〜オリジナルSSシリーズ〜
【ヒロイン達の賛美歌〜蔵土縁紗夢B-1〜】
これは、蔵土縁紗夢という少女が、最強最悪の生体兵器ギアを捕まえるまでに起きた出来事。
「どこいったアルかぁ…
逃がさないアル!」
ビュンビュンと風を切るように走る一つの赤い影。
「出てくるアルぅ!!
大人しく捕まるネっ」
赤い影は何かを追い詰めていた。誰もいない森の、深い奥。
誰が立ち寄るわけもない、死の森と恐れられている場所。
その昼間でも薄暗い世界の中でも、紗夢は混乱災禍の象徴・ギアであるディズィーを捕まえようとしていた。
ディズィーを捕まえれば多額の懸賞金を得る事ができる。
そうすれば晴れて念願の、自分の店を構える事ができる。
紗夢は必死だった。
腰に手の甲を休め、周囲の林を見渡す。
物音がしたのはこちらからだった。
「ふん、もー逃げられないアルよ。
大人しく捕まるネ。」
すると観念したかのように、木々の間から一人の少女が現れた。
「どうして…皆さんはわたしを追いかけるのですか?…」
ボンテージに身を包んだ彼女が問いかける。
その表情は非常に悲哀を感じさせるものだった。
「そりゃあなたがお金になるからに決まってるネ。
わからなかったアル?」
紗夢は試すような口振りで言った。
ディズィーはそれに対してさらに表情を歪ませていく。
言われたくなかった事であった。そんなに暗い言葉を聞かされたくはなかった。
わかっている悲劇を、さらに問われるというのは苦痛以外の何ものでもない。
ただトラウマだけが増幅し、心が痛む。
どれだけ人の輪に干渉しようとも、この身体では恐怖される。
嘲られる。
そうしてただ何年も孤独に苛まれてきた。
そして今も追い詰められている。どうしようもなく、悲しい。
彼女は俯いた。
「諦めた?
いい子アルよ〜♪」
紗夢の右腕がディズィーの身体にのびる。
彼女の肩にそれが触れようとした途端。
「?…きゃっ!!」
紗夢の身体は吹き飛び、大木に激しく打ち付けられていた。
突然の出来事に少し焦りを見せる。
先程までの一方的劣勢を覆すように、巨大な力が作用していた。
「ぐっ…この力…この子が?…」
紗夢はただ疑った。
ギアとは聞いていたが、これほどまでに強力とは思っていなかったからだ。
力の差をうっすら感じ始めた紗夢は、その雑念を振り払うべく再びディズィーに挑んでいく。
「覚悟!アチャっ!!」
空中から滑空しながらの拳を繰り出した。
激しい焔を纏うそれは周囲の舞い散る木の葉を、一瞬で砂塵に還すほどの猛火であった。
ディズィーがこれを喰らったものなら、間違いなく再起不能は確実。
勝利を確信した紗夢は、みるみるディズィーに迫る。
「あっ!…な、なにアル!?」
ディズィーにあと30センチと迫ったところで、紗夢の身体は空中で失速した。
両足に黒い羽のような長い物体が巻き付いており、それ故に勢いを亡くした紗夢の身体が逆さまになって宙吊りとなっていた。
ウーロンと書かれた髪止めをしている月のような髪が、下を向いていると同時に、着こなしたチャイナドレスの前後も捲れあがり、羞恥心を駆り立てる。
「あぁっ見ないでアル!…もう」
顔を赤らめ、見えないようにと下着を両手で覆う。
黒い翼はディズィーの背を発生源とし、上空でガッシリと紗夢の両足を浚っていた。
なんとかして拘束を解こうと手刀や気で髪を切ろうとするが、髪の硬度としてはありえない硬さになっており、さながら鋼鉄の拘束器に遜色なかった。
だが、ここで突如紗夢の身体が地面に叩きつけられた。
というよりは、堕ちたのだ。
拘束した髪を切り裂いたのは紅く燃えるような巨大な鎌であった。それを持ち現れた男は死神のような姿をしていおり、巨大な鎌の主としてはなんら違和感を感じさせない。
黒く長い髪と、赤く冷然な瞳が特徴的なその男は、紗夢とディズィーとの間に隔たり立っていた。
「テスタメント!」
「ここはわたしが…
君は逃げなさい」
テスタメントと呼ばれた男はディズィーの戦闘体勢を御し、森の奥へと彼女を逃がした。
それを見て直ぐ様追おうと立ち上がる紗夢だったが
「ま…待つアルぅ!…うっ」
締め上げられていたからか、脚がしびれて青く腫れていた。
やむ無く、その場にただ直立するだけとなる。
一方その面前に立ち塞がったテスタメントは、その冷静沈着な声を出して口を開いた。
「人間、何故彼女を追う?」
質問に自信を持って堂々と答える紗夢。
真っ直ぐな性格故、その表情には清々しいものがある。
賞金が目的である以上、ディズィーを捕まえる理由はただそれだけに留まっていた。
「くっ…今の人間は腐りきっているのか…
ギアの驚異は確かなものとは言え、彼女のような者までも毒牙にかけようとするか…愚かだ」
テスタメントの表情には憤慨の意が現れて歪んでいた。
と同時に、その鎌を強く握り締めていた。
「どいてくれないアル?
だったら痛い目見るけどいいネ?」
まだズキズキと痛む脚。
それも我慢して脅しまじりに構える紗夢。
だが少しずつ、その額から汗が滲みでている。
この紗夢の反応に、テスタメントはいよいよ鎌を彼女へと構えた。
「良いだろう。
退かぬのならば、こちらも手は抜かない」
二人の気迫が見えないところで激しくぶつかり合うのを察してか、ディズィーが居た先程より、周囲の動物達の呼吸は遠退いていく。
風に揺れる木々の葉も、次第にそのざわめきを無くしていった。
両者が対戦相手を見定めた時、空気が少し揺らいだ。
「フォワッチャー!!」
直後、紗夢の右足がテスタメントの首を捉えていた。
声をあげる事もなく、テスタメントの漆黒の姿は大木の幹に瞬時にして叩きつけられていた。
あっけの無さに少し戸惑う紗夢。テスタメントはぐったりとそこに倒れ伏していた。
筈だった。
「わっ!?」
突如自らの身体が宙に浮いた。
「どこを見ている人間」
いつの間にか紗夢の背後へとテスタメントの長身が回り込み、彼女の首を締め上げ空中に浚っていた。
「あぐっ…あぁぅぅ…」
涙を滲ませ痛みに苦しむ。
抵抗も出来ない程激しい絞首に、四肢の運動はできない。
そしてテスタメントは嘲るように笑って、少し考えた。
このまま殺してしまうのもよい、だがこれ程整った身体の人に何もせず殺してしまうのも惜しい。
「どうだ?痛いか小娘」
「あぅあぁ…うっ!…」
「挑んできたのに、泣いているのか?
脆いやつだな」
キリキリと絞められていく首。
溢れる苦悶の涙。
痛みが断続的に続き、ピクピクと彼女の手足が震える。
それを見るだけで、経験を重ねてきた彼の本能が歓喜する。
そうして少し経ってテスタメントが怪しく微笑むと、もう片方の手の中に光るものを出現させる。
ドクロのような不気味な形を模したそれは薄く輝いており、死者の魂をそのままに怨念の気を持っている。
まだ痛み苦しむ紗夢のお腹へ、それを押し付けるようにすると、ズブズブと音を起てて吸収されていった。
何かをされた感覚はあったが、紗夢は意識霞む寸前。
「差し上げよう…」
直後絞首が終わり、紗夢は地面に膝をついた。
ジンジンと襲う痛烈な首筋をさすりながら、嗚咽を漏らし、吐血を始める。
「かはっ!…けほっけほっ…」
やんわりとその痛みが和らいだ頃、紗夢は自分の身体の異変に気づいた。
違和感があるそこを触ると、腹部に奇妙な刻印が刻まれていた。
烙印のような深さがあり、肉体をえぐっているのだがその痛みは感じない。
刻印は赤く発光しており、同じく赤いチャイナドレスの下からでも形がわかるほど強く奇妙に輝いている。
薄気味の悪さに、紗夢はその腹部を腕で覆う。
「な…何をしたアルかっ!
元に戻すヨロシ!!」
もはや勝利を確信した顔で、 テスタメントは返事を返した。
「次第にわかる」
言葉の意味を求める前に、紗夢はそのいい加減な曖昧返事に腹をたてて突撃する。
「龍刃!!」
猛火を纏い燃え上がる紗夢の左足。
まるでダーツの矢のように、テスタメント目掛けて飛んでいく。
が、それにも臆する事なくそれを右手で受け止めてみせる。
一瞬、それだけで紗夢の身体は平然としたものとなる。
不適な笑みをまた浮かべ、強く赤い靴の先を握るテスタメント。
「くっ…しまったっ!
激り…」
「遅い!」
同時に紗夢の封じられていないもう片方の足が火を纏い始めるが、すでに彼女の肢体はテスタメントの虜となっていた。
「ゼイネスト…」
テスタメントが口に溢したその技は紗夢の肢体を捉えていた。
「な…なにこれ…」
チャイナドレスを中心として、蜘蛛の巣状に赤い粘着性のある糸に身体を囚われ、大の字に磔されてしまう。
ネットリとした感触を持つそれはほのかに血の臭いを発しており、服に染みを作るほどの水分を蓄えている。
「ふん…こんなものちょちょいのちょいアルね」
余裕を感じさせるニュアンスで、身体中から炎を発して蜘蛛の巣を焼こうと試みる。
今すぐにこの肌に触れるねちゃねちゃの不快感を、取り除こうと。
だが発生しない。
炎は紗夢の身体から一切吹き出す事は無かった。
前には敵、自分は虜という状況が続き、パニックになる。
「無駄だ。
ゼイネストは触れた者の肌から、戦闘エネルギーを残らず吸収する。」
「そんなのって…ないアル」
「あっはっは、もがけ。
だがお前は、まさしく補食されるのを待つ蝶のようだぞ」
不愉快な例えに交えられ、なおも憤慨する紗夢だが、もう動けるわけもなかった。
実物はかなり柔らかいのに、いくらもがけどもその束縛から逃れる事は出来ない 。
静かにテスタメントが歩みよってくるのに際し、恐怖からか運動からか、おびただしく汗が身体を伝い続ける。
ついに顔の間近までその接近を許してしまう。
顎を持ち上げられ、こんな目に合わせた相手の方を嫌でも向かせられる。
「わたしをどうしたいアル…?…
殺すなら早くするネ」
「まだ強がるのか…
そうこなくてはな…ぺろっ」
「ひゃうっ!?」
紗夢の身体にびくっと電流が走った。
肩を捕まれ、顔と顔とが近い中、テスタメントの舌が頬を嘗めた。
すっとんきょうな声を上げたとともに、一気に羞恥な情に頭の中も真っ白になる。
嘗められた頬も、少しだけ残ったテスタメントの唾液の下で赤く染まる。
「な…なにして!…きゃうぅっ!」
「こんなにも美しい少女が、格闘家とはもったいない…
よくもまぁそう整った身体を手に入れたものだ、ぺろぺろ」
「な、やめっ、そこ、くすぐったいア…にゃあぁっ!」
紗夢の髪の毛をたぐりよせ、その独特の匂いを鼻にこすりつけながら、彼女が羞恥するような場所を嘗め回していく。
露出した肩や太股、脇の下や首筋までもが彼の唾液に濡れていく。その行為に喜びを感じずにはいられないテスタメント。
「すまないな…
わたしはディズィーを護らなければならない。
相手をしてやりたいが、行かねば…」
そう言うと彼は森の奥へとターンし、歩いていった。
彼にとってはもはや十分だった。
「そろそろか」
残った一羽のカラスを背に、テスタメントは姿を消した・・・
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