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吐き出した息には疲労を少々、含んで二酸化炭素と化する。なあんか、ネクタイひとつ解く姿も様になってんなあ。とか思っちゃう。
廊下を照らす照明はやや仄暗いオレンジ色で浦原は鈍い色、と言った。壁に左肩だけ凭れさせ腕を組みながら一護を見る。
おかえりなさいとただいまが蔓延る玄関はなんだか暖かい。
秋の空気は徐々に夏の熱気を忘れさせる程に涼しく、陽が落ちれば肌を冷たく刺す。身震いひとつしてスーツの上着を脱ぎ、ハンガーにかけながらネクタイを解いた時に浦原が言った言葉だ。

「男前だ」
「…なに言ってんだか……今日はなに?」
「ピリ辛揚げ焼き秋刀魚と大根と蓮根のお浸し。あ、お酒は?」
「うーん…ビール!」
「…太るな……」

育ち盛りなんだ!白いワイシャツの上から腹部を撫でて唇を尖らせて見せる一護を見て喉で笑いながら額に軽く口付けて台所へ向かった。
19時前から下ごしらえをし、白ワインとミモレットを切り分けてちょっとだけブレイクタイム。そろそろ帰ってくるかしらと、壁にかかる時計を見て火をかけた。コトコト、お気に入りの雑貨店で購入したフィスラーのキャセロールに入っているのはなめこの味噌汁だ。なんとも…ドイツ製の鍋には似合わない。鍋の底を焦がさない様、火を通し過ぎない様にゆっくりとかき混ぜながら浦原はくふりと笑う。
俺、和食派だから。
一世一代の告白の末に彼が放った言葉が未だ耳から離れない。
祖国でもあるドイツの手料理、そしてフランス料理、得意のスペイン料理は家ではあまり作らない。

「あれ?店は?」

寝室で着替えを終わらせ、入ってきた一護を振り返り見ながらにっこり笑う。

「15時で終わりー」
「げえ!まじか!うらやましい……」
「あ、一護さん!こら!行儀悪いですよ!」

卓上に並べられた料理の数々は全て浦原の手作りで、選び抜かれた食器も料理ひとつひとつに合わせて買うから食器棚は既に満杯。
クリーム色の深皿に盛られた秋刀魚のから揚げをひょいっと取り頬張った一護を菜箸で刺しながら頬を膨らませた。

「お前こそ!箸で人を指すな馬鹿!」
「まあ!馬鹿とはなんですか!馬鹿とは!」
「うるせー!お腹空いたー!」
「…はいはい。今できますから。座って?」

全く…スーツを脱いだら子供に逆戻りだ。ぶつぶつ小言を言いながら火を止め、茶色のお椀に味噌汁を注ぐ。
ふわり、赤味噌の香ばしい匂いが部屋中に広がり一護の腹の虫を泣かせた。
クゥ。可愛らしい腹の虫は宿主の機嫌を少しだけ損ね、浦原はどうにか笑いを噛み殺して準備を進める。

「はい。どうぞ」
「っし!いっただきまあす!」

両手を合わせて元気よく挨拶。
ただいま、おかえり、いってらっしゃい、いってきます。
おやすみ、おはよう、いただきます、ごちそうさま。
多種多様の挨拶がこの家には充満している。それがとても暖かい。
箸を綺麗に持ちながらカツカツ食べる姿は浦原のお気に入りで、グラスに注いだビールも美味そうに飲む姿はやけに色っぽい。
ごくごくと喉を鳴らしながら飲む。上下する尖った喉仏に食らいつきたくなる。

「一護さん」
「あ?」
「美味い?」
「まあまあ」
「ひどい」
「嘘に決まってんだろう。美味い!」
「フ、当たり前」

片眉を上げて不敵に笑いながら手を伸ばす。

「ついてる」
「え?あ、悪ぃ」
「子供みたいだ」
「…うっせ」
「今年いくつになったの?」
「…さんじゅう」
「スーツ着てる時は男前なのになあ…」
「!スーツ脱いでも男前だ!」
「へえ。…でも…童顔ですよねえ?」

き!気にしてるのに!そういう事を言う!
箸で人を指しながら眉間に皺を寄せて大きく口を開いた。ちらりと見える八重歯が人より尖っているのも結構、気に入ってる。
浦原は笑いながらグラスの半分まで減ったビールを再び増やす。
こぽぽ、泡を立てずにグラスを傾けながら注ぐ姿はレストランのソムリエに似ていて一護はこくりと喉を鳴らす。

「…お前は、老けて見えるよな…」
「心外だわ」
「今いくつだよ」
「にじゅうさんー」
「…ぜってえ三十代だ」
「この人酷い!」
「お前だって似た様な事言った!」

学生時代には老けて見られがちだった一護。しかし、大人になり立派な社会人になった今では実年齢より若く見られるようになった。最初のうちでこそ喜んだが日々を暮らしていく内に鬱陶しくなってしまった。
現に、浦原との出会いだってそうだ。

『え!?28!?嘘!!同い年かと…』

数回重ねたデートと言う食事会。初めて聞かれた年齢を言えばこう返してきたのでこめかみが疼き、頭に血が上ったまま席を立ってしまった。二年前の黒歴史は今思い出しても恥ずかしい。なんて大人気なかったのか…反省しても反省しきれない。
若く見られて嬉しいのはきっと女性だけなんだ…自分に言い聞かせて唇を尖らせる。きっとこの仕草も浦原から見れば幼い行動で、何度直そうとしても治らない。癖なのだ、多分…。

「一護さん」

さん付けで名前を呼ぶのは浦原の癖。
時々、苗字で呼ばれる時はなんだか他人行儀っぽくて本当は嫌なのだ。ベッドの上では呼び捨ての癖して…箸の先を口に咥えたまま浦原を見る一護の片眉は上がっている。

「んだよ…」
「美味しい?」

また…。
食事中に何度も聞いては一護に首を振らせる。縦に。
その度に浦原はふにゃりと笑ってこう言うのだ。

「良かった」

優しい笑み。本当に嬉しいのだろう。眼尻に少しだけ皺を寄せながら照れ臭そうに笑う。
貴方の為に作る料理が一番楽しいし、そして一番美味しい。恥ずかしげもなく放つ台詞に一護まで恥ずかしくなってしまうのだ。
ごちそうさま、おそまつさまでした。
慣れたやり取りに二人、ふふと笑い、揃いだって台所に立つ。
食事後の晩酌も後片付けも二人で。
帰れば暖かな食事と暖かな挨拶が待っている。

「…俺、良い嫁さん貰ったなあ…」
「フ、…浮気したら毒入りスープで一緒に行きましょうね?」
「…お前ならやりそうで怖いわ…」

嘘。余所見なんてしないように美味しい料理、作って待ってますからね?
一護の両手が泡だらけなのを良い事に唇へと触れながらニヤリと浦原は笑ってみせる。ちょっとだけ意地悪い笑みも…好きだったりする一護は赤くなった頬を摂取したアルコールのせいにした。





















ディナーの後には甘い口づけを、




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