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黄色じゃない透き通った金色。よくよく見れば中心は青丹色。きっと何十種類もの色彩がひとつに凝縮されて彼の瞳は出来上がっているのだ。
同じく、金髪は時々いたずらな風に揺れてシャンプーの程良い甘さを漂わせる。靡く髪につれて天使の輪もきらきら光る様はどこからどう見ても天使だった。
浦原は一護の初恋の相手。
一護が15歳の頃、近所に引っ越してきた彼は母親の後ろに隠れながら黒崎家へ挨拶に来た。
一護よりも7つ歳下の喜助はかなりの口下手で、ロシアから移って来た事もあってか日本語があまり得意では無かった。美しいブロンドの髪を持つ母に背中を押され、一護の前に出ても首を横に振るだけで一切口を開こうとはしなかった。
妹達が出来た時も確かに感じた感覚が15歳の一護に芽生える。
喜助は弱くて泣き虫だった。外見が外見だった為、いじめっ子達の格好の餌食になったのだ。それを助けるのが一護の役目だったし、喜助にはずっと笑っていて欲しかった。
最初は母のそばにずっとくっついて離れ様としないくっつき虫だった癖に、一護が根気強く浦原宅に通いコミュニケーションを取ると徐々に一護への警戒心を解いていった。まるで猫だ、思って嬉しさを味わう。誰にも懐く事をしなかった猫が自分にだけ懐いてきた。そんな感覚と共にある感情もまた、子供ながらにも芽生え始めていった。
浦原は母離れをしたが、今度は一護にくっついて離れなかった。
金色と緑が入り混じった瞳で見上げてくる。楽しい事があれば笑い、拗ねる時は頬をふっくら膨らませて拗ねた。怒るのはあまり見た事がない。怒るよりも先に悲しみが来て直ぐに涙してしまうのだ。
好きだなあ。思ったのは一護が17歳の時。浦原は10歳になっていた。

エル・エー・エックスのエントランス、その中にある様々なショップで物色している時に見付けたローザマリアネックレスは可愛らしい桃色の袋に入れられ、ピンクのリボンで封をされている。ラッピングされたネックレスを鞄の中に潜めて羽田空港に降り立ち、久しぶりの母国の香りをかいだ。やはり、あちらとは違うな。それがなぜか嬉しかった。
6年振りに帰国したから空港内は変わっていて何度か迷った後にタクシー乗り場まで辿り着いた。平日の昼時だ、スムーズにタクシーが拾えて出だしは好調と口角を上げる。
家族には既に連絡していたが、浦原には知らせていなかった。だって驚かせたい。その一心だけが一護の鼓動を速める。
大学で受けた留学と、向こうの大学で院生としての務めを終えての帰国だ。別れたのは一護が19歳、浦原が12歳の頃。まだ高校に上がる前だったから制服姿が見れなくて残念だと思ったが、ロサンゼルスの寮に届いた手紙には写真も同封されていた。真新しい紺色のブレザーが大きくて、小柄な彼をもっと小柄に見せていた。それがとても可愛くて一護はパスケースにずっとその写真を入れ持っている。ふふ。タクシーの中、移ろいゆく風景を流し見て自然と声を出して笑っていた。

「兄さん、これからデートかい?」

タクシーの運転手も一護の笑みにつられて笑い、上機嫌に声を出した。一護も笑みを濃くしながら答える。

「いんや。初恋の人に会いに行くんだ」

やけにロマンチックな言い方となってしまったが良い。久しぶりの母国語がすんなり身体に滲んだ。



少し歩こう。見知った景色が窓から入って来たのを見越し、胸が高鳴るから近所の商店街で車を停めて貰った。
店並びは変わったが、空気は変わることが無くて嬉しく思う。商店街を抜け、公園を抜け、住宅街に入った所で煙草を取り出して吸いながら歩く。殺人的な太陽の熱を受けてアスファルトはじりっと焼け、蒸気を足元から上げる。冷え性なアイツは夏が嫌いだったなあ、考えてまた笑う。

「いっくん?」

そうそう、小さい頃はそう呼ばれていたっけ。懐かしい記憶が頭を過ぎり、またもや胸を高鳴らせた。

「…いっくん?」

メンソールが漂い鼻腔を燻る。愛煙する煙草とは違う香りがし、鼓膜を揺さぶった声に後ろを振り返れば男が一人、立っていた。
左手はスイカの入った袋を持ち、右手には煙草を持っている。黒のタンクトップにジーパン、足にはサンダルを引っ掛け、赤いボンボンのついたポップで可愛らしいヘアアクセで前髪を止めていた。露わになる額には汗が浮き出ている。
はて?一護は首を傾げながら男を下から上に見た。
やけにモデル体型な男だ。手足は長く、身長も一護より頭ひとつ分でかい。端正な顔立ちはさぞや女にモテるのだろう。と、ここで一護の心にうっすらと影がかかった。
ミーンミンミン!蝉が一斉に鳴く音が遠くで聞こえる。ああ、夏だなあ。思いながらも別の事で頭がいっぱいいっぱいだ。まさか…。

「まさかと思うが……」
「ああ良かったやっぱりいっくんだ。久しぶりっスね。アタシの事、覚えてます?」
「き、喜助…?」
「ビンゴ!」
「嘘だと言え!!!」

うっかり、心の叫びが口を通して出て来てしまい、目前の金色がきょとんと丸まった。へ?そんな声も聞こえたが一護の脳内は今、それどころではない。
まだ小さかった。俺の背丈を抜かない喜助。頬を膨らませて拗ねる喜助。眩しい天使の様な微笑み。いつだってちょこちょこと後ろをついてきた可愛い可愛い喜助。絶対、美人に育っていると思っていた。自分好みに育っていると。甘い香りを残し、甘えた垂れ目に少しの色気を灯して。そうして一護に微笑みかけるのはあくまで一護の想像上の喜助で、実際は目前に居るやたら体格が男らしくなった喜助で甘やかな顔立ちには無精髭が全てをぶち壊すようにして生えていた。煙草の香りとスパイシーな香水の匂いを纏う。一護の中の喜助は決して煙草なんて吸っていないし無精髭も生えていない。背だって一護よりは小さいし、そんな馬鹿みたいな髪型もしていない。

「ただのイケメンじゃねーか!」
「わあ褒められちゃったありがとうございますう」
「褒めとらんわっ!!」

えへへと頭をかいた浦原を見て頭を抱えた。
計画的にはこうだった。再開、懐かしい昔話、マリアのネックレス、そして告白。全て完璧にシュミレーションしてきた筈なのに出鼻を挫かれた。まさかこんな…ここまで成長が良いとは聞いていないぞ!心中、叫びまくる。

「俺の天使を返せよ…」
「は?なに?」

聞き取れずに浦原は一護へと近付く。ぐっと近付いた瞬間、蝉がまた愛を叫んだ。
ミーンミンミン!ミーンミンミン!
ああ畜生…夏だなあ。頭の隅っこではどこか冷静な自分が居て、馬鹿を覚えたみたいにそれだけしか呟かない。
香水と煙草と汗の香り。夏の香りを印象付けた浦原を睨み上げる。

「飴玉、好きっすよね?」
「…は?」

ジーンズの後ろポケットから某キャンディ二本取り出し、一気に封を剥がして一本は自分の口へ、そしてもう一本を一護の口元に押し寄せた。

「なんだよ…」
「お家。帰るんでしょ?だったら遊子ちゃん、怖いっすよ。煙草の匂い嫌いだから。アタシそれで2時間くらい説教受けました。受けたい?」

正座っすよ?流暢と言うか砕けた変な物言いに慣れず、ぽかんと口を開けば有無を言わさずに突っ込まれる。口内に爽やかなオレンジの味が広がった。

「おい…まさかと思うがお前…遊子に手ぇ出しちゃいねえだろうな?!?!」

初恋をものの見事に忘れ、一護は兄の顔へと変化させガルルと唸る。
フ、浦原が見下しながら笑う。もう、あの小さくて可愛い天使みたいな生き物の面影は全て、無い。

「遊子ちゃんはアタシのライバルっす」
「は、あ…?」

ふふふ。一護の問いかけを無視して横を通り過ぎた浦原を振り返ってその背中を見る。19歳にしては出来過ぎた背中だ。
畜生。一護は呟いて歩み出し、負けじと歩幅を広げて隣へと並んだ。
ふふふ。肩を並べた一護を見下ろし、そしてまた笑う。
あんだよ、と一護は乱暴に吐き出す。唇は尖っており、昔からの拗ね方が変わっていない事に安堵してまた嬉しくなってふふふと笑った。
ミーンミンミン!ふふふ。ミーンミンミン!ふんっ。ミーンミンミン!夏の音が恋を含んで大袈裟に鳴った。






















Love in summer and the smell




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