Abies firma
(カイ+スタン)




白い息を吐き、空を見上げる。

闇から降りてくるのは、まぶしいまでの白だった。






Abies firma






カイは歩いていた。
静まりかえったドープルーンの街を。

パーティーをこっそり抜け出し、当てもなくただ一人、何処へ向かうわけもなく歩いていた。


立ち止まり、ふと空を見上げると、ちらちらと降りてくる雪。
他には黒い空のみ。

闇から自らを主張している雪に己の存在を重ねたカイは、自嘲的な笑みを浮かべた。


「馬鹿らし…」


そう呟くと、再び歩き出す。
闇に入り込むかのように。








それからしばらくした後、広場の片隅にカイは座っていた。
冷たくなった身体をそのままに、ただ空を見上げている。

その横顔は、普段の彼からは想像もつかないほど、物悲しげであった。


見上げるという行為に飽きたのか否か、カイは視線を広場に戻すと、赤くなった鼻を擦り小さな溜め息を吐いた。


「さっきからなぁに?用でもあんの?」


大きな独り言、かに思われた。
でもそれは、少年の斜め後ろの陰から出てきた人影によって、明らかにされた。


「へへ、バレてた?」

「最初からね。音もそうだけど、その金髪は暗闇で浮くよ」


照れ笑いを浮かべた、スタンだった。




スタンはカイの隣へ腰を下ろすと、寒さのために肩を竦める。

そんな様子をカイは横目で見て、今の自分の心は冷めきっているのだと実感した。
なんとも思わないのだ。
平和だな、とか、寒そうだな、とか。

このままスタンといると、自分の本心を現してしまいそうで危険だと感じ、早々にこの場を後にするべく脚に力を入れた。


「なぁ、」


それを見計らったかのようなタイミングで上がる声。
帰りそびれたと、カイは内心舌打ちをした。


「なに?」


至極平静に、返事をする。
そんなカイの偽りの態度に、スタンは気にするわけでもなく、自らの疑問をぶつける。


「どうして抜け出したんだ?」


それは、カイに最も有効な攻撃だった。


「パーティー、つまんなかったか?」


純粋な眼差しでカイの身体を貫く。
そんなスタンの澄んだ瞳を見られるわけもなく、カイは俯いた。


「スタンも、抜け出してんじゃん」


苦し紛れに話題をスタンへと変えようとする。
しかし、今の彼にその手段は意味を成さなかった。


「俺はカイを追ってきたからだよ。
せっかくの楽しい夜なのに、君一人が退屈なら俺だってつまんなくなるさ」

「…ご馳走もたくさんあったんだから、最後まで楽しめばよかったのに。
ボクなんかを気にしないでさ」


視線を下げたまま、足下の小石を転がす。
カイの、自身を無下にするともとれる発言を聞き、スタンは眉を寄せた。


「そんなこと、言うなよ」


着けていた手袋を外し、カイへ渡す。


「寒いから悲観的考えを持ってしまうんだよ。ほら」

「…いらない」


拒否する声も無視し、ロングコートのポケットに突っ込んでいる手を取り、嫌がるカイに無理矢理着けさせる。


「あったかいだろ?」


彼の思い通りになることが悔しくて、カイは反応を返さなかった。
しかし、それを肯定と受けたスタンは満足そうな笑みを浮かべ、自らのマフラーに顔を埋めた。


「……このお人好し」

「ん、なんか言ったか?」

「なーんにも」


他人のことで笑顔になれる彼に感化されたのか、カイにも自然と笑顔が浮かびはじめた。


「ね、聞いてもいい?」

「なんだ?」

「時が傷を癒すって、本当なのかな?」


和やかな雰囲気になったと思ったら、まったく掛け離れた質問。
突然のことに、スタンは思考がついていかなかった。


「癒せるなら、ボクだって無理はしないよ。でもいつまで待てばいいの?この手袋がぬくもりを失うまで?雪が降り止むまで?暖かい季節がくるまで?
ね、どう思う?」


先ほどまでの笑顔はどこへいったのだろうか。
いや、今も目と唇は弧を描いているのだが、なにかが違う。
こんなカイを見たことがなかったスタンは、一種の恐怖を感じた。


「時…って、何なんだろうね」


わかったら、教えてね。



カイは腰を上げると、くしゃみを一つだけして足を進めた。


「あ、これありがとうね。

もう、冷たい」


振り返ると、スタンが無理に着けた手袋を外し、彼へ投げ渡す。
かろうじて受け取ることができたスタンは、そのまま去っていくカイの後ろ姿をぼんやりと見ていた。

角を曲がる直前、カイが誰かに手を引かれたように見えた。




無音。






スタンには、今までのことがすべて夢であったかのように思われた。
しかしそれは、自身の冷えきった手と、自らの果たすべき使命を拒否された手袋により現実だと知らされた。


広場にある樅の木が、雪で飾られている。



まぶしいまでの、白であった。








fin...








‐‐‐‐‐
Abies firmaとは、樅の学名です。
ひねりのない題名で申し訳ない。

樅の花言葉は『時』。
カイは時を待てなかった子でした。
スタンに助けてもらいたかったのかな。


最後で手を引いたのは、もちろんあの方です。←



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あきゅろす。
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