ゆめとねがう
(リオシン)




僕は小鳥のさえずりを目覚ましに、いつも決まった時間にベッドから出る。

静かな空、澄んだ空気、心地よい日射し。


すべてが、現―うつつ―であればよかったのに。










「リオン!ほら、起きて!」



朝から騒々しい。

だが、嫌ではない声。



引っ張られる毛布が名残惜しく、負けじと引き返す。
しかし覚醒しきっていない僕が勝てるはずもなく、温もりはすべて奪われてしまった。



「またねぼすけさん?ごはん、できてるよ」


いつも崩れることのない、真っ白な笑顔。
その眩しすぎる表情に魅せられ、僕も思わず頬が緩んでしまった。

そんなことも日常。

蒼いやわらかな髪を揺らし、毛布を乱雑にベッドに返すと、ふわり。



「おはよう、リオン」

「おはよう、…シン」




すべて、僕の日常だった。






そんなこと、あるわけないだろ。

僕の毎朝は一人から始まる。
誰かがいるなんてこと、あり得などしない。

これは、夢を見ているのだ。

シン、は…世界樹へ還ってしまったのだから。


シンはもう…この世にいないのだから。






「リオン、まだ寝ぼけてるの?」

「うるさい。朝くらい静かにさせてくれ」



軽い笑い声をたてて、僕の手を引く。
憎まれ口を叩きながらも、僕はまんざらでもない表情。


ベッドから降り、パジャマ姿のままリビングへ。

温かい手のシンはとても楽しげに、親を呼ぶ子のように、僕をテーブルの前まで引っ張ってきた。


「今日はね、新しいメニューに挑戦してみたんだ」


言われるがままに見ると、シン手製の白いテーブルクロスの上にスープ、バゲット、サラダ、デザートが並べられていた。
普段と変わらない配置に内容だが、スープは野菜のポタージュ、サラダは生野菜中心、デザートはヨーグルト仕立てとなっている。
いつもより、若干野菜が多めになっていた。
そこが“新しい”部分なのだろう。

僕は苦手なものを視界に入れることなく、椅子に腰を下ろす。
僕の前の席に着いたシンは「食べてみて」と目で言う。
そんなことなどやらなくても、何をしたいのか、何を望んでいるのかは分かりきっている。

何度同じ朝を迎えたと思っているんだ。


ポタージュをスプーンですくい、一口。
まろやかな口当たりと、ほのかに甘いかおり。
まさに朝食という味だった。


「美味い、ぞ」


素直に言ってやると、シンは安堵の胸を撫で下ろした。そうして、自分も手をつける。
ゆっくりとした動作で一口含むと、とろけるような笑顔で、ふふっと笑った。


「これね、根菜のポタージュなんだ。ちょっと手間かかるんだけど、身体にいいから、」

どうしてもリオンに食べてもらいたくて。


シンが僕を思う気持ちは、とうに理解している。
僕だって同じ気持ちなのだから、健康でいてほしいというのはあたりまえの思いだ。
そんなあたりまえのことを、あたりまえに言われた僕は、不覚にも少し照れてしまった。


他愛ない話に花を咲かせ、時間をかけて朝食を済ます。

これも日常。
あの日から、毎日繰り返していることだ。




――あの日?
脅威から世界を守った日のことだ。

――なにを?
共に朝を迎えること。

――誰、と?
もちろん、シンと。






何を言っている。
シンはもうこの世にいないんだ。

あの日、双子の弟を守るようにして世界樹へと還った。
暗いあの世界をやわらかな光で照らし、死の間際まで追いやられていたこの世界を再生へと導いた。

…認めたくはないが、僕自身この目で見ていた事実なのだから。


これは、夢だ。

望みすぎたあまり、ぬくもりを感じるまでに達した、リアルな夢。

シンのぬくもりは、この手の中になど…


「ね、リオン…」



不意に名を呼ばれ、読んでいた本から目を離すと、窓の外には闇。
いつの間にか夜を迎えていた。

一日中ソファーに座っていたようだ。
少し前に入れてもらっていたココアは、口にすることなく冷めきっていた。


本をぱたりと閉じ、隣に座っているシンを見る。
シンはそろそろと手を伸ばすと、僕の片手を握った。

僕とは対称に、あたたかい。

芯から温まっていくのを感じた。


――それでも、これは夢なんだ。


「リオン…」
――シンは、


「僕…」
――還ってしまったのだから




「どうした?」


なにかに怯えているのか。
今にも泣いてしまいそうなほど不安定な表情で、手を握る力を強めた。

そんなシンを安心させてやろうと、空いているもう片方の手でそのふわりとした髪を梳く。

自然と向かい合う形となり、視線を合わせる。

ゆっくりと頭を撫でてやると、手の力を弱めたシンは目を閉じ、深呼吸をした。
そして、再度目を開く。
そこからは不安の色が消え、いつものシンに戻ったのだと理解できた。



「ねぇ、リオン」


笑顔を封じ、まっすぐな目で。
翡翠色の瞳が、僕を射ぬく。




「僕、リオンのこと…すき、だよ」


いやだ、笑ってくれ。




「同じ気持ちなんだって、信じてる」


いつもの、今までのように…




「ずっと、ずっと…」


僕の、頼みだぞ




「だから―――」








「僕のこと、忘れないで」












僕は小鳥のさえずりを目覚ましに、いつも決まった時間にベッドから出る。

静かな空、澄んだ空気、心地よい日射し。


一人で朝を迎え、誰に呼ばれることもなく、きっちり着替えてリビングへ向かう。

これが日常。




やはり夢…だった。


わかっていた。
シンはいないのだし、共に朝を迎えたこともない。
スープだってデザートだって、新メニューだと言って食べたこともない。

すべて、夢。



しかし、あのぬくもり、手のあたたかさだけははっきりと思い出せる。
内からじんわりと温めてくれた、シンの手。


僕は、夢の中でシンに握られた方の手を見つめ、もう片方の手でそっと触れた。

わずかにあたたかかった。




ふと、あついものが頬を伝うのが感じられた。






会ってしまったことでさえ、夢であればよかったのに―――








あの日から、二年目の朝だった。








fin...






‐‐‐‐‐
ED(連載話アシメトリー)から二年後のリオ→シン。
不思議な話。

いつか幸せにしてあげたいです。



(真面目なリオシンは初、です…/汗)


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