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攘夷時代の話


高杉たちは廃寺で仮の休息を取っていた。
外は雨だ。そのせいか、むっとした臭いが立ち込めている。血の臭いも混ざっているかもしれない。寺のすぐ向こうは、つい先程まで戦場になっていたのだから当然だ。ただ鼻が効かなくなっている。高杉は密かに眉をひそめた。

先程の戦闘は突発的なもので予定外だった。特に、銀時と坂本という戦力を欠いている状況だったので、いつもより個人に降りかかる負担が大きい。仲間も皆疲労しており、思い思いの場所に腰を降ろしていた。刀を磨くものもいるが、大抵は言葉少なにじっとしている。厭戦気分、ではないはずだ。さっきの戦いも、事実、勝利を納めている。だがどうにも勝利を喜ぶ気分にはなれなかった。恐らく、それは疲れのせいだった。

ただ、一人騒がしい男がいた。皆が休んでいるなか、先程の戦の感想をしきりに話したがる。皆適当にあしらって去っていくが、男は負けじと人を代えては語っていた。
正直煩い。
高杉は気になって、男の方に目をやると、同じようにして男を見やる桂が目に入った。桂は、縁側と室内の際で、仕切りに寄り掛かっている。腕組みをしながら目だけが動いて高杉を見た。
煩いから黙らせろ。そう無言の指示が下された気がする。桂はそのまま俯いて目を閉じてしまった。


男は興奮しているのだろう。その男はつい最近戦場にやってきたばかりで、恐らく天人との斬り合いはこれが初めてだったのだろう。だとすれば、昇った血をなかなか抑えられずにいるのも分からなくはないし、それを一方的に邪見にするのは少し可哀想かもしれない。それに、黙らせるのは訳もないが、桂の要望を叶えてやる義理もない。

放っておくか。が、そう決めて高杉が向き直るより早く、男と視線が合ってしまった。

「…あ、高杉さん!」

こちらの名前は知っているらしい。男は少しためらいながらも、結局は高杉の方へ寄ってきた。歳は高杉たちとそう変わらない。もしかしたら男のほうが年上なのかもしれないが、男は饒舌に、己の興奮を伝えてきた。

そして高杉の戦いぶりにも話は及ぶ。鬼神のようだったとか、剣舞を見ているようだったとか、大抵の人は同じようなことを言う。この男も例外ではなかった。自分の戦いぶりにこんなに驚くようでは、銀時を見たときこの男はどんな反応をするのだろうと、高杉は少し可笑しくなる。

「日本は熱い気概を持った侍の国だ。天人なんかに渡してなるものか」

興奮が達して男は意気込んだ。相槌が無くても、延々と喋り続ける男の話を要約すれば、武士道が天人に負けるわけにはいかない、だから刀を持って侍の国を自分は守っている、というようなものだった。自分も護国の兵のように同列視されているのが、高杉は気に食わなかった。そんなもののために戦っているわけではない。

男は何か勘違いしているようだった。強さと戦争に対しての意気込みを、比例させて捉える節がある。ただ、そんな勘違いも珍しいことではない。特に新たに戦線に加わったものには、はじめよくあることだ。

そして更に、男は自分が天人を倒したときの高揚を説明しだした。男の昂りは一向に落ち着きを見せない。この分だと、人を斬ったのが初めてなのは確実だ。

「お前は、」

高杉は男の話を遮った。

「人を斬ったのは、初めてか」

「はい。…いや、違います」

男は一度肯定したものを、言葉を切って言い直した。

「俺が斬ったのは天人で、人じゃない」

「はっ!」

何を言うかと思えば、奇なことを言う。命に違いは無いだろうに。
愛国心は己がした事実をも美化し、隠してしまう。恐ろしいな、と高杉は素直にそう思った。

「まぁ気概は高杉さんたちには負けますが」

高杉さん達のように志高い侍にならなければ、と男は付け足した。

「志なんざ、持っちゃいねぇよ」

高杉は乾いた笑いを吐き捨てた。それに男が目を丸くする。
それじゃあ何故あなたは戦っているんです?と男は小さく聞き返してきたが、それに対して高杉は答えない。

なんのために?
理由はない、わけではない。それは、恐らく、恨みとか仇討ちとか、そういう部類に入るだろう。逆恨み、とも言うかもしれない。
けして褒められたものではなかった。だが、人を斬るのに理由などあったところで、それは何の救いにもならない。だから自分とこの男は同じ穴の狢なのだ。

だが、もし、敢えて理由の優劣を語るならば…

高杉は外に目を移した。
恨みというのは、信念や武士道といった美しい幻想より、人を斬る理由として余程まともではないか。
高杉はふと思った。

雨はまだ降り続いている。雨で返り血が洗い流されていたことが幸いだったと、何故か感じた。





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