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贈する想いは
お日様の笑顔。

かつかつ、と、爪が苛立ちの音を刻む。
人々の雑音に紛れる為にそれが耳障りになる事は無く。
それが相手に伝わらないとは、幸いか否かは微妙な所で。
少し離れた席で食事を摂っていた神田は苛ついていた。
表立って隣に座れない事も、話せない事も仕方がない。
だが、馴れ馴れしく触る事…それが許せない。
少しでも逃げる素振りでも有れば違う。
だが、鈍い恋人はその触れられる意図に気付かない。
気付いていて、なら、それはそれで許さないが。
然り気無く…を、装い掠める指先や、談笑の中のボディタッチ。
鈍く、気付いた時の反応が可愛いのだが、それは他人には必要無い。
自分にだけ見せていれば良い、その仕草に表情だから。
ナツイタ、と、言うのかも知れないが、自分から見れば違う。
前(サキ)の任務で同行した新入りの女。
誘われれば断らない、人当たりの良いアレン。
独りで…より、自分が居ない時の為にも、友達がいる方が良いだろう。
それは解っている、リナリーやラビ、科学班の連中なら。
アレンに対する好意が優しさや労り、仲間意識からなら。
だが、アイツは違う、確実に違う目で見ている。
俺がアレンを好きだからこそ判る、俺だから。
いっそ暴露してしまえば誰も手を出さないだろう。
俺のモノに手を出すな、と、言えれば。
だが、それは諸刃の剣でアレンを傷付ける恐れがある。
男と男、同性の、同種の…愛だから。
「ちっ」
舌打ちが苛立つ爪音に混じり合う。
肩に、背に、手に触れ、笑顔が返される事に。
直接的に間接的に触れる女が許せない。
そう、これは嫉妬、独占欲、アレンを渡したくない我儘な心。
何かをしているが、何かをしている訳では無いから。
シメル、そんな事は出来ない、どうすればいいか。
元々くだくだと長考出来るタイプでは無いのは解っている。
が、今下手に動く事が出来ないのが事実。
後でアレンに言い聞かせるしかないか、と、唇を噛む。
見なければ良いのに、視界に入るその位置は。
余計に苛々とする感情ばかりを重ねて行く。
かつり、と、動く指を止めると立ち上がった。
美味く感じない物を食す気にもなれず席を立つ。
道筋から行けばその席の横を通り抜けるのだが。
「…ちっ、バカモヤシが」
ぐるりと大回りとなるが、そこを避けて食堂を出る。
食事が済んだらまた一緒に過ごす予定であった。
だが、今のこの気持ちで会いたくは無い。
アレンが悪い訳では無いだろう。
別々に部屋を出たから解らないが、多分食堂で会ったのか。
そして誘われるままに、食事を共にしたのだろう。
流れ的には自然だが、やはり許せない自分がいる。
「醜いな、俺は」
ぽつ、と、呟くと部屋には戻らず歩き出す。
何処と宛がある訳では無いが、少し気を沈めようとした。
ゆっくりとした歩幅で、人の少ない場所をと道を選る。
『自分は自分だけの要求をアレンに押し付けているのでは?』
ふ、と、唐突にそんな事を心に思う。
アレンは自分に従う、我儘にも付き合う、俺の全てを受け入れる。
でも、自分から、そう、自分から言い出す事は殆ど無い。
「俺が子供なのか。…厳し過ぎるのか」
僅かな段差に腰を下ろすと、眼前の窓の外に視線をやる。
柔らかな陽射しは心地よい暖かさを与え、和やかな想い人のようだ。
「アレン…。俺はお前を縛っているのか?」
応える声はある筈も無くて、陽光の中に溶けて消える。
密やかなる時と光は神田を静かに抱き込み過ぎて行く。
「アレン…、か」
膝に肘を乗せると、その手に額を置いて俯いて動かない。
そこにある無機物と同化したかの様に、只々そこにある。
静かにしずかに、そっと、そぅっと、そのままに。
居座るのは静寂、司るのは時間、そして一つの生き物。



「バ神田ーっ!バ神田ユーウぅーっ!!」



微かに聞こえた足音は気のせいでは無いと届いた声で認める。
ふ、と、顔だけを動かせば、まだ離れた位置にある人影。
「でけぇ声…」
ぼそり、と、言葉を吐くと、ゆら、と、その場に立ち上がった。
あぁ、足音とはあんなにも大きく立てられるのか、と、無意味に感心をする。
がつがつと床を踏み鳴らし、不機嫌な顔が近付いて来た。
「この!バ神田っ」
「そう馬鹿馬鹿言うな」
「貴重な時間を無駄にするのは馬、鹿で…ユウ、ねぇ…」
「何だ」
「どうかした?…ん、とぉ…変な顔」
「は?」
「どうかした?ユウ。泣きそう?」
下から見上げて来る瞳には俺を心配する影が読み取れる。
「泣くかよ」
「そぅ、…」
一瞬何か言いたげに口が動いたが、声にはせずに床に座る。
今立ち上がったばかりの場所を手で叩き、隣に着けと促された。
「何だよ」
どかり、と、胡座をかいて座ると、その膝を支えにアレンが身を乗り出す。
右へ顔を動かせば、無遠慮に近付き見詰めて来る。
「ユウ、駄目ですよ」
「何が」
「嘘は駄目です」
「は?」
本人は至って本気で言葉を発しているが、嘘をついた記憶は無い。
「何か…そぅ、悲しい事とか嫌な事とか考えてたでしょ?」
思わぬ言葉に何度か忙しない瞬きをして感情を顕にしまう。
気付かねば良いのに、気付く必要は無いのに、こんな時だけ聡とは。
「ね、僕には言えない?頼りない?僕じゃ駄目?ユウ」
「いや、アレン。平気だから」
「…、……」
「アレン?」
「うぅん、ごめんね。無理矢理にごめんなさい」
「アレン…」
膝から降りると膝を抱え、そこに自らの顎を乗せて黙る。
思案する横顔に心配を浮かべて、先程の自分の様に窓の外を見据えた。
「違うんだ、アレン。上手くは言えないが…」
そこで言葉を切ると、アレンとは入れ替わりに景色を眺める。
見詰めて来る視線に気付きながらも気付かないふりをして。
「俺はお前を信じている。でも…、いや………」
「なぁに?言って」
「信じているのにお前を疑う。そして自分の欲を押し付ける…」
「ユウ?」
「独り占めしたくて、嫉妬心からお前を責めるんだ」
「…ユウ」
「お前に他の奴等が好意を、その先に恋慕を寄せるのが許せない」
「…ぅん」
「そして…、その苛立ちをお前に向けてしまう。お前は悪く無いのに」
「ユウ…」
「己の小ささをお前のせいにして。だから…」
「ん?」
「別れよう。お前を自由にする」
瞬間、何が起こったのか判らぬ程にアレンは素早かった。
乾いた皮膚を叩く音が廊下に反響し、遅れた痛みに今更に気付く。
「アレン…」
初め、ほろり、と、一粒零れると、次々と光の粒が連なる。
「アレン」
ぼろぼろと涙を溢れさせながらも、強くつよく意思を表す眼(マナコ)と合う。
「バ神田っ!本当に…本当に馬鹿っ!!馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁ…」
首に縋り、肩に顔を埋(ウズ)めると、小さく嗚咽を漏らす。
「アレン…」
小刻みに揺れる背中に、そぅ、と、躊躇いがちに手を乗せると、ゆっくりと擦る。
何か言わなければ…、そう思うが泣き声があまりにも悲しくて。
泣く顔もその声にも接した事はあるが、今までのそれとは違う。
悲しくてかなしくて堪らない、胸が痛くなるようなその声音が苦しい。
「アレン、…」
かける言葉が見つからない、ただその背中を撫で続けるしか。
泣き続ける声は止む事は無く、術無く側に居るしかない。
こんなにも、こんなにも泣いているのに、側にいて見ているしか。
「ん?アレン?」
「…て……の、…」
「何?もう一度言ってくれ」
耳に届く掠れた声を聞き取ろうと、アレンの顔に頭を傾ける。
「…は、……だ、……を、」
「…アレン。違う、それは違う」
「同、じ……ユウは、…る、んだ」
「アレン…」
「ユ、ウ…は、…捨て、る…だ、僕を」
「違う。お前を傷付けたく無いから。だから自由にするんだ」
「嫌、…ば、かぁ……」
「アレン」
「…嫌、嫌だ、ぁ…、嫌」
「アレン…」
嫌と言う以外は泣き、顔を上げずに震える愛しい想い人。
大事だから、愛しているから、自分の我儘で傷付けたく無いのに。
だからこそ離れようとしたのに、それなのに益々傷付けるとは。
「アレン、ごめんな。泣かないでくれ…」
「嫌、…嫌な、の……」
「アレン…。アレン、俺の顔を見てくれ。アレン、俺に顔を見せて…」
静かに神田は待つ、急かす事無くゆっくりと、背を撫でたままに。
どれくらい時が動いたのかは判らないが、日に陰りが生まれている。
アレンの沈む気持ちに太陽が引き摺られているような錯覚。
そんな中一つ息を吐くと、神田は優しくやさしく話しかける。
「アレン、お前は嫌じゃ無いのか?俺は我が儘だぞ」
声は無いが小さく身じろぐように頷くと、より一層擦り寄る。
「独占欲も嫉妬心も束縛も、お前の全てを欲するぞ」
「ぅん…、」
「自由は無い。俺だけを見て欲しいから、俺だけを…」
「ユウ、…以外、……見な、い……いらな、い……」
「アレン」
「捨てな…い、で、……ユウ、…お願い、」
「アレン、顔を見せて」
「………嫌」
「アレン」
「酷い、顔……し、てる……」
「アレン、お願いだ。アレン…」
ゆくり、と、肩口から顔を外すが、俯いて流れる髪が表情を隠す。
「アレン」
背けるように顔を動かすと、そのままくるりと反転し背を向ける。
立てた膝にうつ伏せてしまうと、見えないように腕で隠す。
「アレン、アレン…」
丸くまるく小さくなる体が、いつもより一層小さく見える。
「………ユウ…、」
「何?」
「馬鹿」
「アレン」
「勝手に、…僕の幸せ、……決めるな」
「…アレン」
「僕が、…いつ言った?……バ神田」
「………」
「別れたいって。嫌だって……いつ、…言った?」
「…。言って、…無い。ごめん」
「馬鹿。馬鹿。馬鹿。ばぁかっ!」
「ごめん、アレン」
そっと、そぅっと、包み込むように後ろから抱きしめる。
壊れ物を扱うかのように、大切で仕方がないという風に。
「アレン、アレン、アレン…」
「許さないから」
「アレン」
「僕から離れるなんて。…許さないんだから」
「ごめん、アレン」
「許さない。…ねぇ、言ってよ。いつもみたいに、言い切ってよ」
「アレン」
「俺様なユウが…、ユウだから好きなんだから」
「アレン。…アレン、」
「早く言って!言え!!」
「アレン、俺だけを見ていろ。俺だけを愛せ」
「うん」
「一生俺の側から離れるな」
「うん、離さないで」
柔らかく花開くように、アレンが腕の中で顔を上げた。
ゆくり、と、振り向いた顔に残されたのは涙の跡だけ。
夕方の最後のオレンジ色の明るさが、その顔を映し出す。
「もう、離さないでね。絶対」
「後悔するなよ?俺だけのアレン」
暗闇に沈み始めた周りとは裏腹に、アレンの笑顔はお日様のようだった。

(終)

**********
【Request:喧嘩をするけど仲直り。より】狩野様へ。
別れさせる気なんて更々ありませんでしたよ!
尻にしかれる旦那風神田が結構好きです。


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