触れた黒い光
(ウィダカイ)
「見えぬ白い鎖」つづき
‐‐‐
「…、カイっ!」
ガヴァダ、昼過ぎ。
肌寒い広場に、ボクの名を呼ぶ低音が響いた。
全身真っ黒の、武装した男。
ユージーンである。
「なに…?」
噴水の縁に腰掛けて、空を仰いではいるが瞼は閉じたままのボクは、姿勢を変えることもせず、声だけで反応を示した。
ユージーンは、そんなボクに呆れたのか一つだけ溜め息をついて、此処へ来た理由を話し始めた。
「カイ…何故未だこの街にいる。今はドープルーンがお前を必要としているのではないのか?それに、モルモが言っていたぞ。このところお前がおかしい、とな。
どうしたのだ。俺では力になれんことか?」
モルモにはドープルーンへセネルと行ってもらった。
ボクの急な頼みに、モルモが心配してユージーンに相談したようだ。本来ならばディセンダーであるボクが行くべきなのに、こんなことをしているから。
でも向こうにはシンがいるし、大丈夫だよ。
それに、ボクには此処でやらなくちゃいけないことができたのだから。
喋る気配もなく動かないボクに痺れを切らしたのだろう。ユージーンが乱暴に頭を掻き、その大きな口を開いた。
「俺たちは心配しているのだぞ。黙ったままでは何もわからんだろう」
「言いたいことなんて何もない。だから、一人にさせて」
彼には悪いけど、今は誰ともいたくない。
口を開きっ放しのユージーンをそのままに、ボクはその場を離れた。
街の隅っこの、ボクが気に入っている人気のない場所。
無造作に生えている草たちを除けて座り込む。そのまま膝を抱え込んで頭を伏せた。
テレジア。
世界樹。
ドープルーン。
カノンノ。
問題は山のようにある。
でも今はそんなことより、あいつだ。
――ウィダーシン。
あいつはあの時、『お前なりに答えを導き出してみろ』と言った。でもあの行為の答えなんて、一つしかない。それしか思い当たらない。そんなことあり得ないと思うが、他に答えなんてない。少なくとも、ボクはそれ以外聞いたことがない。
「導き出せって…」
ひらり。
風にのって、一枚の葉が足下へたどり着いた。
ボクはやわらかな日射しのなか、じっと様々な方向へと考えを巡らせる。しかし、知らない内に意識は夢の世界へと脚を進めてしまっていた。
重い瞼を持ち上げたのは、辺りが薄暗くなった時刻。あれから数時間、一度も目を覚ますことなく熟睡してしまっていた。
無理もない。ここのところ、ずっと悩んでいたからろくに寝ていなかったのだ。
これも全部、あいつの所為だ。
「熱、冷めちゃうよ…」
ポツリ。
無意識に零れた呟きは静かな空間に溶け込み、やがて風とともに遠くへ流れていった。
このままあいつに踊らされていていいのか。
闇に負けそうになる自身を必死につなぎ止め、本来の目的を頭の中で数回繰り返す。
ボクはディセンダーなんだ。
ボクがテレジアを守るんだ。
ボクが……
「答えは見つかったか」
全身の血が一気に抜けたように、ゾッと寒気を感じた。
カサリ。
背後から近づいてくる男の気配。
つなぎ止めたはずの気持ちが、再び揺らぎ始めた。
鼓動が速い。
カサリ。
カサリ。
振り返ることも出来ず、男の脚が止まるのをじっと待っていた。
無意識に握り込んだ手の平に、じわりと汗が滲む。
カサリ。
草を踏む音が止んだと同時に、フワリ、と空気の波が髪に触れた。
やつがしゃがみ込んだのだ。
「カイ」
心の底に深く響くようなその音色に、胸を締め付けられる思いがした。
今、ボクの真後ろにやつがいる。
忌むべき存在。
世界の、敵。
ビクリと震えたボクの肩に触れ、こちらを向くよう促す大きな手。
そろり。
促されるままに振り向く。
そして目線を、下からゆっくり、やつの顔、眼まで持っていく。
以前と変わらない紅が、ボクを見つめていた。
「カイ」
再び名前を呼ばれた。
今まで聞いたことのない、やわらかな声だった。
fin...
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