アイラブユー アイラブユー。この言葉が一護の頭の中でぐるぐると駆け回る。眩暈がする程の速度を持ってぐるぐるぐるぐる。先程から離れない言葉のエコーは脳内麻薬を分泌させた後、惰性的な頭痛を引き起こす。 アイラブユー。昨日言われた言葉の意味を嫌と言う程良く理解している。日本と言う国には同じ様な言葉が様々な箇所に散りばめられているからだ。 ラブ、キス、ライク、ハグ、ラブミー、ラブユー。本当に様々だ。愛にまつわる言葉、外来語を好んでなんにでもくっつける。使い古された台詞が今の一護を悩ませていた。 名前も知らないあの人は英語を話す。全部分るって訳じゃないけどなんとなく、フィーリングでこう言ってるんだな、こう伝えたいんだな、とかだったら分るし、一護ももう高校高学年だ。聞き慣れた単語を拾っては頭の中で変換して理解する。 話す速度がちょっとだけ速く聞き取りにくかった時には必ずもう一度、今度はゆっくりと話してくれる。目と目を合わせて。本当にゆっくりと。それがとても気恥ずかしいやら嬉しいやら。 金色の瞳がとても優しい。甘い声も、ちょっとだけ冷たい指先も、彼は全てにおいて甘く蕩けそうな仕草で一護に触れた。見つめる瞳も、触れる指先も、囁く声も。あんなにも甘いのに、鎖骨から首筋にかけて彫られたトカゲの刺青が彼を一般社会から遠ざけているみたいであまり、好きじゃない。 一護がトカゲを嫌っているのを知っているのか。彼は一護と会う時はいつだってマフラーかストールで首元を巻いたり、ハイネックのニットを着けて来てくれたりする。その気遣いもやっぱり、甘い。 アイラブユー。言われた一言がこんなにも胸を締め付ける。目と目を合わせて。真摯な瞳のその中央。薄いグリーンアイが一護を捉えて離さない。 意味を深く追求しようとしても、アイと、ラブと、ユーしかないのでは追求も出来やしない。 君を愛してる。君が好き。愛してる。何度も繰り返される台詞が脳内で反響する。とても恥ずかしいのに、嬉しい。あの甘い金色がアイシテルと語る度に一護は居た堪れなさを感じてしまうのだ。ミートゥーと言えたらどんなに…。素性も名前も知らない人。分っているのは甘くて優しくて美しい人だって事。 なんで名前、教えてくれないんだろう。疑問に思うけれど、やっぱりアイラブユーが脳内を駆け巡るから。 眠れない……。一護はベッド上で今日も深い溜息を吐く。 あれから既に2週間が経過していた。寝れない日も、2週間続いた。あの人と会ってない日も、2週間。避けている訳じゃない、本当は会いたい。でもきっとあの人は避けられてると思うだろう。それが一護を苦しめていた。 アイラブユー。あの言葉が頭から離れない。まるで呪文だ。厄介な魔法。 一護は拳を握り締めて公園の門前に立っている。いつも会う場所は決まって空座町2丁目にある公園、遊具全てが錆びれ人の足が遠のいた公園。夏には植えられた楠木が太陽の光りを浴びて燦々と葉を輝かせる。寒い時期、冬の季節になれば葉は全て枯れ落ちて道路を茶色く染め上げる。真っ裸になった木の枝がとても寒そうで、公園の物悲しさを更に殺風景な物へと変えてしまう。 サク、歩むごとに唸るのは踏まれた葉っぱの軋む音。サクサクと固定されたリズムを刻む。 学校帰りに立ち寄った公園はとても静かで、世界の隅に存在しているみたいな錯覚を一護の視界へと映し出した。 とても寂しい風景の中、門から入りちょっと進めば備えられたベンチが見える。公園内に散乱する落ち葉と同色の茶色いベンチ。 やっぱり、居た…。 草臥れたベンチに腰を下ろし、口元に咥えた煙草の煙を悪戯に吐き出しながら男はただ真っ直ぐ見つめていた。彼の横顔を見定めて、2週間振りに心臓が大袈裟に喚く。アイラブユー、とうとう脳内から左心房へと移動した愛の呪文が、内側から一護を苦しめた。 唸ることを止めない心臓が苦しくて、胸辺りに手を当てた所でこちらを振り向いた金色と目が合った。ドクン。今日で一番大きい鼓動。まるで地響きにも似た音が足の爪先まで振動を伝える。 一護を見定めた瞳は大きく開かれ、それからゆっくりと笑みを象った。優しい笑みに変わりは無いのに凄く寂しそう。切なそう。そんな顔、させたい訳じゃなかった。心の反響した声が一護の中に後悔を植えつける。 「ディスパークイズノースモーキング」 揺れ動いた心とはウラハラに、出た言葉はあまりにも可愛げ無い物だった。 不機嫌そうに唇を尖らせ、眉間に刻む皺は通常よりも濃い。捉われたら最後、逃れる事が出来ない金色からなんとか視線を反らして一護は佇む。突っ立てる事しか出来ないのは鼓動の強さに足がやられてしまっているから。どうしても、彼の側に近寄れない。 一護の発したぶっきらぼうな台詞に、男はひとつだけ笑いながら持っていたポケット灰皿に煙草を押し込んで火を消した。手持ち無沙汰になった左手が鼻先を掻く。少しの間、考える素振りを見せた後、ゆっくりと立ち上がり、慎重に一護へと歩み寄る。 子猫が恐れない様に。逃げない様に、怯えさせない様に。 怖がらないで。男は切に願う。 恐れないで。逃げないで。ぐっと手の平を握り締めながら一護の前に立つ。 カサリと鳴った枯れ葉の音。折れた心の音。俯いた一護の視線に落ち葉と黒の革靴が入り込む。途端に鼻腔を燻るのは男の愛用する甘い香水の香りと冬の切ない香り。凄く、泣きたい気分に陥る。だって今、彼が目の前に居るからだ。 アイラブユー。 優しく頭を撫で、流れる所業で耳にかかる髪の毛を後ろへと梳かした。露になった耳は真っ赤で、照れているのか、はたまた冬の温度に体温を奪われてしまったのか。きっと前者であろう赤みを長い指先で撫でればビクリと揺れ動く華奢な肩。 堪えきれずに囁いたアイラブユーが公園内へと響き渡る。 「……アイラブユー」 もう一度、告げた。 どうしてこんなにも心苦しいのか、それは男にも分らなかった。ただ目の前の子供がとても愛しいのだけは不変しない事実として鋭利に心を抉る。ハートが存在しているのならば、目に見える状態で具現化しているのなら、きっと自分の心は既に醜い歪な形になっているだろう。デフォルメ化された可愛らしいハートの形には、なっていないだろう。 男は堪らなくなって何度も、アイラブユーと囁く。 「っ!」 真っ赤に染まった耳がとても寒そうだ。そう思ったら自然に唇を寄せていた。ちゅ、食んだ瞬間に鳴る音が可愛らしい。 「コールド?」 子供の震えを寒さのせいにして。戸惑いながら一護の両手を取り、目の前まで持ってくる。グローブをしていない手はとても冷えている。どうか暖かくなりますように。祈りながら熱の篭った吐息を吹きかける。 「……さ、…ノットコールド」 手の平に暖かい吐息がかかる。一護の両手を包んだ男の両手がとても大きく感じるから、やっぱり大人と子供の境界線をありありと見せ付けられてしまう。 一護の手よりも冷たい癖に、やけに暖かい。だから不貞腐れて寒くないと伝えた。同時に首を横に振れば男は柔和に笑む。 笑みながら一護の瞳を見つめる。とても、心臓に悪い毒を放出するグリーンアイズ。 「You make me wanna die」 「え……?」 優しかった筈のグリーンアイズが途端に歪んだ。とても切なそうで苦しそう、そして悲しそうに歪んだ瞳と言われた言葉に、一護は戸惑った。 未だ、捉われている手は男から逃れる術を失ったまま、ぎゅうっと握り締められる。 「もっかい…ごめ、聞き取れない……えっと、ワンモア、……プリーズ」 たどたどしい英語と見開いた瞳。間違いでなければ潤んだ琥珀色が凄く甘そうに見えて、男は再び子供の頭を撫でた。 ふんわりと香るのは石鹸とシャンプーの香り。煙草臭くなんて無い、優しい子供の香り。 男は深呼吸する様に息をゆっくりと吐き出した。 「It becomes painful only by watching you」 「え…、」 君を見てると切なくなる。子供の揺れた琥珀色を見ながら思う。 「It becomes lonely if it speaks with you」 流暢な英語。それも通常より早いペースで一護の耳に流れ込む異国語。柔らかな声色なんだけど…やはりどこか、紡がれる言葉もその瞳と同じく悲しそう。 君と話していると寂しくなる。勝手な被害妄想がリアルに流れては子供の瞳を歪ますのだ、そう思ったらまた、悲観的思考が浮かび上がる。 「Dear feelings explode if touching you…」 夕焼の色にも似た髪の毛を梳く手を流し、頬へと触れた。 子供特有の肌の滑らかさに手の平がワナワナと震え始める。これは、寒さのせいではない。紛れもない愛しさを超越した感情が手の平に集中しているのだ。 君と触れ合うと愛しい気持ちが爆発する。 心に持つ導火線に火が点いた。 一護は暫し男を見ていた。何も発さず言葉を遮る事もせず、ただ静かに男の歪んだ金色を見つめていた。 唇を引き締めて必死に言葉の意味を理解しようと唇の動きを読む子供を見て、胸が締め付けられる思いに男は駆られる。どうして、こんなにも愛しいんだ!油断をしたら切なさが乱暴な気持ちに早変わりしてしまいそうで、男は下唇を噛み締め、一護の額にコツンと軽く額をくっつけた。 ゼロになった距離。一護は心底驚き、無意味な音を成す。 「え…、ちょ……っと…!」 右手で後頭部を押さえる。逃げないで。ビコーズ、アイラブユー。 もう、導火線の火を消すことは出来ない。 「…I feel like kissing you」 「キ、……はい?キキキキス…ッ!?」 辛うじて聞き取れたキスとユー。フィーリングだけでも分る。間近にある金色が凄く雄弁だ。 一護は慌てふためく心拍音を聞き、そのせいで顔全体が真っ赤に染まっているのを実感する。 「キス、…したい。君と……キスがしたいです」 触れ合った肌と体温。ふと、一護の耳に届いた聞き慣れた母国語が鼓膜を振るわせた。 「…に、ほんご…喋れるのか?」 「すこしだけ、…リトルビット」 流暢な英語に比べて、世辞にも上手とは言いがたいたどたどしい日本語で言って男は笑う。 抵抗のつもりで男の腕に添えた手はいつの間にか縋りつく様な形を生み出していた。 情けない、震えてらあ……。視界の片隅で自分の指先が健気に震えているのを見る。 「キス、ダメですか?」 「……だめ、って……いきなりそんな…ハードル、…高ぇよ……」 「??」 「あ…、んと……」 この場合、なんて言えば良いのだろうか。必死で考えても頭の中で文法がない交ぜになる。嫌、じゃないってなんて言うんだろう…。そこまで考えた時、一護は自分がキスを拒んでいるのでは無い事を知った。何もかもすっ飛ばしていきなりキスに行き着くのはどうかと思うが…。外人って皆こうなんだろうか?キスが最大の愛情表現なんだろうか? 一護の性格上ではかなりのハードルの高さだ。 ぐぬぬ。黙り込んだ一護を見て男の金色が益々不安の色を露にした。それにも凄く焦った。 勘違いすんなよ!嫌いなわけじゃない! こういう時、英語をペラペラと話せたら良いのに。もっともっと意思疎通が出来たかもしれない。もっともっと彼を喜ばせる言葉、言えたかもしれないのに…。 きゅっと下唇を噛む。 「ドゥーユーウォン、トゥーキス、……ミー?」 自分で言っててとても恥ずかしい。先程よりも顔に熱が集中し始めてきて、冬の寒さなんて感じなくなっていた。 「イエス。アイウォントゥー」 一護の問いかけに安心したのか、男は間近で満面な笑みを作り上げては君が欲しいと恥ずかしげも無く発した。しかも、一護の大好きで弱い笑顔でだ。 ボンッ!大袈裟にもそんな音が鳴りそうなくらい一護の顔は一気に沸騰した。 が、外国人ってオープン過ぎる!! 元より、男は過度だと思われるスキンシップが多かったから、多少なりとも慣れたと思ったのに。こうして面と向かってはっきりと好意を示されると一護はどうして良いのか戸惑ってしまう。 「…so,can I kiss you?」 歌う様に囁かれる。目の前には吸い込まれそうになるグリーンアイズ、視界の端には薄い唇と甘さを壊す無精髭。 バクバクと煩い心拍音をBGMにして。一護は腹を括り、ぎゅうっと力強く目を瞑った。 震える唇からこれまた震えた小さな声が男の耳に届く。 「ら……ラブユー、トゥー」 だから、キスして良いぞ。ちょっとだけ乱暴だけれど。一護にとっては精一杯の愛情表現だ。 力一杯目を瞑り、掴まっている腕をきゅうっと握り締め縋り付く子供にひとつだけ苦笑しながら耳元に小さくサンキューと言い放ち、それから優しく優しく、男自身驚く程優しく唇を合わせてもう一度、アイラブユーソウマッチと言った。 Every time I look inside your eyes,so make me wanna die ◆そして通行人Mは二人をガン見である(<●>_<●>) テーマは甘ったるいラブで。合言葉はアイラブユー。外国人浦原さんを書きたいと思ってカキカキしたんですがネックは彼の名前ですね(笑)もろ日本人名w だからアメリカネームは「キース」で良いんじゃないかと(捏造甚だしい)日本名が「喜助」でw 裏社会に片足突っ込んだ浦氏と受験生15たんの恋物語^^トカゲのタトゥーは先輩が彫っていたのでカッコイイなあと思って浦氏に彫らせてみました^^私の趣味丸出しテヘ//song by[make me wanna die/The Pretty Reckless] |