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元来、酒には弱かった。飲む側が飲まれる側になるのはあまり好ましくない。セーブをかけるのに必死で研ぎ澄ました神経では酒本来の美味さを堪能する術等持ち合わせていないに等しい。クピ、と一口嚥下した。オレンジの酸味が強すぎて乾いた喉、その気管を少しだけ刺激し、そして傷つけた。
ウォッカの渋くて、なのにどこか甘い味が口内へと広がる。苦味は後に残るから、一護はフリスクを一粒舌に乗せてガリリと噛み砕いた。
咀嚼するリズムに合わせて手の中のダーツをくるりと一回転させる。くるり、パシ。くるり、パシ。ポイントの尖った部分が指先を掠めて小さな痛みを走らせた。
体内を循環するアルコールが指先にまで熱を篭らせる。パシン、最後に回転させてポイントを指先で挟んだまま勢いをつけて投げた。
トス!小粋良い音が聞こえダーツはボードの中央上、20と言う数字の下から二番目に位置したトリプルリングへと突き刺さったまま、静寂を保つ。

「狙いは外さない。例え酔っていても。」

幼い頃より聞かされた台詞は20年の月日を経て呪文の様に一護の身体、そして魂に刻み付けられている。僅かに震えた指先を誤魔化して再度ダーツを握り、今度は回転させず投げつけた。
シュ、と風を切り、ブスッと突き刺さる。
布を裂き、肌に小さな穴を開けた。生々しい音が浦原の鼓膜を貫き、後から痛みを走らせる。小さく唸った声は喉元でくぐもった音を発した。

「ああごめん。手元、狂った」

ウソツケ。思いながら顔を上げて睨みあげる。
到底安物だと思わせる古びたパイプイスに長時間座っているものだから下肢が麻痺している。後ろ手に括られた両腕も痺れては感覚を失いつつあるって言うのに、目の前の青年は顔色を変える事なく、人様の右肩にダーツをぶっ刺す。行為そのものが乱暴で且つ悪党じみていた。
少し虚ろ気な金色に光りが戻った。そんな睨み方。ゾワリと背筋を何かが走る感覚を久しく味わいながら、一護は再度スクリュードライバーを口に含み飲む。
喉を刺す様なオレンジの酸味が今はとても甘く感じられる。渇望する乾きを必死で潤そうと身体だけが躍起になった側で、心だけは妙に冷め切っている。目の前の男が一護にそうさせるのなら、全てを壊してでも手に入れたい欲望を優先させる事にした。


卑怯なくらい澄んだ眼差しだ。浦原は思った。
一見、冷ややかに見える瞳の奥底にはユラリと揺れる嫉妬の炎が燻っている。今か今かと爆発する瞬間を待ち望む青白い炎が一護の琥珀色を酷く残酷な色彩へと変化させる。向けられた強い眼差しに堪えきれなくなって、浦原は視線を反らす。きっといけない事だと知っていながら。どうしても、反らす事を選んでしまっていた。
残りの半分を一気に流し込み、空になったグラスを落とす。
床下に落とされたグラスは見るも無残な形となって飛び散り、砕けた硝子の欠片があちらこちらへと光りを散乱させる。キラキラと光っているのに、反射する照明の光りが汚いからか、それともこの室内が薄暗いからだろうか。心なしか、汚い。

「お前はそうやって目を反らし続けた」

せめて、発した声色が悲観的に潰れていたのならば、もう少し感情を露に出来たかもしれない。
低くもなければ高くも無い。なんら不変しない温度を保ったまま、一護は言葉を発して浦原へと歩み寄る。カツンとなるブーツの音と、床下に散らばった硝子を踏み潰す音。地下に等しい部屋の中では冷たい空気が充満している為、生み出される音も良く響き、弱りきった神経、そして心にも痛々しい程の刃を向けてくる。

「俺を見て、浦原」

顎に指を滑らせひと撫でした後、顔を上げさせる。
もう辛抱出来ない、そう色彩にして表した浦原の金色が一護の琥珀色と混ざり合って不協和音を奏でた。様な気がした。
まるで娼婦の様な動作でもって浦原の首筋へと腕を回し、易々と男の膝上に乗り上げる。繊細でいてどこか厭らしさを含んだ動作にも関わらず、右肩に刺さったダーツを抜く所業は荒々しくも乱暴。一気に抜かれたから付着した血液がピュっと一筋の線を描く。

「ぐっ、」
「痛かったか?」

覗き込む瞳は柔らかで優しい。それがとても怖かったのを浦原は全ての神経を持って感じた。
殴られた頬、口端にはまだ新しい血液が付着して薄い唇を汚す。2時間前に容赦ない打撃を与えた筈の指先が今は優しく口端へと触れる。ゾワリと戦慄いた背筋が緊張で固まり、麻痺していた腕へと鈍痛を走らせる始末だ。

「俺は、……これ以上に痛かった」

痛いと言った瞳が泣きそうに歪んだのを見てズルイと素直に感じる。
貴方はズルイ。そうやっていつもいつもアタシに逃げ道を与えては捉えて、与えては追いかける。感じるのは同じくイタイ気持ちなのに、どうしても混じりあわないのは互いに理解し難い独占欲の強さのせいだ。
這わせた指先が頬を撫でる。未だ痛みが走る右肩が徐々に熱を発しては心に鉛球の様な重圧をかける。

「お前……、は。…俺のモンだろう?浦原」

ちゅ、軽く鳴るキスの音は耳朶を食んだ音だと気付き、瞬間に血の気が失せる思いを味わって心臓が萎縮した。

「…く、黒崎サンっ」

ぐしゅ、次に鳴る音はエナメル質な歯が皮膚を切り裂き、肉を押し潰した音だと理解する間もなく激痛だけを浦原へと与えては身体を揺らせた。
イタイと心が泣いた。イタイと心臓が唸った。イタイと、身体が覚えてはまた恐怖した。

「なんで、傷つこうとするんだ……」

お前がそうさせているんだと言わんばかりの彼の傷つきっぷりが浦原には到底、理解し難い。
血が滲んだ耳朶をテロリと舐め取る。口内に広がった微かな血液の味が後頭部から首筋にかけて電流を走らせる。久しく感じた浦原の体温と吐息と血の味。常のポーカーフェイスを崩して表れる痛感した表情がとても扇情的だ。
一護は熱くなる吐息を隠す事もせずに吐き出しながら、傷付いた口の端に口付ける。
びりっ、と小さな痛みが走った。
乾いた血液が唾液で濡れ、傷跡にぐずりと惰性的な痛みを味合わせたからだ。

「殴って、ごめんな」

舐めた後、親指の腹が優しく傷口を撫で、伸びた血液を拭う。
声色が酷く優しく、悲観的な色を含めていたのに対して浦原は恐る恐る視線を上げ一護を見上げた。
ゾクリとしたのは琥珀色の瞳と目がかち合った時だ。酷く冷めた瞳の中、その中央に垣間見れた狂気がメラリと揺れて浦原に恐怖だけを分け与えた。ごめんな、と謝った口で、その歯で、彼は耳朶を噛んだのだ。
優しく傷口を拭う手の平はダーツを放ち、意図も容易く浦原を傷つける。躊躇しない信念が一直線過ぎて曲がる事無く、全てを浦原に投下する。欠片でも取りこぼす事は許されない。それが、黒崎一護の狂気の沙汰だった。

「浦原、ごめんな」

眉を少し下げ、今にも泣き出してしまいそうなくらい潤んだ瞳が浦原を真正面から捕らえる。
徐々に震え始めた唇に一護の唇がそうっと重なった。

「ごめんな、浦原」

離した唇。僅かな距離を保ったままでもう一度呟かれる。
だからもう、離れないで。噛み切られた耳朶。そこにもキスを贈りながら囁かれた言葉に、浦原は軽い絶望を味わった。
















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