[携帯モード] [URL送信]
イエス、マスター。あなたの犬は最高に出来の悪い駄犬でした。



静かな暴力の音が鳴る。鳴り響く。
古びた廃墟ビルにはお誂え向きだと言わんばかりの音が響いては木霊して罅割れた灰色の壁に亀裂を走らせる。外で老犬が鳴く。サルヴァドールは間近だ。
ゴッ!ゴッ!バキッ!ガキッ!
連動する音が形となって一護の琥珀色を染め上げた。
両腕は椅子の背に、そして両足は椅子の足に縛られている。身動きも取れず、唯一自由になるのは首と頭と視界だけ。それでも目の前の光景から目が離せないでいるのは、繰り広げられる不出来なパフォーマンスに心が痛んだから。
つい2時間程前まで元気に罵声を浴びせかけた輩の数人は最早その顔の原型を止めてはいない。リーダー格だろうと思われた男の右腕はバキリと折られ不自然な方角に挙手をしていた。
あの手で殴られた頬の痛みに比べたらきっと格別に痛かろう。だがしかしその同情も空の彼方に消え去った。
ガキッ!バキッ!バキャッ!ゴキッ!
灰色のアスファルトにかかる血痕のどれもこれもが鮮血過ぎて眩暈がする。浦原はらしくもなく顔を歪め、一点だけを見つめた金色の瞳も瞳孔が開かんばかりに血走っている。
振り上げる腕、そして降ろされる拳と足。
もう、この部屋で息をしているのは目前の狂気に歪んだ男と一護のたった二人だけだ。

「…らはら…」

一護は前を見据えながら声を出す。

「浦、原…」

掠れた一護の声に応えるのは人の骨を砕いている音。

「…浦原。」

柄にも無い正気の失いっぷりにこちらの心臓までもが痛く、一護は俯いて自分の足を視界に入れ唇を噛み締めた。

「浦原っ!!」

響いた声に暴力の音が止む。
悲痛な叫びと同様の声が今度はハっと息を飲んだ。
止まった音と、皮靴がアスファルトを蹴る音。ゆっくりと近づいてきた浦原が怖いが、堪えながらそろりと顔を上げて浦原を睨んだ。
黒のスーツに黒のズボン。黒のシャツに黒の皮靴。真っ黒ずくめのその姿は彼のステイタスであり、はっきりとした色彩は金髪の髪と金色の瞳、ただそれだけだ。みなが面白がってカラスと名付けた男は成長するに連れて些か乱暴なキリングマシーンとして化していたので一護の手を焼いた。
見境がなくなるのは一護の手前でだけ。冷静さが男の取り柄でもあるのに、主人の身に何かあった時だけ箍が外れた様に好き勝手暴れ狂う。まるでこの機会を待ちわびていた、と言わんばかりの狂いっぷりに可笑しくて涙が出そうだ。

「…浦原」

戻ってこい。言葉裏にそう願って目前に跪いた浦原を見る。
一護の声に一瞬だけ瞳が揺らいだ。
やんわりと揺らいで、口端の傷を見定めた瞬間、冷たい殺意で曇る。
浦原はギリリと下唇を噛みながら頬へと手をはわした。肌に触れた温度が冷たくて、そして血生臭く更に一護の心中を嵐の様に狂わせた。
戻ってこい。浦原。そう瞳で言い、触れた掌にすりすりと頬を寄せて己の温度を与え分けた。
暖かい温度が浦原の掌を傷つけて癒し、そして叱る。
傷ついた彼はかれこれ1週間も拘束され、汚い罵声と理不尽な暴力の渦の中に居ただろう。それでも堪えたのだ。堪えて堪えて堪え忍んで、きっとここで息絶えたならず者達にも天国の門が見える様にと祈るのだ。黒崎一護はそういう男だ。
優しくて馬鹿でお人よしで強くて弱い。まだたったの16歳の少年だ。
大財閥の孫息子。それが黒崎一護の世間での肩書で、幼い頃から頻繁に誘拐されては侮辱され続けてきた彼。酷い時にはレイプもされている彼。まだこんなに幼いのに、眉間に刻まれた皺が優しい彼。どんな暴力にも屈しない彼。愛しい子供が今、浦原の目の前で汚された事に酷い憤りを感じた。
痛かっただろう。
浦原は何度も頬を撫でる。傷を消そうとしている様な縋り方に一護の方が笑いたくなった。
怖かっただろう。
それでも琥珀色の瞳は真っ直ぐ澱みなど無く浦原を真摯に見つめる。あまりにも真っ直ぐだから浦原は目を顰めてその華奢な腰を抱き、腹に顔を埋めて泣いた。

「…浦原……」
「…うっ、…うっ、グっ」
「…せめて解けよ…」

男泣きを始めた浦原の揺れる髪の毛に触れたいのに、拘束された腕じゃあ癒す事も出来やしない。
上品なスーツが汚れる事も厭わず、地面に膝をついて一護の腹の上で涙を零し嗚咽を吐き出した。
血生臭い部屋に、今度は哀愁が漂う。
ぶっ飛んでやがる。
まるで懺悔を乞うた様な泣き方をしてみせる大人と数体の屍。ところどころに飛び散った血痕とアスファルトの色。そして老犬のサルヴァドール。見事な構図にハハ、と一護は笑ってみせた。唯一、一護が狂った色を醸し出した瞬間でもある。
暫く、嗚咽は止まりそうにもない。




















フィルム巻くリズムはメランコリック




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!