【切手のない封書】
選択肢



高校2年の夏休みに、中学時代からの付き合いがある先輩に誘われて始めたホストクラブでのバイト。

店に来るお客って言うのは、なんだかんだ言って結局…顔でホストを選ぶ。


会社帰りや暇な時間に、金を払ってまで隣に座らせる奴の選択条件に順番をつけるとしたら…

顔>会話>性格

って感じなんだと思う。


お陰様というのもおかしいけれど、綺麗だの可愛いだのと初見で言われるそれなりの容姿の俺は、短期間のうちに複数客から指名を得るようになっていた。

指名が増えれば、俺のランクは上がる。
テストで良い点を取れば、学年順位が上がる。

要は、相手に気に入られればいい。
相手にとっての イイ子 でいればいい。
俺にとって、ソレはとても簡単なこと。


立てるべき相手は、見失わない。
そういうことが出来ないくせに、扱いを妬むような奴には、それを捩じ伏せる強さを見せつけてやればいい。


店に、週に一度か二度しか顔を見せないくせに、出てくると客を攫っていく俺は…そんな妬み屋の標的に、好都合。


そんなこと、俺も…そして、オーナーであるモモさんもじゅうぶんわかっている。


わかっているのに、モモさんは敢えて俺を傍に置く。
嫌な大人だと思った。
高校生のガキを、年上の中にポンと放りこんだ張本人なのに、助けてはくれない。


夏休み期間を終えた今、週末の出勤前に俺がモモさんの家から来ていることを、このホストクラブに勤める連中は皆知っている。
俺もモモさんも言った覚えは無い、が…いつしかその話はこの店に広まっていた。



そして、時を置かずに…

『新宿○丁目のホストクラブオーナー、ヒサギが、久しぶりに可愛がっている奴が居る』

そんな噂が、あっという間に夜の街に広がっている事を知る。



この不透明な街で、面白いほどにそれはクリアに浸透していった情報。
週末の夜、店への道を歩く俺は、今までに体感したことのないヒトの視線を密に感じていた。

けれど、そのヒトの密な視線は…俺を動揺させるけれど、安心もさせる。


…俺は、一人じゃない。


誰かの意識が自分に向けられているのを感じるのは、家で家族といるのに一人だと感じるよりもずっとずっと、心地良かった。



「…なぁ、ヨシツネ」

「何ですか、モモさん」


開店前のホストクラブ。
カウンターで何かの資料を眺めるモモさんが、後ろを通り過ぎようとした俺を呼び止める。


「お前、知ってるか?今、お前が…何て噂されているか」

「…噂?あぁ、あの、ヒサギが可愛がっている奴が居るって話のこと?」


俺は、耳にしていた話を、少し呆れたような顔をして振る。
そんな俺を彼は愉快そうに両目を細めて柔和に笑み、見つめ返してきた。


「…違うよ、お前が……」


口を開いた彼の手が、資料から離れて腰に伸ばされる。
そして、周囲の人間にわざと気付かせるように…急に腕で身体を引き寄せられた。


「…わっ!!ちょっと、何すッ…」

「お前が…俺の恋人なんじゃないか、って言われているらしい。どうしてだろうな…」


腰を腕でホールドされた状態で、耳元に顔を寄せられ吹き込まれる。
何時だったかもされた行為に、一瞬、身体がざわめいて目を閉ざした。


「…ッツ…誰が、そんなこと…」

「さぁ?知らない。でも、面白いと思わないか?」

「面白くないですよ…」

「…なぁ、ヨシツネ」

「なんですか?モモさん」


「俺の背中に、爪を立ててみる気は…ない?」



腰を抱かれたまま、耳に続けざま吹き込まれた言葉。



不躾な視線も、真偽の解からない噂も、俺はさして気にはならないし不安も感じない。

けれど、この人の掴みどころのない存在と思考は、俺を弄ぶように揺さぶってくる。





俺は、



少しずつ

少しずつ





自分の中に、あの人を感じ始めているみたいで…






その感覚に、モモさんの前で顔を顰めた。












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