誰かに聞いた怖い話
92話…心残り
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一時の風の静まりがもたらした静寂も、その後益々強まる風にかき消され…



風に煽られ揺らめく炎も、真っ暗な闇に飛び去る火の粉も…

山入端を明るく染める雷や、樹々を揺振る風達も…



嵐の到来を、否応も無く告げていたのです





『僕はね…』

その場の沈黙を破ったのは、旅行の好きな彼でした

彼は別段大きくも無い声で淡々と語り始めたのですが、不思議な事に辺りに吹き荒れる風の音も、湖の岸辺に打ち寄せる波の音も、彼の言葉を打ち消す事は出来ませんでした



『僕は一度訪れた場所を、もう一度自分の足で訪れたかったんだ…』

『父親の赴任先の国々で出合った人々や、旅先で知り合った人達…そんな僕の財産と言うべき人達に、もう一度逢いたかった…』



『勿論…僕達人間の誕生する前から変わらぬ自然の数々や、先人達の遺した忘れられた文明の残骸…そんな人間の歴史を、もっと…もっと沢山観て歩きたかった…』

旅行好きな彼は、淡々と話し続けました



…本当に皆、どうしてしまったんだ?



…これじゃあ、まるで…



…何か変だ…



…そうだよ、絶対おかしい…



…絶対に…



私は漸く確信しました

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あきゅろす。
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