【切手のない封書】
手紙
早朝、自宅のマンションのポストに切手無しで投函されていた封書。
その封筒の表書きを見て、俺はソレをコートのポケットにしまい込む。
『葛城 義経 様』
クセのある肉筆で書かれた、俺の名前。
ハナから中を見るつもりはないが…表書きだけで俺の心を微かに刺激してくるのは、流石、とでも言っておこうか。
六本木に、新しいホストクラブがオープンしたと業界仲間から聞いたのは、随分前のこと。
そして、その店の統括をするのが…あの人だと言う話も、その噂と共に乗って俺の耳へと届いていた。
業界で、俺があの人と親しくしていた事を知る人は今はもう少なくなった。
だからこうして、自然と俺の耳にあの人の噂が入ってくる。
確か…今月末、赤坂で彼の業績を称えるパーティーがあると誰かが言っていた。
きっと、その招待状だろう。
都内に五万とあるホストクラブ。
その中で、名だたる店を統括するオーナー諸氏に送られているであろうこの封書。
何通も製作され、送られた筈のこの書状に特別扱いなど、無いのだ。
けれど、郵送日付の捺印されたスタンプの無い、この封書の意味。
この意味は…他の奴らにはわからないだろう。
『尚木(ヒサギ)』
封書の表面の片隅に、小さく添えられた文字。
この書状に特別扱いなんて…無いんだ。
「…くだらない…」
部屋の鍵を開け、封書をしまったコートをそのまま玄関先のコートかけに無造作にひっかけながら、無意識に俺は呟いていた。
【切手のない封書】
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