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アキラの先生
第4話(1)
木曜日。
お昼の一時過ぎにうっすら目を開けた。天気のいい日だった。お昼ごはんを食べたあと気持ちよくなって眠ってしまっていたらしい。目を覚ますと、なにかの書類を母親が読んでいた。アキラに気づくと、ごく普通の母親がそうするように頭をなでてくれた。親不孝かもしれないけど、なでてもらうなら先生がいいと思ってしまう。
「気分はどう?」
「……なにしてるの?」
「退院の書類読んでるのよ」
退院は土曜日だ。まだ少しだけどがある。でも、朝から変な胸騒ぎがずっとしていた。胸の奥がざわざわしているのは、病気のせいじゃない気がする。
「アキラ、起きてる?」
「先生!」
そこへ、先生がやってきた。白衣に両手を突っ込み、いつもの調子な先生を見て安心する。って言っても最近は毎晩会ってるから少し照れくさい。退院がいやだとごねるアキラに先生は優しく治療を施してくれた。そのおかげで、そのときだけは嫌な気持ちにならないですんだ。
そんな患者のわがままにも先生は付き合ってくれていたのだ。夜勤続きで疲れてるはずなのに嫌な顔ひとつしないし、アキラの両親に告げ口することもなかった。
「先生、通院のことなんですが……」
「ああ。週一でじゅうぶんだとは思いますが……通えそう?アキラ」
「うん!先生に会いたいもん」
「いい子だね、それ聞いて安心した」
「本当によくしていただいて……感謝しております」
母親がまた頭を下げた。大人ってどうして頭を下げたがるんだろう。アキラにはわからない。悪いことしてないのにぺこぺこするのは不思議だった。先生もぺこぺこしてる。
もっとも、先生がアキラに対してやってることは「いいこと」ではないようなので、それで頭を下げてるように見えてアキラは内心ドキドキしていた。それを抑えるために白衣の裾をひっぱった。
「なんだい?」
「明後日、先生もお見送りしてくれるの?」
「ああ、もちろんだよ」
「じゃあね、僕先生にお礼の手紙書いて――」
「それなんですけど、先生……」
母親が二人の会話に割って入る。その表情は穏やかではない。険しくもない。ただ、困った顔でアキラをちらっと見たあとに先生を見た。
「実は……明後日は主人が迎えに来られないんです。さっき連絡があって」
「じゃあ……その次にしましょうか」
「いえ。明日ならお休みもらえるそうなので明日に……」
変な胸騒ぎの原因がわかったアキラの頬が、みるみるうちに紅潮していく。それでも先生を困らせたくなくて、唇をかみ締めた。
「そうですか、じゃあ……」
口を開きかけた先生だが、アキラが裾を握っていたのを思い出す。震えたアキラの指を、母親には見えないようそっと握り締めた。
「じゃあ、明日に退院ですね。事務に伝えておきます」


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あきゅろす。
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