誰かに聞いた怖い話
・・・秘伝6
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その夜は、一緒に海を渡った仲間や、近所に住まいする方々の好意のお陰で、細やかながら彼の葬儀を執り行う事が出来たのだった

その日から、残された母と子供の運命は、大きく変わっていったのである…





『美味しい…』

テーブルの上に並べられた料理を、彼は泣きながら口にしていた

彼がこの料理を口にするのは、これが2度目の事だったのである

彼の傍らでは、彼の妻と妻の父親、そして彼の一人息子が同じ料理を口に運んでいた

見る人の目には、家族の楽しい食事時と、普通ならば映る筈であった

それが、そうは見えなかったのには訳があったのだ

その場に居た誰もが、涙ながらに料理に箸をつけていたのである

その光景を事情の知らない者が見たならば、一種独特の異様な雰囲気をかもし出していたに違いない

それ程異様な雰囲気だったのだ…



『お前もしっかりと食べるんだよ…決して忘れない様にな…』

年老いた翁が、孫にそう言い聞かせていたのに、男が気付いていたのかはわからない

男の心は、母を失った悲しみで一杯だった



『美味しい…』

男はテーブルの上に並べられた料理を、もう一口泣きながら口へと運んだ…忘れぬ様にと…

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あきゅろす。
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