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私の初座敷の相手は、想い人の沖田さんだった。あの後のことはよく覚えていない。気付くと角屋に戻って来ていて、聞けば沖田さんに送られて帰ってきたそうだ。本当、まったく記憶になかった。何で、どうして。そんな言葉ばかりが頭を巡る。何を疑問に思っているのかもわからなくなってきた。そんな時だった。
「若紫、あんたにまた沖田の旦那からから手紙が来とんで」
お内儀さんのその声を聞いて霞がかっていた頭が晴れてくる。沖田、さん?手紙、ってことは引手茶屋から?と言うことは…。
「嫌なら断わったってええねんで?あんたは花魁なんや、無理して会わなあかんわけと…」
「…会い、ます」
はっきりと声に出した。お内儀が驚きで息を飲んだのが分かった。今までこんなにしっかりした返答を、したことがなかったから。てきぱきと化粧を始めて気に入りの着物を引っ張り出す。会えば恋しくなる。わかってる。でも、やっぱり会えないのは辛い。いつもより動きの早い私に何か気づいたのか、お内儀さんは店の名だけを言って部屋を出ていった。新参者の私にはまだ禿がいない。局女郎時代に鍛えた腕で身支度をして置屋を出た。
「こんばんは。この前も会ったけど、初会だったから話せなかったしね。やっと、って感じかな?」
「えぇ…。お久しぶりおすなぁ、こうして話させて頂くんも。1年、ちょっと前でありんしたか?」
「クスクス…そんな無理に廓詞にしなくていいよ。僕は君が普通に話してるとこを見たワケだし、そっちの方が話しやすいしね」
「それは…わちきが芸妓やとしても、でありんすか?」
「もちろん」
はぁ、と息を吐く。この気持ちを隠すのに廓詞は丁度よい隠れ蓑だったのに、お客様に言われてしまえば仕方がない。はやる鼓動を抑えて目を附せて。
「…わかりました。お酌させていただきますので、お猪口を」
「はい」
素直に渡されたお猪口に酒を注ぐ。静かな部屋に酒を注ぐ音だけが鳴って、気まずい。あぁでもそれよりも、この近さの方がどうすればいい?お酌をするためには近付かなければいけなくて、視界一杯に沖田さんが広がる。きれいな翠眼も艶やかな茶髪も見た目に反して逞しいその腕も。全てが私を変にする感覚。
「…伽耶ちゃん!?」
叫ぶような沖田さんの声にハッと意識を戻すと、お猪口からお酒が溢れていた。すいません!と慌てて詫びて手近な手布で畳を拭く。その視界の端で無骨な手が見えてぱっと顔を上げると沖田さんの着物のはだけた素肌が見えた。そこに刻まれた傷を見て、我知らずに手が延びてその傷に触れそうになる。気づいてその動きを無理に止めた。悲しさからか眉間に皺が寄る。だめだ、自分。私は花魁なのだから。本気の恋なんて、こんな簡単にするものじゃ、ない。
こんな感情はとうに捨てた筈なのに
(元の世界へ、帰りたい)
(あなたに触れられぬのなら)
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