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フ、と嘲笑した男は挑発する様に紫煙を吐いた。
ふーっ。目に見える灰色に近い白の煙が宙を舞う。それを目で追いながらも神経を尖らせた。

「喜助はね、若い頃からそりゃもうヤンチャでね。息子みたいなもんだったよ。美しく気高くて狡賢く冷静沈着で人を人とも思わないクソ野郎だった」

おっと、言葉が悪かったかな?ニコリと柔和に歪ませた笑顔は見ているこちらが反吐を吐いてしまいそうな位には胸糞が悪い。
一護はこれ見よがしに顔を歪める。ちりりと痛んだのは口端の切れ傷。三度殴られては腹も蹴られた。
畜生、加減を知らない素人がっ。
未だに疼いて仕方ない腹の虫が殺意を内側から沸き立たせる。油断したら、自由にならない後ろ手よりも先に口が出てしまいそうだ。
その喉仏、噛み千切ってやる。
ぐるる、鳴らした喉の威嚇が目前の男の耳に届いたか定かではないが一護は見た。ニタリ、先の柔和な笑みとは全く性質が違う笑みにゾワリと背中が泣く。不覚にも恐怖を覚えてしまう。目前の男、夜の街ウェコムンドを牛耳るLas Noches、藍染宗右助。所詮ギャングなこの男の執着はまるで蛇だと一護は考える。
浦原喜助。ラス・ノーチェスの中でも最年少の実績者であり藍染の右腕だとも界隈では有名だが、その実対した地位は得ていない。
金庫番、そしてマディスト。それが浦原の通り名でもある。幾度も藍染が正式な名を与えようとしてものらりくらりと交わしていたらしい。
自由を最も愛して退屈を最も嫌う男だった。少なくとも今ある一護の記憶の中では。彼が、嘘偽りも無く素面で一護に接していたらの話ではあるが。

本人の放浪癖は今に始まった事では無いと藍染は聞いてもないのに語る。

「昔から放浪癖と手癖の悪さだけはピカいちだった。何を仕出かすか分からん男が喜助だ。何をするのか、私はそれが楽しくてね。…フ。でも、私の金を盗んで逃げてはどこの馬の骨とも分からん男に手を出してたなんてね。いやあ驚いたよ全く、してやられたね!」

両腕を広げては大袈裟なジェスチャーをしてみせる。PRADAの眼鏡の奥底、口角は上がってるのにその奥の瞳だけは笑っていない。それが不気味で、そしてありきたりだ。
浦原はもっと酷い笑い方をした。
子供っぽく笑うのだ。心底楽しくて楽しくて堪らないといった笑い方をする。どんな場面でも、だ。
それこそ、人が列車に引かれ様が腹を刺され様が飛び降りようが世界が終わろうが。きっとどの場面であってもあの男の表情に張り付くのは満面の笑みだろう。無邪気を装った狂気の沙汰。本人に自覚が無いのがこの場合救い難い。
執着が人一倍強くてしつこく粘着質な男の金を盗んで逃亡を測った浦原と出会ったのは2年前。浦原が一護の前から姿を消したのは1年前。忽然と姿を消したこの一年間の中で届いた手紙はたったの3通。いくらなんでも薄情だろうが。
苛立ち紛れに、一護は殴られて開かなくなった左目を無理に開けて藍染を睨みあげた。
後ろ手に拘束され、跪き、命乞いをしてみせろと言わんばかりの状況。カウチソファに座った藍染の後ろには二人の組員が。どちらとも真っ白のスーツに身を包んではサングラスで表情を隠し無感動に立つ。一護の後ろには若手の組員がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて理不尽な暴力はまだかと狂人振る。
In the miniature garden in S.Maria.
短い文面。タイピングされた無機質の文字は一護にそう告げてここまで誘った。

「さあそれでは一護君とやら」

演技がかった物言いにピクリと眉が上がる。相変わらず、貼り付けた笑顔は好きにはなれず、胸にドス黒い蟠りを保ちながら一護は藍染を睨む様に見上げる。

「金は、どこだい?」
「知らねーってさっきから言ってる」

唸るみたいに振り絞った声は禍々しい殺気を含んでいたが、夜の王者から見れば子猫の威嚇にもならない。しかし、藍染はニタリと笑んだ後でホウと呟く。肝の据わった男だ。睨み上げてくる琥珀色の中央に鋭い殺気を見出して、オモシロイと思った。
組んだ足を伸ばしては足先でクイ、と一護の顎を上げる。

「じゃあ違う質問を」

無理な体制で上げさせられた顔。露わになった喉仏に絡みつくのは蛇の舌先だ。赤く長い歪な形の舌先がチロリチロチロと喉仏を悪戯に舐める。ドロリと粘着質な殺意が胸の内に恐怖を与えた。

「喜助は、どこだい?」

声色が打って変わった。低い、低い。憎悪と慕情を含んだ厄介な感情で持って呟かれて一護は耐え切れずにひゅうっと息を飲んだ。
そんなの…俺が知りたい!
叫びたくとも声を出させてくれない威圧感に自然と体が震えてしまう。
治まれ治まれ…治まれよっ!
体の震えを治めたくとも、両腕は後ろで拘束されているから抱き締める事も出来やしない。目の前には蛇の目。喉仏には刃にも似た殺意。万事休す。
浦原…。
居る筈の無い男に向けて懇願した。
なんで姿を消した。なんで今更便りをくれた。なんで忘れさせてくれない。なんで出会った。なんで恋をした。なんで、浦原…。
胸の内に鬩ぎ合う懇願が激情と化して、会いたいと強く願ってしまう。
一護に残された虚勢は、目前の男に決して涙を見せぬ事。それだけの事でプライドをかけて目をぎゅむっと瞑った。途端、聞こえたサイレンサーの軽い音が四つ。
シュタン、シュタン、シュタンシュタンっ。
想定した死の音と未知の痛みに体が恐怖で固まった。しかし、一向に訪れない虚無。恐る恐る瞼を開けて見たのは藍染の後頭部にトカレフのノズルを向けている男の姿。
白のスーツを窮屈に着こなし、真っ黒の髪の毛を緩く後ろで括り、サングラスで感情を隠していた。
室内に響いた静かな銃声と、生存者三人の閉鎖空間。一瞬にして固まったのは時間と空気で、一護は一体何が起こっているのか理解出来なかった。
唯一分かったのは藍染の背後に立つ男、その背丈が浦原と同じだった事。ハ、と一護は息を飲み込んだ。

「喜助…かい?」
「ストップ。振り返ったらブチ抜きます」

安易に動くな。低い声は聞き覚えのない声色で一護の鼓膜を揺さぶる。しかしながら言葉の選び、訛りは全て記憶の底の浦原と一致していた。どういう事だ一体…。きっと藍染も不敵な笑みの下に疑念を隠している。

「成る程…訛りも一緒だ。声だけでは分からんな。声帯を弄ったか?」
「顔も少し」
「ふ…馬鹿な事を。勿体無いな、芸術品だったあの顔に不躾なメスを入れたのかい?全てはこのクソガキの為に?ハッ!嫌んなるねえ全く!お見それした!そこまで惚れてたか喜助!とことん落ちた様だ!」

ポーカーフェイスを保っていた藍染の仮面が崩れる。一護の目前で。一護にだけ見せるように。徐々に人間臭くなる表面上の感情には殺意が多く含まれていた。
妬み恨み辛み憎しみ愛おしさ。生々しい感情の応酬に一護は目を強く瞑った。
Good boy,
優しい音色が耳に落ちた後で聞こえたサイレンサーの軽やかな音。そして肉体が地面に抱擁する不様な音。全てが終わった。一護は偏頭痛を起こしそうになった後頭部で思った。
そろり、瞼を開けたと同時に入り込んでくる数々の情報が視神経を刺激して頭痛を更に酷い物へ変えた。
動かぬ身体が四つに増えた室内。煙の舞ったノズルを興味なさそうに視界へ収め、それから流れるようにサングラスを取って一護を見た。
ああ…浦原だ…。
どんなに顔の作りが変わっていようが瞳だけは簡単に変わらない。透き通るグリーンに綺麗な金色、中央は吸い込まれそうに深い緑色そしておざなり程度の狂気を含む。こんなに…嫌な目をしてるのは浦原を置いて他には居ない。

「お久しぶり一護さん」

ワンランク落ちた顔立ちはそれでも二枚目に変わりは無く、大して己の顔立ちにも興味が無かった男の心情が手に取るよう様に分かる。簡単に、…きっと簡単に捨てたのだろう。本来の仮面を。
思うとぎゅうっと心臓が鷲掴みにされる痛みを味わい、一護の顔はくしゃりと歪んだ。

「長かった。会いたかった。寂しかった。淋しい思いをさせた。ごめんね?ごめんなさい。愛してる」

乱雑に紡がれる狂気が耳に心地良いだなんて…俺も大概、螺子が外れてる。
近付く懐かしの瞳にとうとう一護の瞳からハラリと音も無く涙が零れ落ちた。





















サンタマリアの箱庭で




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