HHV!!2
(チェスニ)






日が暮れ、夜になるまで街の中を一人、ブラブラしていた。
あの二人に見つからないよう動くのは意外と神経をつかうもので、心身ともに疲れきってしまった。
こんなときには甘いもの…と思ったが、俺は未だチョコレートには手をつけていなかった。
たとえ義理なんだとしても、ここはやっぱり本命から受け取ったものを一番に食べたいからである。
しかし、俺の本命…ニトはしばらくドープルーンにいるらしいので、会うことすらできないでいた。
良い事と悪い事は常にセットでやってくる。
まさにその通りだった。

はぁ、と盛大な溜め息をつきつつ、家へ帰るべく広場を横切ろうとしたそのとき、ふいに名前を呼ばれた気がした。


「チェスター」


いや、呼ばれた。
聞き覚えのある声に、幻聴だと思いつつも広場内を見回すと。


「こんばんは」


いるはずのないその姿が、にっこりと微笑みながら、ベンチに腰掛けていた。


「に、ニトぉ!?」


あまりに突然なことに、目を丸くし固まってしまった俺は、すごく間抜けだったに違いない。
何故どうして、と声を出すことすらできない。
俺を見て、ニトはふふっと笑うと、ゆっくり立ち上がり俺の目の前まで、やはりゆっくりと歩いてきた。


「さっきこっちに着いたところなの。
…ただいま」
「お、おかえり…?」


夢か現か…いや、妄想ならかなりイタイ。
そう思い、確かめるべくそっとニトの頬に触れてみた。
…あったかかった。
現実であったことに喜びを感じ、くすぐったそうに笑うニトの額にそっとキスをする。
そして今一度、とびきりの笑顔で…


「おかえり」


一番星がキラリと輝いた。








さて、まだ話は終わっていない。
そう、今日はバレンタインデー。
世の女性が心をピンクに染め、意中の男に一世一代の大告白をする日である(大袈裟)。
男も内心ドッキドキの恋愛大イベントだったりする。
ポーカーフェイスを気取っている男なんて、ただのカッコつけ。
俺は直球勝負に出た。


「なぁ、バレンタインデーって知ってるか?」
「ばれ…?」


(直球か?という質問はさておき)期待していた気持ちが一気に崩れ去った。
そうだ、ニトは常識こそはあるものの、この世に生を受けて間もない赤子同然なのだ。
イベントなど知るよしもなかった。

「やっぱなんでもない…」と見るからにしょげている俺に気づいているのかいないのか。


「あ、そういえば渡したいものがあるの」


そう言うと、足取りが重い俺を半ば引きずるように、ニトは泊まっている宿へと歩みを進めた。








小さなデスクに小さな窓。
シングルベッドの側にはひかえめなスツールが置かれてあるだけのシンプルな部屋。
客人用の椅子などあるわけもなく、俺は当然のようにベッドに腰を下ろした。


「飲み物持ってくるから、待ってて」


パタンと閉じられた扉を眺めながら、本日二度目の溜め息。
今年のバレンタインチョコは三つ。
内二つはあってないものに等しい。
一番貰いたかった人は知りもしないなんて。
チョコレート業界の陰謀だったとしても…天は俺が嫌いなのか!!

いつまでもうだうだ悩んでいる間に、ニトはカップ二つを持って俺の隣に座っていた。
うなだれている俺に触れることなく、ただ俺が顔を上げるのをじっと待っていた。
数秒の後、沈黙に耐え切られなくなったのは俺の方で、話しかけてくれるのを待っていたのだが、とうとう顔を上げた。


「はい、どうぞ」


途端に差し出されるあたたかいカップ。
白い湯気をシルクのように揺らしながら、同時にかおりも運んでくる。
甘くて、ほろ苦い、この香り。
カップの中では、ミルク混じりのやわらかなブラウンが渦を巻いていた。
これはもしかして…。
そう思い、ニトの方をバッと見ると、紅をさしたように頬を染め、はにかんだ表情をしていた。


「バレンタイン…私の気持ち、ね」
「ニト…!」


感動のあまり、心の中で号泣した。




聞くところによると、つい先日、ドープルーンで街の女性たちがはしゃいでいることに気づき、ルーティとナナリーに尋ねたらしい。
そこで今日の存在を知り、急遽アイリリーまで帰ってきた。
「またすぐ行かなきゃいけないのだけどね」とは言っていたが、そんなこと今はいい。
俺のためだけに、わざわざ長い旅路をこうしてやって来てくれただけで幸せを感じられた。

少量のブランデーが入ったホットチョコは、疲れきった身体にじん、としみ込み、心からポカポカあたたかくしてくれた。

こんな甘い空気が漂っていてもニトはニトらしく「チョコレートの主成分であるカカオマスには抗酸化作用のあるカカオポリフェノールやリラックス効果、集中力を促進するデオブロミン、それに…」と、街のおばちゃんもしくは雑学王から聞いたであろう知識を永遠と話してくれていた。

へぇ、と流すわけでもないが、しっかり聞いてもいないとき、突然ニトが声を上げた。


「ど、どうした!?」
「ごめんなさい…!甘いものの摂りすぎは身体を冷やすのに、よりによって夜に飲ませちゃうなんて…」


オロオロしだしたニトに、思わず笑ってしまった。


「"摂りすぎは"だろ?これ一つなら過剰摂取になんねぇよ」


そんな俺の言葉に、ニトは疑問符を頭につけた。


「でも他の人から貰ったでしょ?」


小首を傾げつつそんなことを言うものだからついつい愛しく思い、カップをスツールに置くと、ニトの頭をやさしく撫でながらすっと目を細めた。


「口に入れて、じっくり味わったのはお前のだけだよ」


そのまま互いの額をコツンと合わせ、とびっきり甘い声で言ってやる。


「それに、冷えたらお前があっためてくれるんだろ?」


そして鼻先にキス。
自分でも驚くくらい甘すぎる行為はブランデーの所為にしておこう。
桜色だったニトの頬は一瞬のうちに真っ赤に変わり、耳まで熱そうだった。
ふいに、口を開いたまま震えるニトの唇が、一つの言葉を形作った。


「だ…」
「だ?」

「だ、だめだめだめ〜〜!!」


そして勢いよくベッドの隅まで移動した。
口を開きっぱなしにするのは俺の番。
思い切り拒否されたことより、その素早い動きが気になって仕方なかった。

まだ顔を朱に染めたまま、俯き加減のニトがポツポツと"だめ"な理由を口にする。


「バレンタイン、は…女の子から。告白する日、でしょ…?」
「まぁ、そうだな」
「だから、あなたから言っちゃ…だめ、なの」
「そっか…」


そこまで言うとニトはゆっくりと元の位置まで戻り、カップをコト、と置いておずおずと視線を俺の方へ向けてきた。


「チェスター…」



「私は…このあたたかな香りのように、あなたの中でずっと残っていられるような存在でありたい……です」


チョコレートより数段甘さを含んだ声が、音となって俺の鼓膜に届く。
同時にきゅっと握られた手に感じる熱に、頭がクラクラした。
最高の殺し文句だ。
たまらず俺は目の前の愛しい存在を腕の中に包み込み、力一杯、離れないよう抱きしめた。


「チェスタ…、くるし…」


そう言いつつも、俺の背へと回してくる腕に至福を感じる。


「お前がホットチョコの香りなら、俺はそれを一滴も飲みやしねぇ。
ずっと、お前を感じていたいからな」
「また言われちゃったわね…」


くすくす、と心地よい振動が身体を通して伝わる。
甘いだけではなく、ほろ苦い香りもあるからチョコレートには飽きがこないのだろう。
俺だって、ニトの中でのそんな存在でありたいと心から思った。








あまい あまい ひとときを おまえと ずっと いっしょに。




Happy Happy Valentine!!






fin...




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