時を止める魔法のスープ
(格闘家ニトメン+モルモ)
テレジアの世界樹が生み出した守り人≪ディセンダー≫であるニト率いるお馴染みのメンバーは、ドープルーンからガヴァダへと続く道で野営の準備をしていた。
少々ガヴァダ寄りにいるものの、夜でも冷えることがなく魔物も少ないこの地は、キャンプをするには絶好の土地であった(このご時世、そんな事をする者はいないが)。
「ほらほらアンタたち、さっさとやらないと日が暮れちゃうわよ!」
その場を指揮しているのは、パーティーの年長者ルーティ。
彼女の視線の先には、簡易テントを建てている二人の青年がいた。
「はいはーい。今やってますよー…」
「あー、なんだよこのホック!ったくやり辛ぇなぁ…」
本格的なものとは異なり、骨が付属されていないので持ち運びはしやすいが、いざ建てるとなると骨が折れる品物だった。
身近にあるものを利用しなければならないので、少々面倒なのである。
そのことに文句を垂らしつつ、力仕事担当の男二人、ロイドとチェスターは少しずつ形を作っていく。
「てか、姉さんはさっきからなにやってんだ?」
自分たちは動き回って頭を使い大変な目をしているというのに、一人座っているルーティに疑問を抱いたのはロイド。
「溜まりに溜まったアイテムの整理よ。やっておかなきゃ後々面倒だからねー」
そう言い、鉄鉱石を右に、ポークを左へと置いた。
「ほらロイド、そこ引っ張れ」
「ここ?」
「ば、違ぇよ!って、あぁ!!」
ロイドが布を引いた途端、テントが音をたてて崩れる。
それを見ていたルーティは「呆れた…」と溜め息を吐いた。
「バカロイド!また最初からやり直しじゃねぇか!!」
「うっ…悪かったって…」
「謝るくらいなら集中しておけってんだ!」
「だから悪かったって言ってるだろ!」
なかなか上手くいかない苛立ちから、些細なことで喧嘩になる。
テントを張ることそっちのけで、こどものような言い争いをはじめていた。
「夕食できたわよ…って、あら?」
そんな状態の場面へ現れたのは、熱々の鍋を持った、パーティーのリーダーであるニト。
数十分前に見た姿と変わらないテントと、一人黙々と作業を続けるルーティ。そして罵り合うロイドとチェスター。
大方状況を飲み込めたニトは適当な場所へ鍋を置くと、青年たちのもとへと足を進めた。
「あ、ニト!ロイドの馬鹿の所為で、まだテント建てられてねぇんだ。わりぃ」
「何回も謝っただろ!ネチネチネチネチお前はアメーバか!」
「それはてめぇだろ!この単細胞!」
「なんだと!!」
「はいストップ!」
このままだと一生言い合いかねない二人を、ニトは声を張り上げて制する。
さすがに驚いた二人も、思わず口を閉ざす。
「テントは後からみんなで建てましょう。それより、夕食、あたたかいうちにいただきましょうよ。ね?」
そして、にこり。
頭に血が上っていた二人は、我を取り戻すと互いに小さく謝り、ニトのあとへついて行った。
「うーん。やっぱニトは強いねぇ」
「そうね。口であの馬鹿二人を黙らせるなんて。
私なら手が出ちゃうわよ」
「そこがルーティとニトの決定的な差だよね」
ジロリとルーティが睨むと、モルモは逃げるようにしてニトのもとへと飛んで行った。
「さて、私もいただこうかしら」
一段落ついた荷物を纏め、腰を上げる。
芳ばしいパンと美味しそうな料理の匂いが辺りに漂い、無意識の内に笑顔になっていた。
「はい、じゃあいただきましょう」
「わーい!いっただきまーすっ」
明るい声とともに一番に料理を口にしたモルモ。次いでルーティにニト。
「…あら。どうしたのよ、アンタたち」
スープの入った皿を見つめたまま動かない男二人。
パンをちぎろうと手にしていたルーティが怪しいとばかりに尋ねる。
ロイドにいたっては汗までかいていた。
「もしかして、嫌いだった?ミネストローネ」
「い、いや…これは別に嫌いじゃねぇ…」
「それじゃあ…」
「あ、何か苦手なものが入っているんでしょ」
ぎくりと肩を強ばらせるチェスター。
そのわかりやすい反応に、ルーティは笑みを深めた。
「せーっかくニトが作ってくれたのに、ニトの手料理なのに。食べないんだぁ…」
ニトの、を強調して言うと、益々縮こまり、すまないとばかりにうなだれた。
「それさえ入ってなきゃ食えるんだが…」
「あ、ごめんなさい…。事前に聞いておくべきだったわね…」
「いや、俺が悪いんだから、お前は謝んなって」
「でも…」
「残さず食うから、そんな暗い表情すんなよ…」
脂汗をかきつつあるロイドを置いて、二人の世界へと入っていくチェスターとニト。
心なしか、花が二人を囲っているように見えた。
そんな光景を目の前に食事をするなんてたまったものじゃない。
ルーティは咳払いで二人を制した。
二人の間にいたモルモはそんなことすら気にせず、もぐもぐと小さな口を動かしていた。
「それで、アンタは何が苦手なのよ」
その問いにチェスターは小さく唸ると、居心地悪そうに口を開いた。
しかし小声で。
「たま…タマネギ…っ」
「たまたまねぎってなによ。気持ち悪いわね」
「タマネギだ!!」
「あら…」
ルーティのボケを素直に返すあたり、平常でないとわかった。
苦手なものを大声で告白したことに恥を感じたチェスターは、顔を真っ赤に染め、溜め息とともにスープ皿を覗き込んだ。
「(こンの忌々しいタマネギ野郎…。
俺とニトの間を荒らすんじゃねぇよ)」
チェスターは形の見えないタマネギに、もはやわけがわからない状態にまで追い込まれていた。
変わってロイドを見やったルーティ。
脂汗云々以前に、顔が真っ青になり、若干萎れていた。
なにが彼をここまで変貌させるのか。
ルーティは興味10割でロイドの肩を突いた。
「アンタは…」
「トマト…っ」
震える口から瞬時に零れた、全ての原因であろう、それ。
ミネストローネが赤色なスープである理由の食材であった。
こりゃあ重症だ。
震える二人を酷に思ったニトは、皿を置いて立ち上がった。
「別の料理、作るわね。少し待ってて」
その表情がわずかに雲っていたことに、チェスターが気づく。
――ニトのことだから、全部自分が悪いと思い込んでいるに違いねぇ。
ミネストローネが俺ら共通の、苦手(食材が入った)料理だなんて思うはずもねぇのに…。
「…っニト!」
鍋の中身をほぼモルモの皿に移し終え、調理場へ向かおうとしていたニトをチェスターが引き止める。
その手には、皿とスプーンがしっかりと握られていた。
「チェスター…?」
「残さず食うって、言ったろ…?」
変な汗ダラダラだったが、見上げた根性だ。
ルーティは感心したと拍手を贈っていた。
「俺の生き様を見てくれー!!」
「チェスター!?」
言うと同時に、ガッツリ一口、数々の野菜たちを頬張った。
もしゃりもしゃり。
ごっくん。
「……あれ…うまい…」
あまりに予想外の出来事に、ニト、ルーティはもちろんチェスターまでもきょとんとしていた。
今まではにおいすらアウトだったタマネギを、飲み込むことまで出来た。
これはニトの料理センスのおかげ?それとも自分自身が成長をした?
どっちにしろ、喜ばしいことには変わりない。
歓喜に震えるチェスターは、皿を置くと勢いよくニトを抱きしめた。
「ニト!俺、奴に勝った!」
「チェスター!本当に、おめでとう!」
ラララ〜♪
完全に二人の世界へ突入したバカップルを目の前に、ルーティはさっさとミネストローネを平らげた。
「これもニトのおかげだ。さんきっぶはあああ!!」
「っチェスター!!?」
突然がくりと倒れたチェスターに、無視を決め込むつもりだったルーティも反応せざるを得なかった。
ニトに至っては、涙目でチェスターの頬をぺちぺち叩いていた。
チェスターは、瀕死状態に近かった。
「チェスター!一体どうしたの…っ」
鼻を啜り、祈るようにしてその肩を揺する。
すると、願いが届いたのか、わずかばかり青が姿を現した。
「チェスター!」
「時間、差…タマ……ギ」
がくり。ちーん。
「チェスター!!」
うわああん。
御陀仏となったチェスターの胸でわんわん泣くニト。
最期の言葉が「時間差タマネギ」だなんて、悲惨すぎる。
既に忘れ去られ半分くらいに萎れているロイド、
大量のミネストローネを処理させられ丸く膨れたモルモ、
タマネギに敗北したチェスター、
自分を恨み始めたニト。
そんな彼らを放置して、ルーティはアイテム整理を再開することにした。
だって元に戻すの面倒くさい。
平常になるまで、彼らはミネストローネに苦しめられ続けていたとさ。
ミネストfin...
‐‐‐‐‐
ミネストローネ、私は大好物です(←
そしてロイド、ごめんね。
back←→next
[戻る]
無料HPエムペ!