38 第一印象からでは、死んだ様に眠る人だと思っていた。 仰向けのまま、手は腹の上で組んで寝返りなんて打たない。寝息も静かでぱっと見死んでるんじゃないかって人の心臓をドキっとさせ、僅かに上下する胸を見てホっと安堵させる。そんな寝方が似合っている。ってかそんな寝方を想像していた。 「…これは、予想外だ…」 漫画みたくこんもり盛りあがった布団。まさかと思ってひっぺ返して見れば中には想定した通りの人物が丸まって寝ていた。 胎児が良くする様な寝方。足を折り曲げて小さく小さく丸まった浦原喜助は一護によって剥がされた布団を探す為に手を彷徨わせながら低く唸る。寝間着でもある薄い生地の浴衣では未だ寒いのか、手に掴んだ布団の端を引っ張って眉間に皺を寄せた。きっと思い通りに包まれない事への不機嫌さを醸し出しているのだろう。 「ガキか…」 「…う、うーん……」 5月の中旬にさしかかっても明け方は肌寒い。寝ている時は体温が上がると聞くが、きっと年中無休で低体温なこの男は足の先まで冷え切っているに違いない。 布団と言う温度が無くなったのに対し、浦原は尚も小さく体を丸めて敷布団の上で丸まった。 「おい、浦原」 「……」 自身の膝に顎を埋める体制で寝息を立て始める。 「おい!浦原!」 「……なに」 声を荒げて大きく叫べば今度は不機嫌極まりない音色で言葉を発した。これも意外だが、寝起きの浦原からは敬語が消え失せる。本人も自覚していない厄介な癖。 「朝!今日は仕事が入ったから起こしてって頼んでたろーが!!」 「……何時」 「7時!!予定は!?仕事何時からだよ!」 「…9時」 片目だけ見開いた瞳からは緑色だか金色だか分からない曖昧な色が現れ、彷徨った後で一護を見定めた。 やけに冷たい色だ。朝方の浦原の瞳はとても冷たくて無機質なのを一護は知っている。 「じゃあ今起きろ」 「あ……黒崎さんだ」 「…やっと起きたかよ…ほら、顔洗ってこい」 一護を見た後でとろんと瞳が蕩け、元の一護が見知っている浦原喜助へと変化する様に内心でホっと安堵した。 朝の浦原はなんてーか、精神的に苦手だ。常々、そう思っている。 「まだ寒い…」 「湯で顔洗えば良いだろ。テッサイさんが朝食作ってるからそれ食って、ってうわあ!!」 「凄い…子供って本当に体温高い」 ベタな展開ではあるが、油断していた一護の手をありえない力で引っ張り体制を崩す。バランスを保てなくなった一護は引き寄せられるがまま浦原の上にダイブ。 きゅうっと抱きしめられていると実感したのは胸元にくすぐったい感触を覚えた後だ。 金色の髪の毛が寝ぐせをそのままで胸元をくすぐり、フフと軽めに笑った浦原の吐息がシャツ越しから伝わる。 「て、んめえ…」 「あと30分。ダメっすか?」 やけに甘えた声だ。一護は眉間の皺を数本増やした。 「ダメだ」 「えー。黒崎サンのケチぃ…」 「お前が起こせつったんだ」 「8時半にね」 「今起きてた方が楽だろうが!!仕事しろボンクラ!」 「…ボンクラ……初めて言われた…」 どうにか体制を整えようと(この腕の中から逃れなければ)手足をじたばたさせてもびくともしない。一体、この細い体のどこからこんな馬鹿力が湧いてくるんだ!と言わんばかりの強さに諦め半分、そして劣等感半分。一護の葛藤も知らず、件の男は人様の胸元で額をグリグリと押し付けて甘える素振りを発揮させる物だから一護の怒りのボルテージは上へ上へと昇る一方だ。 「初めてが俺で良かったじゃねーか!!つかお前、もうバッチリ目ぇ覚めてっだろう!!」 「…ぐー、ぐー…」 「寝た真似ヘタクソ過ぎて涙が出るわ!!」 「ぎゃん!!……なにも、渾身の力で殴らなくても…」 いい加減腹が立ったので握りしめた拳を振り上げ、浦原の頭上目掛けて振り下ろした。ガツンと良い音が鳴り、浦原は情けない程の声を上げ涙目で恨めしく一護を見上げる。 子供宜しく尖った唇にフンと鼻を鳴らし、今度は額を狙って軽めにデコピン。ぱちんと小粋良い音が鳴る。 「…仕事終わらせたら俺とデートだろうが。ちゃっちゃと片して来い。馬鹿浦原」 二度目の攻撃にくしゃりと顔を歪ませた浦原の鼻先を摘まみながら出来るだけ早口で捲し立てた。 デートと言う言葉に少しだけ抵抗はあるが、一護だって今日と言う日を楽しみにしていたのだ。いくら片づけなければならない急用の仕事が彼に入ったとしても午後までに終わらせれば後の時間は互いの自由時間となる。 今日は見たい映画があるんだ。浦原を見つめる琥珀色が不機嫌に歪んだ。 「…はい。君と久しぶりのデートですからね。うん。頑張ります」 語尾についたハートマークはこの際良しとしよう。 緩んだ腕の中から一護は抜け出し、浦原も習って起き上がる。 ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、あの腕の中が心地よくて名残惜しいだなんて今はそんな事絶対口に出して言わない。 引き結んだ一護の唇に浦原は二回だけキスをした。 目覚めのキスは二度だけ。 |