【切手のない封書】
モモさん
夏休み明け、週末の金曜日は学校からモモさんの家へ向かう。
夏休みが終わってもバイトを続けると彼に伝えた時、金曜の放課後…出勤前は店へ向かう前に家へ着替えに来いと約束をさせられた。
高校の制服を着た奴が店の扉を潜るのは、いくら年齢なんて有って無いような夜の街と言えど人目を憚るんだろう。
素直に従う事にした。
新宿区内にあるマンションのエントランス。
インターフォンを鳴らすと、彼は金曜日はいつも家に居て、
『お帰り』
声が、微笑ってのをしてんじゃないかと思うような柔らかい声がして自動ドアが開く。
俺を部屋へ招くソレは、ちょっとくすぐったい。
高層階へ繋がるエレベーターに乗り、降りたフロアで
『尚木(ヒサギ)』
と、プレートに書かれた部屋の前で再びインターフォンを鳴らす。
−…ピンポーン…
モモさんは、いつも笑顔で俺を迎えた。
その顔は、店での笑顔とは違う、柔らかな表情。
この男にはこんな顔もあるのか、と初めてここに来た時に驚いた。
そして、そんな笑顔で家に迎えられるという経験を今までしたことが無かった俺は…それがなんだか新鮮で、ほんの少しだけモモさんの家に行くのが待ち遠しかった。
「なぁ、その制服…」
「ん?何ですか??」
広いリビング。
ソファに座り、用意されているスーツに着替える俺を眺めていたモモさんが、後ろから話しかけてきた。
ここへ通うようになって、数週間経ったある日のこと。
制服、と指差されて床に脱いだままになっているモノを見る。
俺の学校は、都内じゃちょっと有名な出来のイイ奴が通う…所謂、お坊ちゃん校だ。
「頭、イイんだ?」
「うん。羨ましい?」
「あぁ、羨ましいね」
「…冗談、大した学校じゃないのに」
「なんで。羨ましいよ?お前の頭とルックスと…その、身体とか…」
声が、だんだんと近くなる。
不意に後ろから抱きしめられた。
「わ…。…モモ…さん?…」
突然の出来事だったけれど、不思議と、嫌悪感とか驚きとか…そう言うのは無かった。
「…なぁ、ヨシツネ、セックスは?…」
「…?…するよ…女の子と」
「…男は?」
「ない。…モモさん、そっちのヒトなの?」
「そっちとかこっちとか…どうでも良くない?気に入った奴と、ヤってみたい…男ってそういうもんだろ」
「…そうかな」
「そういうのも、ある、だろ?」
「…最初から、ソレ目的?」
「ははっ!自惚れるな。お前にただ反応したんだ…」
「反応…?」
「お前の、素質みたいなモノにね…」
「…素質…に反応して、ヤりたくなるの?…変なの…ン…」
耳元で囁かれる呼気に、ゾクリとして肩を竦める。
「…服、着るんで離れてくれません?」
「着ちゃうの?」
「…だって、店…ッ…」
俺を抱きしめるモモさんが、耳朶を唇で食んだ。
生温かくて柔らかい、濡れた感覚に背筋にざわめきが走る。
この感覚を、俺は知っている。
セックスん時の疼きに似てる…。
「夜から行けばいい…」
「…もう、夜じゃん…」
「冗談。夜はこれから…だろ?」
モモさんの手が、裸の上半身を這う。
首下に宛がわれたもう片方の手が競り上がり、首根を絞めるように添わされて、窮屈さに頭を振ったところで彼が耳元で微かに笑った。
「…ごーかく、だ…」
…ごーかく?
モモさんと出会って、約一ヶ月…。
俺は、この日、予期せぬ出来事でバイトに遅刻した。
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