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Stella
―宿命の女王―

 馬は森に入る。道があまり整備されていないので、よく揺れる。
 ステラはジルに更にしがみついた。
「ここってどこの森?」
「魔女の森。」
「え――?」
 ステラはまた固まった。
 魔女の森は、悪虐非道を尽くした白き魔女が最後を遂げた地とされている。
 王都の近くとは聞いていたが、こんなに近いとは。
「こんな気味の悪い森、よく来る気になったわね。」
「家出だからな。」
「家出だったら町とかの方がいいんじゃない? 生活できないじゃん」
「自給自足。」
「――」
 ジルなら言うかもしれないとは思ったけど。
 と、急にジルは馬の歩みを止めた。その反動でステラはジルの広い背中に頭をぶつける。
「痛っ! 何?」
 ステラは少々恨みのこもった目をジルに向ける。
「ステラ、面白いものが落ちてるぞ。」
「へ?」
 ステラは体を横に動かして、ジルの見ている方を見た。
 ――何やら白い物体が落ちてる。
 それが倒れている人だと認識するのには時間を要した。あまりにもその人は、白過ぎる。髪も、肌も、着ている服も。
 その人は体型や着ているものがワンピースであることから女性だと思われる。
「ジル、降ろして。」
「あぁ。」
 ステラはジルに馬から降ろしてもらうと彼女に駆け寄った。
 細い首筋に手を当てる。どうやら、息はしているようだ。
 倒れているということは、出血も見られないし、具合が悪いのだろうか。
 ステラは恐る恐る彼女を揺すってみた。
 彼女な顔を覆っていた白銀の髪が揺すられた振動で落ちる。
 露になった彼女の顔にステラは息を飲んだ。
 人形のように整った小さい顔に、瞬きすることすら重そうな長く豊かな睫毛。珊瑚のような色をしたふっくらとした唇。
 美の女神ですら嫉妬するような美貌がそこにはあった。
 まだあどけなさの残る顔立ちはさほどステラと年の離れていないように見える。
「ねぇ。」
 ステラはまた彼女を揺すった。
 今度はなぜか胸が高鳴っている。きっと、彼女の美貌を見てしまったせいだ。
「こんなところで寝てると危ないよ?」
 まぁ、こんなところで寝ていることから異常なのだが。
「ねぇ。」
 と。
 ゆっくりと彼女の大きな目が開いた。ステラの髪と同じ、燃えるように鮮やかな真紅の瞳。
 寝ぼけているのだろうか。彼女は目を細めて首を傾げた。
 その動作が顔に似合わず色っぽくて、ステラの胸は更に高鳴る。
「あなたは――?」
「私? 私はステラよ。」
 ステラ、と声に出さずに彼女は唇で形を作る。
「それでは、私は誰なのでしょうか?」
「え?」
 随分おかしなことを言う。
「貴女が誰かは貴女が知っているでしょう?」
「――。」
 彼女は小鳥のように小首を傾げる。
「――わかりません。」
「へ?」
「私が誰なのか、私もわかりません。」





 そして所は王城に戻る。





「うーむ。」
 アーデルベルトは腕を抱えて唸っていた。
 気性の激しい愛娘のこと。何かするとは思っていたが、まさか家出するとは。
 アーデルベルトの前にはリールイーディケとその父、ウォルグ。ハルジオンにその父で現ファング家当主ロベルト・オーガスト・ファング、次期アステロ家当主のユージン・チェリッシュ・アステロに現アステロ家当主のフェティア・ジミヘン・アステロが揃っていた。ジルのパルファム家を除き、四家の現当主と次期当主が揃っている。
「全く。ジルもこんな一大事にどこに行ったのやら。」
 ジルの行方が知れないのは多々あることだ。しかし、こんな時くらいはいてほしい。
 リールイーディケの助言を受けて、裏庭の抜け道から兵にステラを捜させて小一時間。まだステラが見付かったとの連絡は無い。
「しかし姫様にも困りましたなぁ。」
 ロベルトは困ったように目尻を下がらせて頭を掻いた。
「女王反対派が最近動きを活発化させているというのに。」
「ってか俺らは捜しに行かなくていいのか?」
 ハルジオンは呑気にロベルトに問う。
「場所が特定できないうちに俺たちが動いてもどうにもならんだろ。」
「でも何もしないっていうのもなぁ。」
「女王反対派が動いている今、四家が動くとステラが行方不明なのが漏れるかもしれない。そうしたらステラの身に危険が迫る。」
 リールイーディケが吐き捨てるように言う。
「兵を動かした時点でバレてると思うけどなぁ。」
「隠密に動かしているに決まっているだろう?」
 リールイーディケは肩を竦めた。
「君は次期騎士団長なのに兵の動かし方も知らないのかい?」
 ハルジオンは眉間に皺を寄せた。
「まぁリル、うちの倅をあまり苛めないでくれ。」
 ロベルトは苦笑いを浮かべる。
 リールイーディケは何も言わず、また肩を竦めた。
「フェティア、ユージン。ステラの居場所は見えそうか?」
 アーデルベルトは星術でステラの居場所を割り出そうとしていた星詠みの師弟に問うた。
 そして、フェティアが先に顔を上げる。
「何かに阻まれているようで、この国の中ということしかまだ。」
「星術師か魔術師が妨害しているか、魔力の濃い場所にいるかのどちらかですね。」
 ユージンは金色の瞳を曇らせる。切り揃えられた長い藍色の髪がユージンの横顔を覆う。
「もし何者かが妨害しているのだとしたら――。ステラさんは大丈夫でしょうか。」
「あれも魔術の使い手だから滅多なことが無い限り大丈夫だとは思うが――。」
 アーデルベルトは溜息を吐く。
 ステラは類い稀なる炎の魔術の才能を持った使い手だ。余程の相手でなければ、襲われたとしても負けることはないだろう。――ステラが術を暴走させない限りは。
 と、フェティアが眉を潜める。
「陛下。」
「何だ?」
「どうやら、裏庭の葉に何か姫様が残したものが残っているようです。」
「すぐに調べさせます。」
 ロベルトはすぐに玉間を飛び出した。
「葉、か?」
 アーデルベルトは不思議そうにフェティアに問う。
「えぇ。葉、です。――紙、きっと手紙ですね。」
 フェティアは目を細めた。
「葉に手紙、か?」
「ステラさんも相当慌てていらっしゃったのでしょうか?」
 ユージンはフェティアに問うたが、フェティアも首を傾げるばかり。
「何が書いてあるかはわからないの?」
 見えるわけではないが、リールイーディケはフェティアとユージンが使っている六角形の板に水晶が嵌まったものを覗き込む。
「今は夕方ですからね。夜なら星の力が増すので見えると思うんですけど。」
 それに小さいもののようですし、とユージンは付け足した。
「星術も不便だなぁ。」
 そうぼやくのはハルジオン。
「剣しか脳の無い君より使い勝手は良さそうだけどね。」
 そして、落ち込んだ。
「いいぞ。もっとやれ。」
 ニタニタと笑う父をリールイーディケは睨む。
「大人しくすると先程約束しませんでしたか?」
 ウォルグは更に楽しそうに笑った。
 と、ロベルトが帰って来る。
「陛下、メモのようなものが見付かりました!」
 それは、ヘアピンで留められた二枚折りの紙切れ。
 ロベルトから受け取るとアーデルベルトは急いでそれを開く。

要求
女王却下

 たった二行。それだけ書かれたメモ。
「その字って――。」
「たぶんそのヘアピンも――。」
 リールイーディケとハルジオンは顔を見合わせる。
 ユージンも苦笑いしていた。
 ロベルトはアーデルベルトを励ますように肩に手を置く。
 ウォルグは笑いを堪え、フェティアはそれを窘めるような目で見ていた。
「ジルだ。」
 溜息のようなハルジオンの言葉。
「ジルと一緒なら安全ですよ。あれでも一応一流の槍使いだから。」
 励ますようなロベルトの言葉にアーデルベルトは頷く。
「そうだな。あれでもジルはこの国で五指に入る槍の使い手だ。」
 自分に言い聞かせるようにアーデルベルトは呟く。
「あれ?」
 ハルジオンは首を捻った。
「でもジルの槍、さっき訓練所の物置で見たけど?」
 その瞬間、アーデルベルトは体勢を崩した。
「あぁ陛下!」
 ロベルトは慌ててアーデルベルトを支える。
 槍を持っていなければ素手のジルに一体何が出来ようか。
「この馬鹿息子! 何て物見るんだ!」
「え!? 俺が悪いのか!?」
「その通り。」
 リールイーディケはハルジオンの耳を引っ張った。
「ちょっ!? えぇ!?」
「リルさん、止めてあげてくださいよ。」
 ユージンが止めに入ろうとするが、ウォルグが制止する。
 不安そうなユージンにウォルグはにこりと笑った。
「面白いからやらせておけ。」
 すると途端にリールイーディケはハルジオンから手を離す。
 ウォルグはつまらなそうに舌打ちした。
「それで、陛下? どうしますか。」
 フェティアはアーデルベルトに問うた。
 アーデルベルトはロベルトに支えられ、崩れ落ちるように玉座に座った。
「――フェティア。お前の術が妨害されるほど魔力の濃い場所はどこだ?」
「近場ですと魔女の森ですね。」
 アーデルベルトは頷いた。
「リールイーディケ、ハルジオン、ユージン。」
 アーデルベルトの呼び掛けに三人は姿勢を正す。
「魔女の森までステラを捜しに行ってくれ。それからしばらく身を潜めていてくれ。」
「連れ返さなくていいのですか?」
 リールイーディケが不服そうに問う。
「王城にいるよりは安全だろう。」
 アーデルベルトは立ち上がった。
「すぐに行ってくれ。」
「はい。」
「あぁ、それと。」
 アーデルベルトは踵を返そうとした三人をまた呼び止める。
「ジルには城に帰るように伝えてくれ。」
「武器を扱えるのがハルさんだけでは心許無いと思いますが――。」
 ユージンは心配そうに言う。
 三人の中で武器を扱えるのはハルジオンだけ。リールイーディケも一応使えるが完璧に護身用である。
 ユージンの星術も一応攻撃できるが、戦闘にはあまり向かない。
「ジルには四家として女王反対派の掃除に参加してもらわなければならないからな。」
 アーデルベルトは呟くように言った。
「――わかりました。」
「じゃあな親父。行って来るぜ。」
 一人だけ無駄に明るいハルジオン。遠足とでも勘違いしているのだろうか。
 ハルジオンの髪をリールイーディケが引っ張る。
 それをユージンが苦笑しながら見ていた。





 夜――。





 魔女の森ではステラとジルと、白い少女が焚き火を囲んでいた。焚き火には食事としてステラが仕留めた猪の肉が焼かれている。
「それで本当に何も覚えていないの?」
「はい。」
 念押しのステラの質問に白い少女はまた頷いた。
 自分の名前は愚か、本当に一切何も、なぜこの森で倒れていたかも覚えていないようである。
「困ったわねぇ――。」
 ステラは黙々と肉を食べているジルを見た。
 何も言葉は得られなさそうである。
「せめて名前はどうにかしなきゃ。」
 ステラは頭を悩ませる。
 あなた、とか、ねぇ、とかではあまりにも呼びにくい。
「ジュリア、エリザベス、エリーゼ、カロリーナ、エルヴィラ、スザンナ、ロジーナ、アンナ、ラウラ――。」
 どれもしっくりとこない。
「ねぇ、ジルは何がいいと思う。」
「――。」
 ジルは顔を上げて彼女を凝視した。照れることなく、彼女もジルを見詰め返す。
 見詰め合う美形と美形。見ていて気持ちの良いものである。
「――シロ。」
「シロ、ですか?」
 彼女は愛らしく首を傾げる。
「いやジル。犬じゃないんだから。」
 あんまりだ。どうやらジルは頼れそうにない。


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