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死に急ぐな。

だから、何?





「次の任務だ」

俺の手元には1枚の紙があった。

「しくじるな。万が一しくじったら…お前、殺されるぞ?」

渡したのは言うまでもなく、コイツだ。

俺は死なない。

理由は1つ。

俺は人間であって人間じゃないからだ。

説明は終わったはずだ。

なのにこの男は立ち去らない。

「ねぇ? まだ用でもあんの?」

こいつは知らない。

俺がCrと契約していることを。

この社会の人間なら、教えたら誰もが欲しがる、Cr。

俺はそいつを持ってる。

契約はすでに契約している者とのとの体内接触。

詳しく言えば、細胞転移。

細胞転移っていうのは、口内の頬の粘膜の細胞を相手に移したり――もう1つあるけど言いたくない。

そういう不埒な行為は嫌いだ。

「ねぇ? 何?」

俺は依頼の紙を持ってきた男を睨む。

何かがおかしい。

男の息が荒い。

「水城…」

発情でもしてんのか?

男に?

「お前、Cr持って――ッう゛?」

男は言葉を失う。

理由?

それは声が出せない状況にあるからだ。

「何が言いたい?」

みずしろは水を操る忍の一族。

たった1人になったとはいえ、俺は幼い頃に嫌というほどその伝統の技を叩き込まれている。

そう。

水だ。

人は水が無いと生きてはいけない。

だが、逆に水は命の危険に及ぶ。

だから俺は、その命が及ぶ状況に男を陥れた。

顔面を大気中から集めた水で覆う。

それだけだが、男は呼吸ができない。

「俺を舐めるな」

ますます苦しそうな顔をする。

そんな人間の顔、俺は大好きだ。

このまま殺してやろうかと思った。

でも、やめた。

こいつを殺すと、今後の収入に関わる。

仕方がなく、技を解いてやる。

「Crが欲しければ、自分で手に入れな」

俺は立ち去る。

顔に当たる風がほのかな暑さを感じさせる。

でも、俺は汗を決してかかない。

俺からの一定距離の水分を調節して、乾燥した地帯を作っているからだ。

日本は湿ってるから暑く感じる。

エジプトなんかに行ったら、乾燥してるから、そんなのあまり感じないらしい。

俺は行ったこと無いから知らないけど。



さぁ、仕事の時間だ。





仕事なんて、簡単。

上手く水分を抜いて殺してやればいい。

もしくは、さっきのやり方でもいい。

大抵はそれで殺せる。

自分の格好はそれほどこだわってない。

いつもの身軽な格好。

常時Yシャツ。

どっかの時代の制服だった。

そん時は俺もまともに学校に通ってた。

…ハズだ。

そんな昔のことなんか覚えてない。

今日の依頼は…どっかの企業の社長を殺すこと。

くだらない。

そんなんで利益が出るからって。

人は醜い生き物だね。

――昔は、俺も人間だったんだけどね。

その企業の屋上らしきところに着く。

誰もいない。

高さは結構ある。

へぇ、大きな会社だな。

とはいえ、この姿では潜入に無理がある。

俺ははっきり言って、自分の素顔が嫌いだ。

この15くらいが1番いい。

しっくりくる。

体力とかの問題じゃない。

なんか、見た目が若いから。

それともう1つ。

バブルの時なんかは俺はモテなかった。

そのときはそのときで、今と人の見方が違っていた。

でも今は違う。

だから俺は、大人の姿が嫌いなんだ。

と思いつつも、結局は大人の姿へと戻った。

Crの影響で目が空色。

眼鏡かカラーコンタクトもしなければならない。

かなり面倒だ。

――俺は普通の会社員を装いながら、監視カメラの嵐を切り抜けていく。

多少写っていても、大人の姿からまた子供の姿へと変われば問題は無い。

切り抜ききれないところは、徐々に水でカメラの写す位置を屈折してやればいい。

少しずつなら誰も気がつかない。

俺だって、そこまで素人ではない。

適当に監視カメラを切り抜けて、社長室へと入る。

礼儀は重んじる。

それは当たり前。

「失礼します」なんて、言ってみたりもする。

声が俺であって、俺じゃない。

だから、変だ。

違和感がものすごくある。

そういえば、返事はなかった。

ためしに、部屋へと足を踏み入れる。

そこへ入って初めて気がついた。

既に俺の指定された人物は死んでいた。

隣にいる、少女によって。

「君、誰?」

実際は知っていた。

だが、俺は問う。

ここはあくまでも、この会社の社員として振る舞わなければならない。

「カッコいいお兄さんだ♪」

語尾がおかしい。

何で音符が付くように話す?

「はじめまして♪ 水城君♪」

「俺を知ってるのか? 黒薔薇」

「なんだ、僕のこと知ってるんじゃん♪」

黒薔薇の夢幻。

聞いたことがある。

だが、それはこんなちっぽけな子供ではなく、大人だったはずだ。

――Crか…!!

「この社長がムカついたからサクッと殺っちゃった♪ もしかして仕事だった?♪」

「ああ、仕事だ」

別に殺してくれる分にはかまわない。

どうせ、俺が殺していたはずの人間だ。

初対面なのに、コイツは全然心を開いている。

変な奴。

「あ、そーだ♪」

黒薔薇は何かを思いついたように、明るい顔になる。

「"谷眞人"って、知ってる? 桂木のさ♪」

谷眞人?

確かそれは、この前祖先と会った学校の、生徒だ。

詳しいことはよく知らない。

でもあそこでは、桂木は大きな力を持っている。

彼もまた、この社会の人間の1人のはず。

「へぇ〜♪ さっすが、みずしろといったところかな?」

黒薔薇は自身の得物、箒の上へと乗る。

「その子、僕のお気に入り♪ 反応が可愛いんだもん♪」

黒薔薇は祖先には気づいてないようだな。

別にいい。

谷眞人だかなんだか知らないが、俺が興味あるのはCr、竜堂千歳の娘だけだ。

「じゃあね♪ また会う時まで♪」

黒薔薇は窓を割って外へ出た。

俺もそこから他のビルへと移る。

落ちることは無い。

理由は1つ。

俺のCrの能力だよ。



「任務は完了。報酬は?」

「出てる。それと水城、今度からお前の仕事はなくなったから」

いつも俺に任務を持ってくる男は、言った。

任務がない?

どういうこと?

「お前、Crだろ? 組織の奴に見つかったら大変だ。だから俺が逃がしてやるよ。」

それは事実だ。

見つかったら俺は監禁されて、毎日のように、男共に俺の体で遊ばれる。

それだけは嫌だ。

「理由は上手く作ってやる。だから――」

俺は忍者刀を抜いた。

そしてこの男を殺した。

返り血が顔に付く。

でも、シャツには付けさせない。

「水――」

「力に飢えるなら、死ね」

男は倒れた。

これで次から、俺に仕事が来るのかどうか、わからなくなった。

別に来なくてもいい。

俺は死なない。



――死にたくても死ねない。

これは明らかに人間として持ってはいけない事実。

その苦しさがお前等にはわかるか?



きっとこれから、俺の逃亡生活は始まる。

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