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室内が異様に冷たい午前3時過ぎ。格子窓を外から叩くのは小さな雨音。しとしとさあさあしとさあさあ。小さい粒が幾重にも連なってひとつひとつを大きくする。そんな霧雨が降る真夜中。
元より眠りが浅いタイプの浦原はそうっと開いた襖の音と、廊下側から入ってくる冬の外気に耳と神経を集中させた。背中越しに襖の閉じる音と小さな小さな足音を聞く。今日の雨が幾ばくかの謝罪を含み、夜を濡らしては彼をも曇らせる事を熟知していた。そうでなきゃとっとと床に着いている手筈だ。うっすらと瞼を開く。
視界に入り込んできたちゃぶ台の足。卓上には広げっぱなしの書物が所狭しと敷き詰められている。あ、あんなところに…。見つからないなと思っていた万年筆がちゃぶ台の真下、本棚との狭間奥に転がっている。横になってやっと見つけることが出来た万年筆の影をじーっと凝視しながら闖入者の出方を待つ。
少し躊躇していると思える不安定な霊絡がゆらりと浦原の視線の端で揺れ動いた。綺麗な赤だ。燃える様に赤く、そして瞳を潰さんくらいに眩い。
然程時間は経っていないが、外の雨音が静寂をいっそう耳に痛い物に変えて時間軸をずらしていく。すっかり冷め切った室内、早く温もりが欲しいと、浦原は僅かに肩を揺らす。背後でビクリと震える音と気配。ちょっと意地悪したかもしれないと失笑を堪えた。
やっと行動に移した闖入者の手は被っていた布団を捲り、モゾモゾと中へ入り込む。寝着用の浴衣、布越しに触れた空気が背中へと蟻走感を走らせる。
身体全てを布団の中へ収め、浦原の背中に額をこすりつけ、それから戸惑いながらも浴衣を小さく引く。
つんつん、引っ張られる感覚を合図に浦原は寝返りを打つ。右向きから反転して左向きへ。視界に映るちゃぶ台が襖に変わる。そして闇夜にも明るく色褪せない橙が浦原の胸辺りで俯いている。
寝返りを打ったと同時に脇腹から回された腕がぎゅうっと力強く浦原を抱き締め、足で足を固定される。夜中の束縛に浦原は隠れて溜息を吐いた。
優しく頭を撫で、眩い髪の毛を丁寧に梳く。ゆっくり、彼が呼吸できる様に己の心臓を常人と同様に上下させる。浦原は呼吸が浅い。鼓動していないと思わせる心臓をコントロールして動かせばその心拍音に耳を傾けた少年も同じリズムを取り、不安定だった霊絡の色も徐々に安定していく。
ホウ、と一息吐いた後、少年はゆっくりと顔を上げて浦原の顎に小さくキスをした。軽い音を発して一旦離れ、次に無精髭の感触を味わいながら甘く噛む。子猫がグルーミングを行っている風情をかもし出してはこうして甘える。不器用な甘え方をしてくる少年を心底愛おしいと思いながら浦原は少年の顔を覗き込む。
揺れ動く琥珀色は窓から漏れた夜の光りに照らされて濡れていた。まるで降り注ぐ雨にでも濡らされたみたいに揺れ動く。ひたと合う瞳と瞳。覗き込んだとしても互いの心情全てが分るわけではないが、浦原は知っていた。少年が、…一護が今なにを欲し、なにを求めているのかを。

「寒くなかったですか?」

問いかけた声は思っていた以上に低い。一護はふるりと首を横に振るう。寒さを感じない程に心は締め付けられていた。果てしない虚無感が自身を変えてしまいそうで、それが末恐ろしくて。だから寒さなんて言う根本的身体への影響を感じる暇などどこにも無く。

「身体、冷たいよ。…少し雨に濡れてるね。…足も、手も、冷たい」

寝間着のままで来た一護の素足は氷の様に冷たく、指もまた同様に冷たい。浦原は子供の冷え切った温度に心臓を締め付けられて早く元の体温が戻ってくる様に強く抱き締める。自身の低体温が子供を早く温めたら良い。思いを強くして抱き締める。それしか、施してやれない。
再び一護が顎へとキスを贈る。今度は確信を持って瞳の色を揺れ動かした。
浦原も一護の顎を取って冷たい唇にキスを贈る。小さな小さな、バードキスだ。ただ触れ合わせて体温を分け与えるだけの優しい口付けだ。
一刻も早く。この子供に温度が戻りますように。柄じゃない事ばかりしてしまう。愛おしい気持ちと言うのは何故こうも苦く、切ない物なんだろうか。締め付ける心臓のぎゅうっとした音にまた切なくなって子供を温める事に専念し、胸中を占めた物寂しい音を消し去った。
















寂しい音は雨音と酷似している




あきゅろす。
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