魂をご馳走様 一度死んでから魂が再生するのに100年。それから生まれ変わるのに50年。一度死んだ後、二回目以降の死は無い。未来永劫と思われる魂の消費期限は永遠とは限らないらしい。浦原喜助が二度目の死を迎えたのは死覇装に白の羽織を着用し、下駄を鳴らしていた頃の話しだ。 魂をご馳走様 「おかえり。」 「……驚いた、……」 いつも通りに鍵がかかっていたので感慨も無く開けた扉。一直線に続く廊下のリビングに面したドアを開いてひょっこり顔だけを覗かせた一護を見て、浦原は素直に驚愕を口にした。マフラーを口元まで持って来て寒さを凌いでいたので若干ではあるが声は濁っていた。 「なに?起きてたの?」 「うん。まあ…午後からだけどな」 「……ふーん……」 扉を閉めた瞬間、冬の凍てつくような寒さが無くなり、代わりに暖かな温度がゆっくりと浦原を包み込んだ。 身を屈めて履いていた運動靴の紐を解く。まだ悴んでいる指先が思う様に動いてくれなく、片手に持つ買い物袋がカサカサと浦原に合わせて音を奏でた。 「夕飯、なに?」 「うーん……」 視界に映った黒のフェイクファー・スリッパ。何時の間に距離を縮められたのか分らない。どうやるんだろう?浦原は然程驚愕した様子も無く、靴を脱ぎながら思案する。 学校帰りに寄ったスーパーは予想通りに混雑していて、24日までの赤や緑を筆頭に色鮮やかな装飾を全て剥ぎ取っていた。 クリスマスが終われば年末が来る。年末が来れば今度は年始。12月中旬から忙しない時の流れはこうも人々の心根に活力を与えるから凄いな。そう思う反面、あまりの人混みに窮屈さを感じて十分な買出しはしていない。冷蔵庫にじゃがいも…あったっけ? 「クリームシチューとか…、…かなあ……何食べたかったの?」 「ん?クリームシチュー好きだよ俺。トマト沢山入れて」 「フ、了解」 玄関に置いてあった買い物袋を持ち、中を覗き込みながら一護は眉間に皺を寄せ、笑った。 浦原が立てば一護との身長差は10センチ程度。見上げて笑った一護を見て、あれから8年は経ったのか、と思う。 浦原喜助は二回、死んだ。 一度目は流石に思い出せないくらい遠い遠い昔の事。それから長い年月を経て魂が再生、そして肉体も再生。生まれ変わった浦原の身体が存在する場所はソサエティと言う死後の世界だった。 「どうする?年越し。……近くの神社とか言ってみるか?」 「…行かない。寒いでしょう……のんびり家で過ごしましょうよ。なに?行きたかった?」 出来立ての熱いクリームシチューを少量スプーンで掬い、口元に持って来てフーフーと息を吹きかけながら一護は口に運び入れる。 あちち、と言った後で小さく甘酒ぇ…と呟いたから浦原は眉をピクリと上げて虚ろな視線を投げつけた。 「……呑みたい」 「駄目」 「呑みたい!」 「だーめ!あんたこの前も呑んで早々に潰れたじゃないっスか!」 「一杯だけ!」 一護はスプーンを持ったままの手で人差し指だけを綺麗に伸ばし浦原に見せる。その仕草がとても子供っぽくて、浦原の実際の年齢よりも幾分か年上の一護に対して可愛いと思ってしまう。まあ、前までは浦原の方が年上だったのだ。一護はいつまで経っても、浦原から見れば可愛らしい子供だ。 「じゃあ一杯だけ。約束っスよ?良い?」 「分った分った。一杯だけ。うん。……あ!しるこ食べたい!しるこ!」 まだ夕飯の途中だと言うのに、もう晩酌と食後のデザートの話しを持ってくる。食欲旺盛なのは相変わらず。そして甘党なのも代わらない。目の前でくるくる変わる様々な表情を見ながら小さく笑った。 「はい。誕生日、おめでとさん」 夕餉を全て平らげた後で二人肩を並べて皿を洗い、電気コンロの回りを拭いてテーブルも拭く。それから浦原は甘味作り、一護はそれを側で見ながら学校での出来事を楽しそうに聞いていた。 出来上がったホカホカのぜんざいを目前にした一護が何かを思い出した様にリビングから出て行く。然して気に留めていなかった浦原はテレビを点け、年収めの歌謡番組をなんとなしに眺める。最近の歌ってわかんないなあ…だなんて思いながらチャンネルを適当に変えていると目前に差し出された小包と言われた言葉。 「………あ、りがとうございます」 予想していなかった突然の言葉と贈り物に驚き、声が裏返ってしまった。 「ケーキとか用意しようと思ったけど、お前甘党じゃないじゃん。そこらへん変わらないよな」 嬉しそうな声色で変わらないと言った一護の唇も照れ臭そうに尖っている。 「開けても?」 「どーぞ」 差し出された黒い真四角の箱。何ら派手な装飾も施されていない箱の上蓋を開けると中にはシルバーのシンプルなピアスがひっそりと息を潜めて収まっていた。触れると冷ややかに指を刺す。随分と暖かい自身の体温が触れた冷ややかな温度にビクリと震えた。 「ピアス……」 「あまりアクセとか好きそうに無いと思ったけど……」 「お揃い?」 目の前に立った一護を見上げる。 浦原の言葉に少しだけ息を飲んだ一護は不機嫌そうにひとつ頷いた。 「とても嬉しい。ありがとう、一護さん」 感謝の言葉を声に出せば嬉しそうに笑む。前まではこんな笑い、あまり見なかったのになあ。だなんて過去を思う。 10歳の頃、それは唐突に浦原の脳内を駆け回り心臓を恐ろしい速度で揺らした。 「………いち、ご…さん……」 名前を呼んだ時の一護の表情が今でも忘れられない。 泣きそうに下がった眉と驚愕に開ききった瞳。琥珀色がぐらりと揺れ動いたのを間近に見た。 いちごちゃん。と呼んでいたのが嘘みたいだ。 急激に身体の底から沸きあがった過去の描写が走馬灯の様に駆け巡り困惑する。 貴方、何をしたんですか。 あの時、あの場所で、虚の鋭い刃にこの身は貫かれて魂は壊れた筈だ。浦原は知らずの内に左心房部位へと手を這わせていた。 「一護、さん……」 「……ら、はら……」 屈みこんで浦原の瞳を見ながらも、一護は声にならない声を出そうと必死で。一体、何から言えば良いのか。心の底に溜まった言葉達は瞬く間に消え去り、目の前の金色を見ているだけで泣きそうになる。言葉が涙に変わる瞬間を味わった。 泣かないで。切に願った。 潤んだ瞳から大粒の涙が零れ落ちる前に、浦原は一護を抱き締めた。すっぽりとその華奢な肩を抱き締めたかったのに、包み込みたかったのに。それは叶わない。随分と小さく、一護よりも華奢な自身の身体が無力そのものを表していて、一瞬だけ絶望した。 ごめんなさい。震える声で言った。 ごめんなさい。貴方との約束、守れなくてごめんなさい。 ごめんなさい。貴方を随分と長い間独りっきりにさせてしまって、ごめんなさい。 ごめんなさい。独りっきりで泣かせてしまって、ごめんなさい。 ごめんなさい。貴方の魂を半分だけ食べてしまって、ごめんなさい。 ごめんなさい。ごめんなさい、愛してしまって、ごめんなさい。 「浦原、浦原……」 「一護さん……一護さん」 先程まで、一護の方が泣きそうだったのに。先に涙したのは浦原だった。 まだまだ未発達である心が長い時の鈍痛に押し潰されてとても息苦しくて、切ない。こんなにもきゅうっと心臓を鷲掴みにされているのに、背中に回った腕と手の平から伝わる暖かな温度が痛い程の感情を和らげていく。ああ、一護さんの体温だ。そう思ったらまた、悲しくなった。 浦原は一護の手を握る。もうすっかり一護の手の平よりも大きくなった自身の手。身長も、足のサイズも、骨の太さも。死神だった頃の自身にはまだ追いつけていないだろうけど。 「……抱き締めて、良い?」 「お前は一々……そんなの、」 聞かなくてもいーだろう……。無愛想な面持ちは彼特有の照れ隠しだ。 一護の照れ隠しを見て浦原までもが恥ずかしくなってきた。フ、小さく笑う。前はこんな事、十八番だった筈なのに。随分と純粋になってしまったみたいだ。 「うん……そうだね」 「うら、」 一護の背後でテレビが外界の賑やかさを音に成す。窓の外は黒。夜の色と冬の色が混ざり合ってこんなに濃い黒を生み出す。寂しくも寒々しい色彩なのに、家の中はこの人と同じでとても暖かだ。 立ち上がり真正面から一護を抱き締めた。 もう、すっぽりと華奢な肩を包める程には成長した自身の腕。一護の温度には負けるけど前とは違った暖かみを持った自身の体温。きっとこの人の魂が半分、身体の奥で溶けているから暖かいのだ。 「ありがとう」 「…どーいたしまして」 それから好きです。ついでの様に小さく言えば咎める様にわき腹を突かれた。 「ついでか」 「……嘘ついた。大好きです」 「……おう」 互いが互いの想いと言葉に照れて暫く抱き合ったまま、動けないでいる。それがおかしい。こんな初心な気持ちを持ったのは後にも先にも今だけだろう。 ブラウン管越し、今年売れ出したアーティストが冬には不釣合いなラブソングを紡ぎ始めたのを合図に浦原は身体を離し一護の琥珀色した瞳を間近で見る。 言葉がなくとも魂が繋がっている二人の想う事は一緒だ。そう、想定してゆっくりと唇を近づける。 「ん」 触れ合わさった唇。正真正銘、浦原の初めてのキス。 火がついた様な熱い感触を味わい、それに驚いて唇を離した。 「………」 ちょっと苦笑いしている琥珀色を見てム、とする。 「ふ、…っ」 再度触れ合わせ、キスの感覚を思い出しながら食む様に口付けていると一護が上げた声色が浦原の鼓膜を乱暴に貫き、心臓を圧迫させる。初めて聞く艶やかな声色が久しい。初めてな筈なのに、やはり久しい。記憶が混ざり合う。 「ん、……ら、はら…」 「一護、さん…」 後頭部に手を添え、時折項辺りを指先で弄る。耳裏にも指を這わしてはくすぐる様に撫でる。一護の弱い所ばかりを集中して攻めれば気丈な琥珀色は瞬く間に潤んだ。 とても、下半身に打撃を与える表情だ…。思いながらも浦原はキスをやめない。 「…ちょ、…っと…浦、っ」 「ん、…一護さん……」 キスの合間に細い腰を撫で、シャツのボタンを外していく。 開いたシャツの隙間から指を這わせ、一護の滑らかな肌の感触を指腹に刻み付ける。弄る手の平を止められない。凄く、興奮している自分が居る。 「待て!ってば、…浦、原っ!」 「………なんで?」 先程の蕩けた様な空気はどこへやら。浦原のシャツを引っ張る様にして抵抗する一護を無愛想に見る。 ちゅ、と軽めに吸い付いた首筋から香る石鹸の仄かな香りと一護の香り。 首筋への口付けにビクリと動いた肩を見て、ああ。と思う。ここが、弱かったですね。 「まだ駄目だ!」 「………は、ぁ?」 身体は反応している癖に、キスは拒まなかった癖に、今更何を言っているのだ。浦原は咎める視線で一護を見た。 「なにが駄目?」 「だからっ!お前、っ、まだ18になったばっかりだろう!!」 「……ちょっと待って、どういうこと?なに?……もしかして一護さん……セックスは二十歳になってからとか言いたいわけ!?」 ガバっと身体を離して琥珀色を見る。 ググ、と言葉を飲み込んだ一護の顔は見るみる内に真っ赤になって、眉間に刻まれた皺は濃くなっていった。 「そうだよ!!」 「馬鹿ですか!?」 ヤケクソ気味に叫んだ一護の言葉を最後まで聞かずに浦原も負けじと叫んだ。 「馬鹿じゃねー!だってこの前までお前、っ10歳だったんだぜ!?」 「この前って!8年前じゃない!」 「俺にとっては昨日みたいなもんなの!!」 「しんじらんないこの人!じゃあ後2年お預けって事!?」 キスをしたらこんなにも蕩けた癖に。 胸中に溜まった言葉を吐き出せば更に顔を真っ赤にさせて「くそっ」と乱暴に呟かれた。 「一護さんがアタシの初めてを貰ってくれない…」 「初めて言うな!!」 軽く頭を叩かれたから唇を尖らせて力一杯一護を抱き締める。痛いと非難されても力は弱めずに肩口に頭を置き、グリグリと子供宜しく甘えた。 小さい声でお願いと切に発しても無言しか返ってこない。 初めて、貰ってください。と甘く囁けばピクリとたじろぐ身体。もうひと踏ん張り。浦原は吐息に熱を込めて耳元に口を寄せる。 「…エッチしたい」 「こっ、の!マセガキ!」 「あいた!」 悪ノリして卑猥に囁けば足を思いっきり強く踏まれた。形勢逆転。 鈍痛を走らせる足元を手で押さえながら屈んでいる浦原の旋毛を強く押し、一護はざまあみろと勝気に笑む。 昔と変わらない笑顔が今ここに、目の前に存在している事を素直に幸せだと思った。 「一護さん。」 「んー?」 席に戻り残っていたぜんざいを口に運びながらテレビへと視線を向ける一護を見つめる。 「好きですよ」 「………おう」 照れ隠しで口角を上げた一護の横顔も幸せの色を反映させている。 「有難う。」 貴方の魂の半分、アタシにくれて。有難う。言葉に乗せた感情が部屋中に充満し、部屋の温度を更に上げた。 ◆Happy birthday 喜助!!と冬の祭典やらなんやらで忙しくて初めて12/31日と言う年末の一番忙しい時期に生まれなさった旦那を憎みました← 誰だ!?原作verで誕生日祝おうとか言ってたヤツ!!俺だっ!!← ちょーっとばかし長い&誕生日を祝っても無い話になっちゃいそうだったんで…敢えてパラレルで。こんな体たらく。 年下童貞の彼氏ってぷまいんじゃねーの?と思ったのがきっかけの誕生日小説となります。浦原氏、本当におめでとう!!そして早く一護さんと結婚してください(切実) これからどんどん寒くなっていくと思われるのですが、皆様どうぞお体には気をつけて年越して下さい。では!良いお年を!! |