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すべてが憂鬱だった。

よくわからない。

だけど、気持ちが晴れない。

俺らしくない。

――今日は珍しく、千宏が学校に来ていない。

理由は知らない、でも誰かしら知ってるから誰も何も言わないんだ。

その知ってるのが、俺じゃない。

――…。

…俺じゃないからなんだってんだ!

自分で自分が恥ずかしくなったぞ!

とまぁ、要するに静かなんだよ、この教室が。

この授業中だって珍しく俺は大人しいんだと思う。

――普段は俺と千宏が五月蝿いんだけどな。

水城なら理由を知ってるかもしれない。

ふと、そう思った。

でも、俺はアイツと顔を合わせたくない。

絶対に照れて終わる。

そんなどうでもいいような自信がある。

そんな風に自分ではわかりつつも、俺のファーストキスはアイツに奪われたんだ。

しかも男同士という、まったく馬鹿馬鹿しい次元。

ありえない。

どんな思考回路を持ってるのか、計り知れたものじゃない。



で、結局。

俺がたどり着いた答えは「千宏がいないとつまんない」という、何とも図々しい答えだった。

以前の俺だったらこんなこと考えもしない。

俺はどうかしたのか?

俺はどうしてこんなにも変わってしまったのだろうか?



俺は久々に屋上へとやってきた。

そういえば――と思い返す。

千宏が来てから、1度も訪れてない。

もうそろそろ秋だ。

その前に体育祭があって、その後は中間到達度テスト。

11月初旬に文化祭があり、11月下旬に期末到達度テスト。

テストばっかりだな。

嫌になる。

校庭の方から準備体操の掛け声が聞こえる。

そうか。

俺のクラスの今の時間は体育で、きっと体育祭の練習してるんだな。

――まぁ、いいや。

サボってしまったものはしょうがない。

俺はここで寝るとする。

どうせ次は給食だし。

「…今日のメニューは何だっけか?」

思わず声に出してしまう。

木曜日だから…パンの日か。

俺、パン嫌いなんだよな。

「スライスフランスパン、コーンチャウダー、ほうれん草のバター炒め、オレンジゼリー、牛乳」

頭上から声がした。

げ。

水城が居やがった。

「よくこんなもの食えるよね」

オマケに「こんなの日本人の食べものじゃない」なんて呟きやがった。

「お前いつから!」

「さっきからずっとさ。君が来る前から、ずっと」

水城が俺の頭上――つまり、水が溜まってるタンクの傍から飛び降りた。

その姿は忍そのものだ。

さすが現役忍者。

「祖先が来たのかと思ったら…大誤算だ。まさか谷眞人だったとはね」

――コイツは千宏のことが好きなのか?

大体、祖先なんて意味がわからない。

血縁者?

んなわけないだろ。

アイツはハーフなのに、コイツは純日本人って感じがする。

「谷眞人、少し聞きたいことがある」

ん?

何だ?

「学校の教師は、給食がタダで食える?」

「は?」

そう言うしかなかった。

なんで急にそういう話になる!

「俺は今、無職だろ? 働くしか生きていけない。そのうち金がなくなるからね」

空へ顔を向け、流し目で俺を見る。

「まぁ、あと50年は生きていける金があるけど、どうせ暇だし」

50年。

Crに侵されている人間にとっては、あっという間なんだろ?

「食えるんじゃねェの?」

とりあえず、そう言っておく。

詳しいことはわからないけど、多分、タダで食えるはずだ!

もしくは、あらかじめ給料から引かれている。

そんなとこだろ。

「そう。なら、教師でもやろうかな。その方が、君たちも動きやすいんだろ、桂木茜」

「よろしくお願いします、です」

いつの間にか、お嬢が俺の後方にいた。

気づきもしなかった。

俺の不覚。

「これから長期で学校を休むことになったとしても、先生が書き換えてくれるのならばその休んだ日を0にできるです。
それに、その隠蔽の事実が語られている通知表の出欠席の部分は誰も興味なんかありませんからね、簡単に隠蔽できるんです」

お嬢が意味のわからない単語を何回も発する。

何が隠蔽?

隠蔽する必要がどこに…。

「ヴァルセーレへの襲撃」と、水城がただ一言だけ言った。

ああ、そういうことか。

納得した。

――あぁ…?

なんだ、その言い方は。

もしかして、水城も出るのか?

「俺も出る。俺の知りたい真実を明かすために」

此方の話もよく意味がわからない。

何が言いたいんだ、お嬢たちは。

「難しい話はまた後でするです。眞人、それまでにCrを使いこなせるようにしてくださいですよ」

お嬢が俺の顔の変化を読み取ったのか、微笑みながら言ってきた。

それまでに、か…。

「まぁ、精々悪足掻きくらいはできるようになれば?」

水城がほくそ笑む。

水城の性格が読めねェ!

読みたくもないけどな!

「その頃には、黒薔薇も来るだろ?」

「そうでしょうね。今、千宏が捕まえに行ってますから」

――黒薔薇…?

「アイツも、一緒に行くのか?」

俺は問う。

「さぁな」水城がつまらなそうに言った。

「彼女自身の意志です」

お嬢はニコッと笑ってここから立ち去った。

あ、お嬢もサボりだったんだな。

あと10分くらいだろ、授業が終わるまで。

俺も教室へ戻るとする。

水城と同じ場所なんかに居れるもんか。



教室にお嬢は帰ってきてなかった。

多分、どこかで時間を潰しているんだろ。

この空間に、俺はぽつんと座っている。

――寂しい。

いつもだったら、美鶴がいて、お嬢がいて、ニーヤがいて…千宏がいた。

あいつ黒薔薇を捕まえに行ってんのかよ。

言ってくれれば、俺だって手伝ったのにな。

千宏がいないと、俺が俺じゃなくなる気がする。

以前の俺では信じられない感情。

そうさ、1学期までの俺ではありえない。

わかってるけど、知らないフリをする。

どうせ気づいてしまえば、おれは心の中にそれを封印しておく術を知らないから、あからさまに伝えてしまう。

それが恐くて。

だから俺は気づかないフリをする。

今の関係を、崩したくなどないから。



授業が終わるまで、あと5分。

まだ誰も帰ってこない。

べつに一生帰ってこなくたっていいけどな。

そしたら、授業なんか無くなるし。

「クソ男」

懐かしい声がした。

そっか、1日会ってないだけでも、こんなに懐かしく感じてしまうものなのかと、俺は学習した。

朝だって会っていない。

飯も食わずに千宏は出かけたからだ。

「ねぇ、このままさ、サボっちゃわない?」

「何で俺が…」

千宏は何かを躊躇している。

照れや恥じの類ではない、何か。

「じゃ、決定」

何なんだよコイツは。

学校に、勉強しに来たんじゃないのかよ。

よく見れば、今日の千宏は最初から鞄など持ってなかった。

じゃあ最初から俺を誘うためにわざわざ学校に来たのか?

「ここから海、近いんでしょ? 連れてってよ」

何を言い出すのかと思えば、千宏は「海! 海!」と子供らしさを所々に見せる。

第一に俺は徒歩通学だ。

海になんて、少なくとも俺は、ここから歩いて行こうと思う距離じゃない。

「自転車なら1台だけある。朝、茜に借りたから」

『昼間に活動するのなら』と、お嬢にエアボーを禁止させられたのかもしれない。

こんな非科学的なものを誰かに見られたら大変だからか。

「じゃあ、お前が漕げよ。俺が後ろに乗る」

「やだ。普通男が漕ぐものなんでしょ? ドラマ見たから知ってるし」

どんなドラマだよ! とは言わなかったけど、まぁ、それが王道だな。

仕方ないな。

漕いでやるか。

「しっかり捕まってろよ」

一応、言っておいた方がいいんだよな。

俗に言う、『ここから先は、落ちても俺は一切責任を取りませんよ宣言』。

「おう」

千宏はそれだけ言うと、俺の体にしがみついてきた。

しがみつくというよりは、抱きつくの方が正しいのかもしれない。

――胸が当たってる…。

俺の背中に。

丸い膨らみが。

できればあまり近づいて欲しくない。

そのうち俺の理性がはち切れるぞ!

笑い事ではないかもしれない。

でも事実、今日の俺は、お前を意識しすぎてるからな。

「あとどんくらい?」

「30分もすれば着くんじゃないのか?」

「そんなに遠いんだ」

「行きたいって言い出したのは誰だよ」

俺が問う。

でも、千宏は何も言わなかった。

水城にしろ、ニーヤにしろ、千宏にしろ、ホント何考えてるのかわからねェ。

Crって何なんだよ。

「ソンノ(眠い)…」

「そんの? 何が?」

「眠いって意味…」

「俺はイタリア語を知らないんだけど」

「知らなくていいよ」

ひたすら、俺は脚を動かす。

いいよな、後ろの奴は暇そうで。







ビチクレッタ(自転車)は、好きだった。

父さんが手作りで作ってくれて、よく乗ってた。

前に乗るのはいつも母さんだったけど、それがとても好きだった。

私の髪はまだ、母親譲りで黒かった。

懐かしい、100年以上も前の記憶。

そんな家族の心が離れ離れになったのはいつだろう。

思い出せない。

――否、思い出したくないんだ。

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あきゅろす。
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