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星を見に行こう。
そう言った馬鹿が訪れたのは締切間近の夕暮れ時。ドアを開けるんじゃなかったと一護は後悔した。

「いやだ」
「ちょっ!待って!待って!」

閉めようとしたドアの隙間に足を入れて阻止。
眉間に皺を寄せ、険しい顔でこちらを睨んだ一護が隙間から覗く。咥え煙草に目の下の隈。疲労感たっぷりと言った具合で琥珀色の甘い瞳はざけんなクソ野郎と口汚く浦原を罵った。ハハ、苦笑交じりに、けれども引こうとしない浦原を睨み続ける事数秒、合わさった瞳と瞳の押し問答に先に折れたのは一護だ。




ちりんちりん。
横を通り過ぎる女子高生の乗った自転車は挨拶代わりにベルを鳴らした。翻るプリーツスカートが目に眩しい。一護はにんまりといやらしく口角を上げながら紫煙を空へ吐いた。夕暮れ時の黒と赤が入り混じった色が空一面を占めて衛星の光を灯し始める。

「これ…結構、…き、っつい!」

息を荒げながら浦原は腰を浮かせてペダルを漕ぐ。その後ろで一護は横座りのまま煙草を咥えて上下に揺らす。

「根ぇ上げんの早すぎだ」

ゆらゆら揺れる金髪。綺麗な形の後頭部をペシリと叩いてフーっと紫煙を吐き出す。
そろそろ日が落ちる時刻だ。空を仰げば北から徐々に闇が侵食している。蒸し暑い日中の温度が闇と共に薄れていくこの瞬間こそが夏だと一護は思っていた。すうっと空気を吸い込む。夏の香りがする。僅かだが、疲れが引いた気がした。
ひどいっス一護さん…。叩かれた頭を片手で摩りながらメソメソ言う浦原の背中をチラリと見て、まあたまには良いか。と小さく呟いた。通り過ぎた夏の風に金髪が揺れる。夏だなあ…思いながらも言葉の積み木を新しく脳内で積み上げた。
星を見に行こう。今度の新刊はこのセリフから書き始めてみようではないか。クク、喉元で笑って広い背中を見つめた。




「曇ってんじゃねーか」

連れてこられたのは近場の公園、その高台。
町全体が見渡せ、ちょっとした穴場となっているから煩わしいカップルの類も居ない。浦原のお気に入りの場所として一護も知っていたが、仰いだ空は生憎の曇り空で星がぼやけて見えていた。

「えー!なんでだよなんで曇んの!」

自転車から降りてハンドルを持ったままそう叫ぶ浦原の表情は情けない程に歪みガクリと肩を落としている。ジーンズの後ろポケットから新しい煙草を取り出し封を開け、火をつけて吸い始めた一護は浦原を見上げてチっと舌打ちした。

「一護さん…そこで舌打ちって、なぜ!?」
「てめえが雨男だからじゃねえの」

でっかくなりやがって面白くねえ。本心はそれだが一護にも大人と言うプライドがある為、言わずに飲み込み代わりの言葉を吐き出した。

「一護さん晴れ男でしょう!晴らして!」
「無茶言うな。なんですか?今時の男子高生は大人がなんでも出来る魔法使いだとでも思ってんですかー?」

ひっかけてきたビーチサンダルをぺたぺた鳴らして浦原の横を通り過ぎ階段を上る。高台の更に上にはおざなり程度の展望台があり、そこへ行くには雑草だらけの階段を上らないといけない。
待って下さいよ!と浦原は素早く自転車にチェーンを掛け停めて一護の後へと続いた。
すっかり暗くなった空に衛星の光だけが濃く映り、他の星達の煌めきは薄い雲によって覆われ鈍く色を見せる。せっかくの七夕なのに…。また項垂れながら浦原は一護の隣に立った。
手すりに腕を置き、ぶー垂れながら空へと不満を吐く。

「なんだお前、意外とロマンチストなんだな」

フフ、咥え煙草のまま笑った一護を横目で見ながら更に唇を尖らせて見せる。

「ロマンチストですよ。だって一年に一回ですよ?」
「何が」
「織姫ちゃんと彦星クンが出会う日」
「…馬鹿に拍車かけるようなセリフだな。」
「天の川を一護さんと見たかったのに…」

ウウウ。一護の罵倒も聞き流して両手で顔を抑えた浦原を見て面倒臭いと思いながら背を向けて手すりに寄り掛かる。上を仰げば空しか視界に入らず、まるで宇宙に漂っている感覚を味わいながらフ、と口角を上げて笑った。

「まあなんだ。…あんがとな」
「へ?」

空を見上げながらそう言った一護の表情は珍しいくらいに穏やかな笑みで、浦原は間抜けな声を出したままフリーズ。久しぶりに見た一護の笑みに未熟な心は歓喜の声を荒げて鼓動を早めた。
これは…今日ならイケる!
下心8割の気持ちを持て余し、ゴクリと唾を飲み込んだ後、一護の前へと移動して挟み込むように両手を手すりにかけた。
ぐぐっと近づいた距離、浦原を見上げた一護の瞳がキラリと光る。大丈夫か?自分自身に問いかけながら顔を寄せ、唇を狙うが浅はかな思いを読み取った一護の右手にキスは阻止された。バシン!と鋭い音が辺りに響き渡り、浦原の頬を赤くさせた。
手痛い平手打ちに一護のガードの固さを思い知る。

「チョーシにのんなクソガキ」
「っ、…良いじゃないっすか!キスくらい!」
「良いわけあるかっ!ここをどこだと思ってる!公共の場だ!公共の場!TPOを弁えろ!タイム!プレイス!オケイジョン!分かったか!?ドゥーユーアンダースタンドミー?」
「…そん、な…大声で叫ばなくても…」

叩かれた左頬に手をあてながらまたシクシクメソメソと拗ね始める。涙声交りにイエスと素直に答えたのは良いが、近づけた距離だけは元に戻そうとはしていない。是が非でもイチャイチャはしたいらしい。
一か月放置だったからな…。仕事に感けてメールも電話も、まして会う事さえもしてこなかった事を思い出してハアと息を吐く。
性少年が良くここまで持ったな。それくらい、一応敬意は払ってるつもりだったが一護の性格上、それを上手く示せない。飽きられても仕方無いくらいの放置振りだったのに未だに彼は体全部で好きだとアピールしてくれる。それが嬉しいんだと、どうしても言葉に出してやれない自分がちょっと憎たらしい。

「…おい。浦原…」
「はい…?」

若干潤んだ金色を見てげえっと吐きだしそうになる感情を飲み込みながら人差し指を動かして誘う。

「一回だけだからな」

ばつ悪そうに視線を反らした一護を見て、きょとんと眼を丸めた後、全てを理解した浦原の顔はパアっと明るくなって満面の笑みを浮かべた。
寄せた唇、触れあい重なり合った唇。柔らかくもない薄い唇同士の約一か月ぶりの触れ合いに両者の心は柄じゃ無いくらい激しくリズムを刻みだす。
ドックドックドクドクドキドキ。
ああ、離れがたい。一護は抑えきれない情を両腕にこめて浦原の首元へと回す。浦原もまた、同じ感情を両腕に込めながら一護の腰へと回しぎゅっと力を込めて抱き締め、唇を甘く噛んだ。
キスに夢中になった二人の頭上を星が流れた。その事を、二人は知らない。



























てんのみかく




あきゅろす。
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