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「兄上に、兄上に何がわかる!この国を憂いているのはラール卿ばかりでは、」
「俺を王にしたあと、君は何処に行くつもりだったんだい?」

ぎくり、と少年の身体が強張った。兄は知らないはずだ。少なくとも自分は教えていないし、説得した人間達には戒厳令を強いている。だから、水面下の事件は表に出るまでずっと水面下であるはずだったのに。

「……あまり見縊ってくれるな、ロード」
「兄上……」

驚きから立ち直れていない少年の肩を、青年の白魚のような手がゆるりゆるりと撫でる。こんな手が戦場で剣を握るのか。血に塗れるのか。
薄らと眉間に皺を刻んだ少年を見て何を思ったのか、青年は僅かに眉尻を下げて少年を腕の中に抱き込んだ。

「なんて、きっとマリーが教えてくれなければ、俺は何も知らずに王になっていたんだろうけどね」

少し情けない調子の苦笑いを含んだ青年の声が響く。さらりとした少年の金色の髪を梳いて、指先を絡めて。
碧い瞳が蒼い瞳を見返した。

「ねぇ、ロード。頭のいい君のことだから、俺を王にしたらこの国を離れるつもりだったんだろうね。魔力原理主義者が君を担ぎ上げるのは目に見えてる。フレディも、紅も、劉も。君が移ったらパワーバランスが崩れる。サンガーデンにでも行く手筈を整えていたのかい?言葉も通じないような、誰も知り合いも居ないような、そんな国に行くつもりだったのかい?」
「……国のためです、兄上。俺は王になってはいけない」
「ロード?」
「俺の力は絶対だ。皆が俺の前にひれ伏す。臣下の顔すら見ることが出来ない。それじゃあ駄目なんだ。一人で国は作れない。──…臣の意見を聞いて、民の陳情を聞いて、国を作れる人間が王になるべきだ。そうだろう?」
「……俺は、」

ぎゅう、と。青年が少年の腕を掴む。思わず力が入ったという雰囲気だった。

「国のためなんかに、君を犠牲に出来ないよ。するつもりすら起きない。……俺は王の器じゃない」

悲しげに、儚げに少年を見つめて青年は笑った。これ以上この言葉を口にさせてくれるなとでも言うように。
少年から腕を離して立ち上がれば、上着の裾を翻す。前の丈が短いポンチョのようなそれは、この国の民族衣装だった。
身だけを屈めて、曝されている少年の額に柔らかな唇を触れさせる。

「俺はね、こう見えても悪運だけは強いんだ。だからきっと帰ってくるよ、ロードのために。大きくなった君の戴冠式を見るの、すっごく楽しみにしてるんだから」

そういって笑った青年は、踵を返して廊下の向こうに消えて行った。
少年は、青年の背中をじっと見つめていた。

焦燥感と妙な胸騒ぎに顔を歪めたまま、何故俺をもっと早くこの世に生み出さなかったのかと、神を呪った。



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あきゅろす。
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