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あと少し。あと少しだ。


「俺、お前の事。大がつくくらいにキライだよ」

ピクリと上がった眉は不愉快を露にしている。男はポーカーフェイスを装っているが一護には分る。些細な変化だとて、一護の目には明らかだ。ああ、柄にも無く不機嫌なんだろう。心中でほくそ笑む。

「大ッキライだよ。出来れば顔も見たくない程だ」

しかし、こう毎日の様に顔を合わせていたのでは説得力に欠けるからちょっと一週間くらい音信不通のままで会わない日を設けていた。
打算的な確信はいくつかあった。先ずはひとつ、周りから聞く男の機嫌の悪さ。そして仕事の遅さ、終いには吐き散らかす八つ当たりの数。犠牲となった人達には申し訳ないと思うが、これは一護が先手を打った証拠でもある。だから一週間目を迎えた今日、初めて顔を合わせて罵声を浴びせた。

「……で?君の言い分はそれだけ?」
「そうだよ。だから左様ならを言いに来た」

また、眉が上がる。今度は明瞭に。あと少し、あと少しだ。心の中でカウントダウンを開始した。

「サヨナラって……馬鹿ですか?君はアタシと契約を交わしているんだ。血の結束を忘れたとは言わせない。君はアタシが死ぬまでアタシの血によって拘束されている身分だ。弁えなさい」

強い声色は男から冷静さを奪い、代わりに焦燥感を植えつけた。柄にも無い男の脅しに一護は口角が上がるのを必死で堪える。
あと少し、あと少しだ。

「………なんで?血の契約だってこっちが無理にでも引きちぎれば無かった事に出来るんだよ。王子、闇の王子。勘違いをしているのはお前の方だ。俺達は拘束されているのではない。ただ暇を持て余していたからお遊びに付き合っているだけだ。身の程を弁えるのは、お前の方だよ」

存外、優しい笑みでもって言ってやった。
歯を出して笑ったから隠していた牙が口端からギラリと浦原を蔑む様に覗き笑う。
象牙に似て真っ白く艶やかで艶かしい尖った刃だ。きっとアレに噛まれたら肉を引きちぎられるだろう。意図せずともゴクリと生唾を飲んでしまう。

「楽しかったよ王子、退屈はしなかった。けどもうお終いだ。俺はお前に慣れてしまった。だから今は凄く退屈しているんだ。お前も知っているだろう?魔界に住む者は皆、飽き性だって事。だから、サヨナラだ闇の王子」

かつて浦原から伝授された英国紳士並みの綺麗なお辞儀をして、一護は周りの闇を巻き込む様に消えていこうとする。それを阻むのは他でも無い浦原の腕だと、確信はあった。
強く手首を掴まれ骨が軋むみたいに痛んだが、鈍痛以上に一護の胸の内を焦がしたのは紛れもない勝利感。それはキラキラと夜空に瞬く星と同様に強い煌きを持ち、ヨダカの星の様に真っ赤な炎を秘めて一護の心を焼き尽くした。ああ、ほら、退屈しない。
笑んだ一護の琥珀色に浦原の金色は捉われる。

「……行くな。」

音に成した声色はとてもじゃないけれど掠れている。

「どうした?王子。いつもの余裕な声じゃないな。……顔色が真っ青だ。それに、…手が震えている。気分が、優れないか?王子」

浦原の声に反して一護の声はとても穏やかで木漏れ日の中の暖かさを感じられる程。
目の前の生物が悪しき魂を持つ暗闇の属性だと、到底思えない程の柔らかくも優しい声色だったから。浦原の心中は激情によって乱された。
さあ、墜ちて来る。確信がリアルな形を持って今、一護の目前に現れる。

「寂しいか?王子。俺が、恋しいか?王子」

最後の審判はこちら側の手に渡って意図も容易く粉々に砕け散った。
伏せていた金色が一護を見る。決して弱くない光りが人間さながらな執着によって穢されている様がどうしても美しい。ゾロリと下唇を舐めれば浦原は低く唸った。
名前を、もう一度、呼んでください。
弱々しい声色に混じった恋情が、一護の内側を甘く満たす。とても甘い、その声色も金色も蜂蜜色の髪の毛も美しく滑らかな白い肌も全てだ。
浦原の何もかもが吐き気を催す程に甘ったるくて、一護は嗚呼と心地好く鳴き浦原の胸の中へと身を委ねた。















メランコリーはうわの空




あきゅろす。
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