シクラメン
(チェスニ+ルーティ+ナナリー)
雪が街を白く染めてゆく聖夜。
窓からはやわらかな灯りがこぼれ、冷たい道をあたたかく照らす。
こどもたちの歓喜に満ちた声。
恋人たちの甘いささやき。
すべてが、幸せにつつまれていた。
シクラメン
〜essere geloso di xxx.〜
鉱山都市ドープルーン。
普段は人々で賑わう街中も、聖夜となると家で過ごす方が多いため、驚くほど静まりかえっていた。
宿屋兼孤児院のこの店も同じ。
店は早くから閉め、こどもたちもごちそうを食べるとすぐに寝室へと向かった。
理由はなんともかわいらしいもの。
『いい子にしていないと、プレゼントがもらえない!』
誰もが一度は経験したであろう、翌日の楽しみである。
枕元にくつしたを置き、各々が手紙を書き、夢をみる。
きっと今ごろは、抱えきれないくらいの幸せに満ちた夢をみているのだろう。
寝顔さえ笑っているこどもたちを見て、ルーティは優しい笑みを浮かべた。
***
「あぁ、やっぱ矢じりはこの角度が一番だよ」
「だよな!
手から放れた瞬間、ここだっつー軌道で一直線に進むんだよ。もうこれ以外考えらんねぇよ!」
一方、Closedの看板を出している店に、いくつかの影があった。
熱い弓矢トークに花を咲かせているのは、この店の看板娘であるナナリーとアイリリーからの滞在者チェスター。
以前から意見を交わしてみたいと互いに思っていたところもあり、今宵は聖夜なんて関係なく、熱く、マニアな域まで語り合っていた。
「矢羽根はどう思う?」
「そうだね…。
新しい物は耐久性こそはあるけど、しなやかな回転力を求めるならやっぱあの時代の物だね」
「やっぱりな!で、矢柄なんだけど…」
「(あの時代…?)」
同じカウンター席に座ってはいるがマニアックな会話を聞いているだけの少女は、ストローのささったオレンジジュースを静かにちびちびと喉に通していた。
自身も狩人の経験こそあるが、二人とは歴が違う。
少女には最低限の装備さえ揃っていればいいので、弓矢にはこだわりなんてまったくないのだった。
それが、二人と少女の会話の溝を深めていた。
なんとなく居心地が悪くなったのだろう。
少女は飲み終えたグラスをシンクに置くと、二人に告げることなく席を立ち、店の奥へと入っていった。
***
「はぁ…。私ったら駄目ね……。
せっかくの聖夜なのに、暗くなっちゃって…」
灯りの点いていない廊下に座り込み、壁に背を付く。
それから、自らを庇うように膝を抱え、頭を伏せた。
――楽しい気持ちでこの街に来たはずなのに、どうしたのかしら…
ドープルーンにはシンとカイが滞在していることもあり、二人と会うようにチェスターと共にニトはやって来た。
近況報告を交わし、用はなくなったのだが、せっかくだからみんなで聖夜を祝おうというルーティの提案を受け、ニトとチェスターもしばらくドープルーンに滞在することとなったのだ。
それから、いつのまにか暗い気持ちに侵食されていた。
――おかしな感じ…
ニトがすっかり丸まったころ、小さな光がボゥッと、廊下の先からこちらへ向かっていた。
こどもたちを寝かしつけ終えたルーティであった。
「うわ、びっくりした!ニトじゃない。こんなところでなにやってんの?」
「ルーティ…」
眩しさに目を細めたニトのそばにしゃがみ込み、焦った様子で手の平を彼女の額に当てる。
体調を崩して座り込んでいるのだと、勘違いをしたようだった。
「熱はないみたいね。平気?ベッドまで歩ける?」
「…っルーティ〜!」
「ぅわ!」
ルーティの優しさにふれ、ニトは飛び掛かる勢いで彼女に抱きついた。
***
「落ち着いた?」
「……ごめんなさい…」
宿の一室を借り、ベッドに腰を下ろした二人。
泣いてはいなかったが、抱きついたまま離れようといないニトを不安に思い、ルーティがこうして静かな空間を用意したのだ。
ニトとは共によく外へ出ていた。
店の手伝いもカノンノと一緒にやってくれた。
なにより、姉妹のように接していた部分もあり、ルーティは彼女の不安を除いてあげたいと心から思った。
「どうしたのか聞いてもいい?」
急かさないようにやわらかな声色で問い、話しやすいよう促す。
そんなルーティの気づかいを感じ、ニトはゆっくりと、自身でもわからないもやもやとした気持ちを打ち明けはじめた。
「ここへ来たときは普段通りだった。みんなで集まろうという、ルーティの提案も嬉しかった。スタンやリオン、ナナリーと騒いだパーティーも楽しかったわ。
でも…」
言葉の整理ができていないのか、それとも言いづらい内容なのか。
ニトは口をつぐんだまま、目を伏せてしまった。
ニト自身が話せるようになるまで、ルーティは何も言わない。
ただ、真剣な眼差しで少女を見ているだけだった。
しばらくした後、数度口を開きかけたニトが小さな音を発した。
「……笑顔を見ている、だけで…苦しいって、思えて…」
次第に消え入りそうな音となり、最後の言葉は少女の口の中へと流れていった。
それでも、肝心な部分は聞き取れた。
ルーティはニトの頭に手を置き、二三度撫でると、自らの胸へと引き寄せた。
「ル、ティ…?」
「あんたをそんな気持ちにさせる人物なんて、一人しか浮かばないわ。まったく罪な奴よね。
……でも、何故そう思うの?
あんた自身に後ろめたいことがあるなんてわけじゃないでしょ?」
母親がこどもに接するように。
慈愛に満ちた面持ちでたずねる。
ニトはルーティの服を少しだけ握ると、彼女を見上げた。
その瞳は、真っ直ぐなもの。
「そんなこと、ないわ」
「えぇ、わかってるわよ」
「…でも、すこし心に引っ掛かることが、一つだけ…」
「なに?」
ルーティは気づいていた。
ニトの心中を揺さぶる存在を。
それは彼女の憶測に過ぎないが、パーティーを楽しんでいる最中の少女の視線の先を辿った者なら、彼女と同じことを思うだろう。
それほど、ニトは"一つ"の内容を気にしていた。
「ナナリーと、」
楽しそうに話していたな、って…
少女の、ちいさな負の感情だった。
「同じ弓使いだから、話していて楽しいのはわかる。
でも…どうしてだか、もやもやとした気持ちが生まれてくるの。不安とかじゃなくて、なんとなく…嫌な感じ……」
ニトは、その感情に名前があることなど知らずに、ただ目を伏せた。
ルーティはそんな少女を心底愛しく思い、抱き寄せていた頭をその胸に思い切り押し付けた。
「っル、ティ、くるし…」
「あぁもう、あんたはどうしてそんなにかわいいの!」
本気で苦しがっているなんて知るかと言わんばかりに、抱きしめ続けた。
***
「今日は楽しかったぜ」
「あぁ、あたしもだよ。近い内にまた話したいね」
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
ルーティ、ナナリーと別れ、宿泊先の宿屋へと向かう二人。
チェスターは、本日の収穫に満足そうな笑みを絶えず浮かべていた。
「やっぱこの街は活気づいてて飽きないよな」
「えぇ、そうね」
雪の降る寒空の下、ニトはチェスターの一歩後を歩く。
ルーティに言われたことの意味を考えながら。
きつく抱きしめられた後、彼女が言った言葉。
『その感情は、あいつのことが大好きだ、ってことよ』
もやもやすることが好意に直結するのだろうか?
ルーティの表情を見る限り、間違いではないのだろうが…
いくら考えても答えの出ない問題に、ニトはお手上げ状態だった。
考え込んでいるため、徐々に歩みが遅れているニトに気づいたチェスターが足を止め振り返る。
それさえも気づかず、歩みを進めるニトが隣を通り過ぎたところで声を掛けた。
「あぁ、驚いた。どうしたの?そんな後ろで」
自分が追い越したのも気づかないほど、少女の頭の中をなにかが支配していた。
「どうしたの、じゃねぇよ。お前こそなに考えてんだよ」
不快感を露にした表情で言う。その声は、わずかに怒りを含んでいた。
「わ、私は…」
「俺に言えねぇことか?集まる前も何処かへ行ってたしな。
最近のお前、何か変だぜ」
「っ違うわ!」
「なにが違うんだよ。行ってたことは確かだろ?行き先を言えねぇなんて、やましいことでもあんのか?
三人でいたときも何も言わずに何処かへ行くし、ナナリーも変だって言ってたぜ」
「っ…!」
「なんだよ。反論しねぇのかよ」
自らの感情を畳み掛けるよう並べていったチェスターに、ニトは顔を伏せ、手を握りしめた。
「…言わないで」
震える身体、震える声。
それは寒さからくるものではなく、気持ちの高ぶりからのものであった。
「その名前を言わないで!聞きたくない!」
「なに言ってんだよ。失礼にも程があんだろ!」
「いや!あなたの口から聞きたくないの…!」
「…ニ、ト……?」
感情を操作できなくなり、涙しているのだろう。時折、指で目もとを拭っていた。
そんなニトの変化に気づいたチェスターは、一気に冷静さを取り戻した。
「何処へ行っていた?シンのところよ。これ!」
持っていた荷物袋の中から取り出したのは、セピアトーンの毛糸で編まれたマフラー。
それをチェスターへ投げつけると、大きく鼻を啜った。
「仕上げを見てもらおうと思ってね!シンはこういうの得意だから。
あのとき抜けたのは、あの場にいられなかったからよ。あなたとナナリーが楽しそうに話しているのだもの。邪魔しちゃ悪いからね!
変だったのは、ずっとあなたのことを考えていたから!ナナリーと仲良く話しているあなたを!
これで満足?それじゃ、私は先に帰るから」
顔を真っ赤にしてまくし立てると、宿屋の方角へ早足で歩いていく。
初めて見せるニトの行動に呆気にとられていたチェスターは、覚醒するとすぐさまその後を追った。
「待てよ!」
「っ来ないで!」
「…っニト!」
スピードを緩めることないニトの手をとり、振り向かせる。
「……っ」
「あなたも、私も…ばかよね……」
怒りや苦しみではなく、悲しみのみを宿す瞳。
そこから零れる涙の美しさに、一瞬時が止まったかのように思われた。
再び歩き出すニト。
早足ではなく、ゆっくりとした歩調で。
その小さな背中は、悲しみに染まっていた。
別れを感じさせる空気に、チェスターは足が竦んでしまった。
しかし、このままでは本当の別れになってしまうだろう。
動かない足を無理矢理動かすと、転げそうになりながらも必死に駆けていく。
愛しい人をつかまえるために。
然程なかった距離を縮め、手を伸ばす。
肩にふれる。
(薄い、肩)
立ち止まらせる。
(小さな、背)
振り向かせる。
(紅い、目もと)
抱きしめた。
(愛しい、存在)
「ばか、ばかぁ…」
「あぁ、馬鹿だよ俺は。ニトをこんなにも不安にさせて」
「ふ、ぅぅ…」
「ごめんな。下らねぇことでイライラしちまって」
「ん、くぅ…っ」
「それもこれも、ニトを好きすぎる俺が悪いんだよな」
「……ばか」
「ん、泣きやんだ?」
「泣いてなんかいないわよ」
「嘘つけ。こんなぶっさいくな顔して」
「…悪かったわね」
「いや。そんなとこも、すっげぇ好き」
「チェスター…」
ふんわりとしたマフラーを自分たちにゆったり巻くと、
隠れて、
一つだけ。
「ニト…」
「チェスター…」
凍えるよう白い聖夜には、あつく深い愛を。
「どうしたんだい?気味が悪いよ」
「いやぁね、シクラメン、かわいいなぁって」
「…?」
カウンターに置かれた紅いシクラメンの花を指でつつき、ルーティは密かに笑みを浮かべた。
fin...
‐‐‐‐‐
赤シクラメンの花言葉は『嫉妬』。今回の主題にしてみました。
サブタイトルの『essere geloso di xxx.』は、イタリア語で「xxxに嫉妬する」です。
クリスマスなのに嫉妬話!
でも、そのおかげで数段甘く仕上がりました。
喧嘩話は初ではないでしょうか…。
どう展開したら破局しないか、けっこう悩みましたね。
結果少女漫画じゃん!とは言わせない。
言わないでくださいねv
メリークリスマス!
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