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涙の温度を思い出した日に



涙よ、枯れろ。


涙の温度を思い出した日に


一昔前までは泣き虫弱虫だった。何年前かなんて、もう忘れてしまったけれど。
あれから泣く場面はそうそう無い。強く願った思いが胸の内に塊を作り涙をせき止めてしまったみたいだ。泣けない体になってしまった。一護はホウっと息を吐き出す。

「……なにこれ、悲恋だなんて聞いてないっスよ…」
「…ほら。」

隣でぐしぐしと鼻を啜りながら目を乱暴に擦る男に横からティッシュボックスを差し出す。小さくありがとうと呟いて、浦原は一気に3枚くらいのティッシュを取り出してはそれで涙と鼻を拭った。
泣ける、のか。一護は自然に思う。大層失礼な考えだけれど。
二人がけのソファ、肩を並べて座った右隣の浦原をチラリと盗み見た。
金色の淡い髪の毛をゆるく後ろで結び、DVDを見る為にかけた銀色フレームのだっさい眼鏡。レンズにも付着したのか、眼鏡を外して同じくティッシュで拭き取る。

「おい、…それは、レンズ傷つくだろう」
「…?ああ、まあ…」

一護に言われて初めて気づいたとでも言わんばかりに浦原は一旦手を止めて眼鏡を眺める。
でもまあ、良いです。次に続く言葉は安易に想像ついた。現に彼が次に言ってのけた言葉は、一護が思ったのと全く違える事なく同じだったからだ。
一護は一息つく。
週末だし、互いに給料日前だから金も余裕が無い。だけど持て余した休日を無駄には過ごしたくない。そう思ってのDVD鑑賞。無駄にスペースが余った浦原のマンションの一角で。大きな液晶テレビで見る昨年のヒット作はストーリーを重視していたのが良かった。話題作はどれもこれも外れが多い分、今回のも然程期待はしていなかったから、感動は大きい。
エンドロールが流れたのと同時に浦原の瞳からも大粒な涙がボロボロと面白いくらいに流れ出した。
ぐす、と鼻を啜る音が聞こえた時、一護は幻聴か?と思ったくらいだ。
浦原喜助とお付き合いを始めたのは一護が大学2年生に上がってから。サークルで同じだと言った悪友に紹介されてからはグループで連れ合う仲になり、二人っきりで飲む事が多くなった。
共通話題はほとんどが映画の話しだった。
馴染みのティム・バートンだったり、ジョージ・ルーカスにスティーヴン・スピルバーグ。
一護はアクション系、浦原はヒューマン系を。好みは違うが、お互い一番好きな映画はばっちり被っていた。
リュック・ベッソン脚本のレオンだ。
初めの飲みの席で話題に上がったタイトルが、互いに映画好きになるきっかけを与えてくれた大作だったのでついつい柄にも無くはしゃいでしまったのだ。
「僕達、付き合いませんか?」そう小声で言われたのは二人で連れ添う様になってから5ヵ月後。月に2回は映画館へ出向いて映画を観ようと、大学外で会う様になって10回目の時だった。

「10回目のプロポーズ。なんかそんな映画あったよな?」
「……あの…一応、告白したつもりなんスけど…」
「ああ。…悪ぃ…。俺で、いいのか?」
「一護さんが良い」

コイツ、女に興味ねーのかな?ホモ?女受けしそうな顔してんのに、勿体ねーの。
一護は初めて他人から好意を向けられ、面と向かって好意を露にされた事なんて無かったから心中は疑問符だらけだった。そして付き合うと言った世間で言う所の恋人同士の関係を多少甘く見ていたのかもしれない。
一護さんが良い。浦原は確かにそう言った。でも自分は?浦原は一護の事を好きだと言葉にして気持ちを形に成したけれど、一護はただ頷くだけでそれ以降、浦原に対して自分の気持ちを言葉に表したことが無かった。
無いまま、再来月で付き合って1年目に突入しようとしている。
嫌いな訳、じゃないんだよな……。未だ、ティッシュで目元の涙を拭う浦原を見る。
一護よりも頭ひとつ分高い身長。いつだって見下ろす形だが、浦原は言葉を交わす時はちゃんと一護の瞳を見て話す。キスをする時だって少し屈まれて軽く触れる。屈まれるのが嫌だから、キスをする時は互いに腰かけた時が良い。目線が同じ高さになった時が一番、良い。
キスをする時、浦原は唇が触れ合う直前で瞼を閉じる。それを合図にして一護も瞼を閉じ、唇の感触をより確かに感じとっては楽しむ。目下にかかる浦原の長い睫が肌を刺してくすぐったい。甘いマスクをぶち壊す無精髭も、だ。だから一護はキスが深くなる前のバードキスはくすぐったくて笑ってしまう。浦原も習って笑いながら悪戯にキスを仕掛けてくるのだ。そんなキスの楽しみ方を教えてくれたのは浦原だ。

一護と付き合う様になってから購入した二人かけのフロアソファ。シックで黒いソファはこの部屋に随分と馴染んだ。
膝を折り曲げ、体育座りをしながら一護は浦原をもう一度見る。
既にDVDも終わり、おまけでついた海外ドラマの第一話が流れようとしている所で、浦原はソファ前のローテーブル上に置いていた煙草を取って火を点けた。
あ、と思った時には手が煙草に伸びていた。

「…いち、ごさん?」

危ないよ、驚き見開いた瞳を瞬時に柔らかくさせて静かに言う。火の点いた煙草がジジジと鳴いては一護を威嚇した。取り敢えずごめんと小さく謝ってから灰皿へと煙草を置く。燻った紫煙だけが所在無く天井へと散っていた。

「あのさ。もし、俺が別れたいとか言ったら。今みたく泣く、か?」

言ってしまってからしまったと後悔した。一護からしてみれば何気ない一言だが、他者、しかも恋人と位置付けられる人間から聞けばトラウマになるかもしれない言葉だった。あからさまに試すような台詞…。一護は歪んだ浦原の金色を見てから初めて後悔した。

「別れたい?」
「や…ちがく、て…」

はっきりと声を放っているのに、無機質に聞こえるのは浦原の瞳が見た事も無い程冷たく光っているからだろう。一護は言葉を振り絞り、やっとの思いで声に出した。

「じゃあなに?飽きちゃいました?それとも、他に好きな人でも出来た?告白された?それは女?男?僕が知ってる人?知らない人?」

今度は赤く歪んだ。
映画のせいで泣いていた浦原の瞳が、今度は一護の持ちかけた何気ない一言で潤んでは歪む。胸が、ツキリと痛んだ。

「浦、……ちがう。俺…」

言わなくては。ごめんって。ただの例えだって。もしもの仮定話しだけど、こんなどうしようもない例え出しちゃってごめん、って。泣かせるつもりは無かったって。悲しませるつもりも、苦しませるつもりも。だから全てひっくるめてごめん、って。
浦原の歪んだ金色から涙が出てくるまで時間はそう長くかからなかった。それが一護の焦燥感を更に強めては言葉を尽く殺してしまう。

「……ごめん」

結局、浦原の涙から目を背けて言う事しか出来なかった。

「ごめんって…どっちのごめん?別れてくださいの。ごめん?」

視界に入るソファの黒さ。近付かない浦原の距離と体温。声だけが、酷く近い。
鼓膜を揺さぶった声が震えているのに気づき、またもや言葉を失ってはただ首を横に振る始末。これじゃあ余計に彼を困惑させてしまうではないか。肝心な時に出ない言葉の応酬が内側から一護を責め立ててより一層、圧迫感が酷くなる。なんだろうコレ…昔、遠い昔に味わったような感覚。胸が詰まって、それから喉元を締め付ける。キュウンと心が唸って、じんわりと瞳の奥底から熱い何かが這い上がってくる。
ああ、泣きそうだ。
思い出した瞬間、目尻から一粒、一粒と静かに涙が溢れては零れ始めた。

「俺、お前の事好きだ。」

久しぶりに泣くなあ。だなんて客観的に思いながら声を出す。若干ではあるが震えている一護の声。それでも確かにはっきり好きと浦原に告げた。
今まで一度も、彼からこの言葉を聞いた試しが無い浦原にとっては思いがけない告白。正直、言ってしまうなら自分に自信が無かった。だって一護は「スキ」だと浦原に告げていなかったからだ。もしかしたら自分だけが彼の事を好きなのかもしれない。最悪のパターンを何度も頭から振り払っては恐ろしくて「僕の事、本当に好き?」だなんて問えなかった。怖かった。彼が、自分から離れていってしまうことが、とても恐ろしかった。

「お前の事、……スキだ。好きだよ……やばい…好き」

好きの最上級ってなんだろう。好きから愛しているへ変わる時のタイミングは?愛しているの最上級は?一護には好きと愛してるの境界線が分らない。映画の中の彼らは愛し合っていた筈なのに結ばれなかった。それを人は悲恋と呼ぶが、果たして本当にそうだろうか?彼らは二人共不幸だったのだろうか?フィクションでもあるストーリーの終わり、彼らの心境はどこにも描かれていない。幸せだとは到底言えなくても、きっと彼らは幸せだったに違いない。一護は不思議とそう思った。

「どうしよう…凄い好きだ俺…お前の事。……浦原」

今まで言う事の無かった想いが暴走して涙と一緒にポロポロと溢れ出す。
流れる涙を気にしないまま、一護は顔を上げて浦原を真正面から見た。彼の目尻も、まだ赤い。流れた涙のラインが浮き彫りになる頬が痛々しいと思ったらまた、泣けてきた。
浦原、お願い。泣かないで。
一護は手を伸ばして浦原の目尻から涙のラインを指先で辿り頬を撫でた。とても熱い手の平が浦原の肌を滑り落ちる。泣かないで欲しいと、彼の手の平に言われた。

「初めて、……聞いた」

また、ボロリと浦原の瞳から大粒の涙が溢れて零れ、一護の指先を冷たく濡らした。

「遅くなっちまった」

ごめんな。琥珀色の瞳が優しく伝える。
ううん。浦原は笑いながら首を横に振り、頬を撫でた一護の手に自分の手を重ねて握り締める。
キスして良い?今度は金色の潤んだ瞳が雄弁に問うたので、一護はニカリと笑いながらひとつだけ頷いた。
合わさった唇に感じたのはお互いの体温と流れた涙の冷たさ、そしてしょっぱい味。涙を味わう様にゆっくりと触れ合わせては次第に深めていくキス。とても、好きだと感じた。凄く、浦原が、一護が、好きなんだと。
初めてのキスじゃあないのに、どうしようもなく興奮してしまうのはきっと涙の味と想いを形にした魔力を秘めた呪文の強さが原因だろう。
好き、浦原。大好き。キスの合間、息継ぎと共に吐き出した言葉に、浦原も応えながら一護の声を飲み込んだ。









涙が止まるまでキスをして、

◆泣いちゃう浦原さんと、泣いちゃうんだけど男前な一護さんが思い浮かんで書いたお話しです。
映画好きな二人をテーマに、お話もちょっと映画ちっくな進め方で文法をまるっと変えています。だがしかしいつものhyena文法であるぞよmeru。
ちなみに、映画はDVDだと一人で見る派です。泣きたい時に思いっきり泣けるからね。しかし…恋愛もので泣いた事は無いです。いつもヒューマンドラマ(ノンフィクション)で泣かされています。チェ、28歳の革命とかガチで一人泣きだったぜ。ぼろくそに泣かされたのぜ。正義も悪も存在しないスクリーン上でのドラマは凄く好きです。あとドラッグもの。あれは破天荒で好きだ。




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