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わあ!ちょ、待って!のる!乗ります!
慌しい声を出しながら目前で閉まろうとしていた扉の隙間に無理矢理手を捻じ込んでこじ開ける。
中に居た数名が驚愕して目を大きく見開いたけれど構ってなんて居られない。大事なミーティングに遅刻なんてしたら鬼の部長に怒鳴られる事必須だろうから。否、怒鳴られるだけならまだマシかもしれない。最悪の場合、休み返上で出勤になるかもしれない。それだけはなんとしてでも阻止したい所だ。
一護は駅から徒歩10分弱の道を猛ダッシュにて勤務先の職場に着いた。6分の時間を縮めた事によって遅刻は免れるかもしれないが、息が切れて仕方無い。学生以来かも…こんなに走ったの…。思いながら首元を絞めていた紺色のネクタイの結び目に指を入れて少し緩めながら17階のボタンを押した。
軽く20人は乗れるエレベーターの中には数名しか乗っていない。一護が押した17の他に10階と6階、それと15階のボタンが押されており、目印の様にぼんやりとオレンジ色に光っていた。きっと10階と6階でほぼ降りるな。
時間は丁度お昼前。カフェと社内食堂がある6階と会議室が密集している10階だ。各々ランチを食べたり、午後からあるミーティングの資料を掻き集めたりするのだろう。一護の所属する宣伝部署は17階にあり、先月15階から17階へと移動したばかりだ。

「あ、お疲れ様です」

一護の思惑通り、6階で3人のOLが財布を片手に何を食べるか、良いダイエットの方法だとかを喋りながら降り、10階で5人の男女がリングファイル片手に降りていく。
降りていく際、必ず挨拶していく所がこの会社の良い所だ。挨拶の基本がなっていない職場なんて底辺中の底辺。とかなんとか、ここの社長と会長はそんなポリシーを持って運営しているらしい。成る程、だから業界一と言われているのか。
一護は頭の片隅で思いながら時計を見る。
まだ後10分はあるから珈琲淹れてもらって、パソコンからデータ落として…あ、先ず電話しなきゃ…石田のヤツはもう居るだろう。

「お疲れ様」
「……わ、ビックリした…」

ボタン前に陣取り、今日の会議の事で頭がいっぱいいっぱいだった一護は後方から聞こえた声に素直な驚きを声に出して表す。
全ての人が降りたと思ったが、まだ残っていたらしい。ああ…そういえば15階のボタン、押されてたっけ。
振り返れば黒のスーツをピシっと着こなし、数枚束ねられていた資料を片手で持ち、それに目を通していた男が俯き加減でクスリと笑っている。伏せた金色が緩慢に上がり一護を射抜いた瞬間、もう会議の事なんて頭の中からぶっ飛んでしまった。

「居るなら居るって……言えば良いのに…」

オツカレ。唇を尖らせながら言うと男は隠しもしないで笑って見せる。

「会議?」
「そ。1時から」

再度時計を見ながらぶっきら棒に言う。
見ようによっては態度が悪いと捉えられるかもしれない一護の言い様を石田辺りが見ていたら拳骨の一つでも食らわされていただろう。他部署の人間だと言っても相手は年上で、課長でもあるポジションに付いている男だ。
それでも一護の態度を気にした素振りもなく男は資料を丸め筒状にし自身の肩を叩きながら三歩前に出て、一護と肩を並べる。

「今日の上がりは何時?」
「うーん…遅くて8時かな?」
「そ。じゃあ夕飯は一緒できる?」
「勿論」

その約束は一週間前からしていた。週末を一緒に過ごす。だから今日の会議で失敗して上司に目をつけられるのだけはなんとしてでも避けたかった。その為の猛ダッシュだったのだ。
一護はやや不適に笑いながら少しだけ頬を赤らめた。篭る暖房の熱気のせいにして欲しいけれど、きっとこの男はそんな一護の心情も安易に読み取っているのだろう。策士と呼ばれる男の所以でもある。そのタレ目がちの瞳は甘さだけでは無くズバ抜けた観察力も含めているからあまり目と目を合わせられない。羞恥心とかそんな生易しい類の感情では無く、恋情に紛れ込んだドロドロの劣情を見抜かれたくないが為の処世術だ。
チン、と軽い機械音が聞こえ、15階のボタンが黄色く点滅。そして重い鉄の扉が開かれると同時に一護の小指に絡んだ男の神経質で細長い小指。
少しだけ冷たいソレが一護の体温を冷やす様に撫で、男の声が鼓膜を直接揺さぶった。

「それじゃあ、頑張って」

扉が全て開かれる前にキュっと絡めた小指に力を込めて、男はエレベーターに一護を残して背中を見せた。
颯爽と言う形容が凄く様になる男の後姿が目に焼きついて離れない。
扉が閉まって男の姿が確認出来なくなるまで、絡められた小指がジンジンと熱を持ったかの様に熱い。ついでに、頬も熱い。

「……畜生…っ」

施された熱を持て余す様にずるずるとしゃがみ込んで一護は額に拳を当てた。
男の纏うアティチュードエクストレムの残り香が鼻腔を燻って熱を更に煽るから。
17階のボタンが点滅して扉が開くまで一護は両頬を手の平で挟みながら熱を冷ますのに必死だった。






















密室に漂う香りと小さな熱に浮かされる




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