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其々の砌にて
雪。

視線を感じて目線を上げれば、神田ユウと目が合った。
アレン・ウォーカーとは言わず、僕の事をモヤシと呼ぶ。

でも、気付いたんだ。

人と距離を取り近付け無い神田が、個々を認識し、名や渾名で呼ぶのは、それは極々限られた一部の人達だと。
共にそこに属し、同じエクソシストであってもそれは変わらず、ファインダーに至っては道具のような扱いで、配慮の欠片さえも無い事を。
そんな彼が、僕だけは、僕だけをモヤシと呼ぶ。
初めは嫌がらせの為だけの呼び名だった。

でも、今は違う。

僕の名前をきっちりと覚えている事も知っている。
稀にアレンと口にするから。
戦闘の最中(サナカ)、咄嗟に呼ぶ時には、アレンと呼ぶ事に気付いたから。

自惚れてもいいかな?

僕が君を気になるように、君が僕を気にしてるって。
僕、アレン・ウォーカーに、君、神田ユウは、エクソシストやファインダー、この黒の教団に居る他の誰かとは扱いが違うって思ってもいいかな?

僕は、アレン・ウォーカーは、君が気になるんだ、神田ユウ。



「…神田、一緒にどうです?」
受けた視線を外さずに、にこり、と、笑みを浮かべると、立ち上がり神田の前に席を移した。
時間帯が外れているからか、食事時には数百人は入るであろうこの食堂も疎らにしか人が居ない。
「…」
「ね、神田。一緒食べませんか?」
「いらねぇ」
日頃人から話かけられても、無視か舌打ちか、或いは気に障る形で噛み付くかの神田から、ぶっきらぼうではあるが問いの答えが返った。
自身が認めた人達に限り、この程度に話をするのは後に知った物事の一つ。
詰めた席を追われ無いのも目線を合わせたままなのも、嫌われて無いと思ってもいいのかな?
少しずつだけど、でも、誰よりも確実に距離が近くなってると確信してもいいのかな?

「…お前が喰わせてくれるなら」
何を思ったのか気が変わったのか、未だ視線を外さないままにそう言い、気のせいか神田の表情が動いた気がした。
くっ、と、小さく口の端(ハ)で笑ったように思えたが、神田が誘いを断らなかった事が嬉しくて、その思考は弾ける泡のようにすぐに消え失せる。
「じゃあ、何食べます?僕頼んで来ますから!」
「行くぞ」
「え?ちょ…神田っ!」
立ち上がり様に腕を掴まれて、引かれるままに歩き出した。
「ね、神田!僕、ほら…お皿とか、神田!」
「うるせぇ、モヤシ」
前を向き歩いていた神田が、ちら、と、振り向き、言葉を発すると、その流し目に見える形と、その強い視線に魅入られてしまう。
食堂を出る時に料理長からどうしたの?と、声をかけられ、幾人かの好奇の視線を浴びたが、神田は気にするでも無く、強く手首を掴んだままに連れ出したのだ。
神田が人を連れて、しかも、仲が悪い関係に見えている僕を引っ張って歩けば、目立つ事は間違い無いのだが、運が良いのか悪いのか誰にも会わずに教団内を進んで行く。
幾度か話し掛けたり、抗議の声を上げてみたりしたが、神田の完全無視の壁に阻まれ、為す術も無く連れられて歩くのみであった。
部屋を宛がわれている居住区を過ぎ、尚も進む神田に無駄と諦めつつも何度目かの挑戦を試みる。
「ね、神田…」
「喰わせてくれるんだろ?」
「だから、何を…痛っ」
行き着いた先は教団内部の入り組んだ奥の奥、数多くの人は知らず、余程気が向いたりしなければ人が寄り付かないような場所。
教団の建物を支える入り組んだ造りの、窪みのような、そこに在る事等気にも留めないような小さな空間だった。
その突き当たりに、石の壁に向けていきなり押され、思った以上に強くぶつかってしまう。
「ちょっと!何なんですか?」
「喰わせてくれんだろ?」
そう言い放ち目の前に立ち塞がると同時に、僕の顔を挟んで神田の両腕が伸びていた。
壁に手をついたまま、僕を覗き込むように面(オモテ)が近付けられ、数センチ先に、少しでも自分が乗り出せば触れられそうなその位置に、思わず顔を背けてしまう。
「なぁ、お前が喰わせてくれるんだろ?」
「…だか、ら…何、を……」
顎を掴まれ、強引に視線を合わせて来る瞳に、自分の顔が映る事で距離の無さを再認識させられ、頬の熱りが自分でもよく解った。
「お前、俺が好きなんだろ?だったら喰ってやるよ」
「か、ん…だ…?」
「喰わせろよ。お前を俺に喰わせろ」
意味が判らずに言われた言葉を反芻し、先程の台詞とを照らし合わせ、理解しようと考えを巡らせる。
「僕、が…喰わせ……る?」
「言ったよな?お前が喰わせてくれるなら、と」
一瞬引っ掛かった神田の笑みの本来の意味を了承し、彼の言わんとする事と、僕の気持ちを知っていた事に、驚きと羞恥と、言い訳も言い逃れも出来ぬこの現状と雰囲気に呼吸が苦しくなる。
「喰わせろよ、アレン」
ごくり、と、喉が鳴り、額に汗が滲むのが感じられ、思わず後退(ジサ)ろうとするが、壁が動く筈も無くなる筈も無く、神田から逃れる術が見つから無い。
押し退ける事も、下がる事もならず、只、見詰められ、寄せられる距離のままに動く事が出来ずに居た。
「なぁ、アレン。喰わせてくれるんだろ?」
「…か、ん…だ、あの……」
「喰わせろよ」


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