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ここは世界の隠れ蓑。
天に聳え建つ歪みひとつない高層ビルディングの隙間。埃臭い路地裏は空を狭く見せ、喧騒から遠退きやがて夜を色濃く鮮明に照らし出した。
くすくす笑い声が木霊する。大通りを様々な人が行き交うが、誰も夜の笑い声と蜜夜には気付かず繁華街のネオンに照らされ理性を緩めた。
黒のTシャツと細いスキニーは同色。腰回りを支えているのは銀色のスタッズがついたベルトでシャツとスキニーの間からは彼が腕を挙げる度にスモーキーピンクのボクサータイプの下着が見え隠れする。
くすくすと彼は笑う。
片手にはハイネケンと指先にナチュラルドラッグを挟み、目を合わせながら酒を煽いだ。斜め上に流した目線は見事な角度を持ち浦原の金色をピタリと見るからお手上げだ。一体、いつからこんな色仕掛けを覚えたのか。浦原は自分の不在を少しばかり後悔した。

「飲まねーのか?」

浦原の左手を指差して笑う。
飲まないのなら俺が貰うと少し舌足らずに言い、伸ばされた手をひょいと避けて酒を煽った。舌先で爽やかな炭酸が弾ける。アルコールは最初は甘くて後が苦い。勢いをつけて煽ったから口端が濡れた。浦原は一護と目を合わせながら指先で拭う。
白いシャツ、ピンクの鮮やかな色がストライプ状になっており胸ポケットには有名なオーブのマークが刺繍されている。合わせて着こなしたアクアブルーのスキニーにシャツを入れて一護とは違う細みのスタッズ付きベルトを使用。嫌味なくらい似合っているのが気に食わないと葉っぱを吹かしながら再び笑った。

「てめえの復帰祝いだ。お勤めご苦労さん」

掲げた瓶の緑が鈍く光る。そして同じく中の透明もやんわりと鋭く光った。これには浦原も苦笑し、同じ様に傾けながらカンとガラス音を鳴らす。

「アナタが嵌めた癖に」
「嵌る奴が間抜けなんだよ」
「まさかあそこで女の遺体が出てくるとは思ってもみなかった」
「感動の対面だな」
「ええ。感動しました。そんなに嫉妬してただなんて。君、顔に出ないからねえ」

にっこり浦原は微笑む。
冗談じゃねえと一護は舌打ちしたい気持ちになったがここでボロを出してしまってはこっちが食われてしまうと口角を上げる。

「あれはお前の商品だろうが。手にかけたのはお前だ馬鹿野郎」

柔和に笑んで酒を煽る。弱い癖に煽ってみせるのには訳があった。
身体全体に回るアルコールの倦怠に己の理性を保つ為だ。舌先に乗る苦い味が脳を殴打する。

「まあ良い」

くふりと笑って後ろポケットから馴染みの煙草を取り出して一本、口に咥えた。

「時間と金ならいくらでもある」

保釈金をいくら積んだのか。それは一護の用いる情報網にも引っかかっていない。とても悔しいが頭脳に関しては男の方が断然有利であった。ハーバード出身の称号が泣いてるぜ。口汚く罵る。

「っと…すいません。火、貸して頂きません?」

シガレットを咥えながら後ろポケットを両手で弄る仕草を見せてから笑う。約一ヶ月振りに見た男からはだらしない無精髭が消えていた。
慣れない事はするもんではない。一護は早々に笑みを消し去り元の無愛想な面持ちでポケットから取り出したジッポを投げて寄越した。
投げ出されたシルバーのジッポを片手でキャッチした浦原は手の中のジッポを見てフと笑う。

「違う。そっち」

視線ひとつで全てを語る男なんて稀であるが、一護の目前の男はいとも簡単にやってのけるから今度は一護の方がお手上げ状態だ。
一歩身を寄せた浦原の咥えた煙草に自身の煙草の火種を移す。ジジジ、葉っぱの焦げ臭い香りが漂い、近付いた男からは香水と石鹸の香りが漂った。眉間に皺を深く刻む。
伏せた瞼。睫毛に射し込むネオンの安っぽい光が当たり影を作っては縁を描く。ジジ、火種が十分に行き届いた煙草からはうっすらと白い煙が生み出される。ゆっくりと上げた瞼。中から覗いた金色に琥珀色は囚われてしまう。まあなんだ…一護は内心で苦笑した。
囚われてしまったのはお互い様か。
人の執着と言う物は末恐ろしい。両者の間に生み出された白の煙が燻り路地裏をより埃っぽくさせる。最早、間にあるのは愛か憎悪かも分からなくなっていた。ただ、手の内にあるのは確かにお互いの心の臓。心だ。トゥモローネバーダイ。一護の背後にあるビルディングの地下にある古びたbarで女性ジャズシンガーが歌った。
何も発さずに煙草をゆっくり吸う。互いに視線は外さない。外したら立ち所に喰われてしまうと熟知していた。アルコールが回った身体はぽってりと火照り理性を危うくさせ、舌先を刺激した葉っぱの焦げ臭さが喉の渇きをいっそう酷くした。ゴクリ。一護は喉仏を上下させて唾液を飲み込む。それが合図だと言わんばかりに浦原の腕は腰を引き寄せ唇を貪る。久しく触れた他人の、浦原の唇が馴染む。その薄い柔らかさと冷たさ。背後に当たるコンクリートの硬さに目を顰めてみせても浦原は動じる事なく笑いながら膝で股座を刺激する。ハっ、漏れた吐息に舌舐めずり。絡み合う舌先は既にどちらの唾液で濡れてるのかも分からない。
呼吸を奪う口付けに苦しくなってアスファルトに瓶を落として両腕を首元へ回した。ガシャンと音が奏でられ瓶が無様に割れる。
ん、ん。角度を変えてより深く弄られ舌先を甘く噛まれたら一溜まりもない。もっと、侵入させた舌先を甘受される。路地裏の入り口で若者が下品な声をあげ笑い、闇の中の一護達に気付いては野次を飛ばし去った。

「ハ、見られ、…ちゃいましたねえ」

くちゅり。態と音を立てて唇を離して笑う。耳の裏に指を滑り込ませて撫でる手つきはなんら変わっちゃいない。たった一ヶ月なのにこんなにも飢えていた事実に一護は舌打ちをした。あまり認めたく無い依存が目の前でいやらしく金色を光らせながら唇を舐めた。

「かまわねーよ」

見られようが野次飛ばされようが後ろ指さされようが何も構わない。いっそのこと世界が敵に回っても…随分と大きく出た物だ。敵だらけの世界で生きてる癖にそう言う綺麗事を思案してしまう辺り脳内は酷い具合に滅茶苦茶。離された唇を悪戯に噛んだ。口端から食んで下唇を舌先で撫でる。もう一度キスを、唇の感触だけで伝えた。
夜の闇が路地裏を責めて空を狭めては二人をひっそりと世界から隠した。















BGM>>sheryl Crow:tomorrow never dies.

Tomorrow Never Dies




あきゅろす。
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