これからも、ずっと、ずっと…」

彼女は俺の前から消えた。

その後も、俺の前に現れることは2度となかった。



「俺だって、愛してた…、いや、愛してる。



 千歳…」



その言葉が彼女の耳に入ることも、2度となかった。

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